第22話 邪魔のジャマー

 置かれた環境になれるのは、はやいほうだと思う。

 小学校から中学校へ上がってもほとんどストレスはなかったし、教室でも部活でもすぐに友だちができた。

 ひそかな長所だと思っている。

 適応力って言うとオオゲサだけど。


「なれすぎ、なんですよ」


 男子か女子か近距離でも見分けがつかない、中学二年一学期の中森なかもりくんが言う。ちょっと説教風の口調で。


「まず、状況の異常さを自覚してください。常識的に考えて時間がループするなんて――」

「ありえない」

「そうです。そして、もし状況が特殊であるならば最終解決の手段も正当化されうる」


 大人の人の講義みたい。

 むずかしい言葉つかっちゃって。


「えーと……」

「白鳥さんをループに引き込んだのは、誰です?」

「高校の正門前にいて黒いフードをかぶった……っていってもわからないよね。わたしも誰だかわからないの」

「でも会えるんでしょう?」

「うん。告白に成功して失敗したら、その人の前にワープするから」


 ここでいきなり話が飛んだ。

 中森くんは「武術の心得はありますか」とか言い出す。

 ないない、とバイバイの手つきとともに返事すると、彼は無言になった。

 知識や理解力はすごいんだけど、こんな感じで自分だけで納得してしまうときがあるのが玉にきずだ。


「もう、中森くんったら、こんなか弱い女子に戦えっていうの?」

 顔色も変えずに「そうです」とシリアスな返答。さらに「殺すんですよ」と、R18アールじゅうはちなセリフをつづける。

 こ、殺すっ⁉

 一瞬でのどが渇いた。手汗も少しにじむ。


「ぼくなら真っ先にそれを考えますね。任意の相手を任意に時間移動させることができるなんて、おそらくただの人間じゃないでしょうから」

「でも」

「それに――〈告白が失敗したら〉っていうのは、あくまでも口約束でしょう? 守られる保証なんかない。たんに、もてあそばれている可能性だってある」


 ばさっ、とわたしたちの頭上を一羽の鳥が飛びすぎて、川の中州におりた。ツルっぽい鳥だ。 

 光の加減で水面はキラキラかがやいて、目に痛いぐらい。

 空は血のように真っ赤。


「わたし……」

「とりあえず、その黒いフードの人を信じてみるのも手ですけどね」


 にこっ、と笑顔を浮かべる。わたしを元気づけようというスマイルに見えた。


「信じたいよ」


 なんとなく、足元の小石をひろって川に投げた。


「お気持ちはわかります」


 と、中森くんも石を投げて、わたしのほうに顔を向ける。

 ふあっ、と彼の前髪が風で吹き上がった。


「不思議ですね。白鳥さんとはまだ出会って二日目なのに、ずっとつきあってたような気がします」

「つきあう?」

「あ、その……人間関係的な意味で、えっと、べつに恋人的な意味じゃなく……」


 恋人。彼氏とか彼女より、なまなましい言い方だ。

 日暮れどきと、今さっきのショッキングな話とで心がゆれて、わたしのテンションは少しおかしい。


「ねえ、キミは好きな子いる?」

「ご存じでしょう?」と、さらり。「だから、ぼくに近づいたのでは?」

「あ……バレてた?」

「自覚している限りでは、白鳥さんに対しては〈恋心〉というものがないと思うんです。どうです、二回ともうまくいかなかったですが」きょろきょろ、と中森くんは周囲を警戒する。「ぼくに告白してみませんか」

「ちゃんと、ことわってくれる?」

「もちろん」


 まっすぐな目で言われて、なんだかさみしい気分。

 まったく――女心がわかってないんだから。


「テレポーテーションでもしない限りは」わたしに横顔を向けていう。「この場にあらわれて告白を邪魔するなんて」逆サイドの横顔にチェンジ。「ありえないはず……です」

「リョーマのことね?」

 裸眼の視力には自信がある。

 わたしも、まちがいさがしをするように丹念に確認したが、あたりに人の姿は見当たらない。車だったら、遠くの道路をたくさん走ってるけど、さすがにあれは関係ないだろう。


「もし出現したら、その〈リョーマ〉という人は、人ならざる存在だと思うしかないです」

「そんな……あいつはあいつだよ? 化け物みたいに言わないで」


 ごめんなさい、と素直に頭を下げられ、わたしは言葉をうしなった。

 中森くんはちっともわるくない。

 表現も適切だ。

 なのに、反射的に反論してしまったのは、やはり緑川みどりかわ竜馬りょうまがわたしの思い出の中で重要な位置を占めているからだろう。

 気を取り直して――


「好き。わたしとつきあってもらえませんか?」


 ばさばさばさ、っと川の中にいたツルみたいな鳥が空に飛んだ。

 そのはばたきが、まるでスローモーション。

 中森くんを見る。

 唇の左右がきゅっと寄せられている。「お」の発音の形。たぶん、「ごめんなさい」の「ご」だ。

 ずっと向こうに視点を移動。


 さばー


 と、ツルがいた近くに白波が立って、せりあがっている。

 信じられない。

 リョーマだ。

 川の中にいる。

 川の真ん中に立ってる。


「待て待て待てーーーい!」


 ざぶざぶと腰まで水につかるのも構わず、一直線にこっちに来る。

 うそでしょ。


「ごめんな……」

 視界に入っていないので、中森くんは彼に気づいていない。

「……さ」

「よいしょっ!」

「えっ」


 まただ。

 またリョーマに、お姫様抱っこされた。

 中森くんがわたしの告白をことわり切る、その寸前で。


「ちょっと待って‼ あなたは――いったい誰なんだ!」

「オイはオイよ」


 にひひ、と中森くんににくたらしく笑って返すリョーマの顔が、すごく間近まぢかにある。

 おかしい。

 ずぶ濡れの彼の体が、みるみるうちに乾いてゆく。髪も、制服も。


「結婚っちゅうのは」


 なんの前置きもなく、リョーマは唐突に言う。


「ずっといっしょにおる、っちゅうことだ」

「いいから……そろそろ下ろしてよ」と、わたしはこいつの相手をしない。「そんなに、ほかの男子に告白してほしくないの?」

「そしたら、永遠じゃ」

「?」


 意味が、よくわからない。

 数秒後、それが理解できた。

 思わず「あっ」と声をあげてしまった。


(告白を邪魔して――わたしを次のループにいかせないつもりなんだ)


 いい感じの夕暮れの光が、もともとイケメンのリョーマをさらにイケメンにして見せる。

 白鳥、とすっかり声変わりした……放課後にいっしょに遊んでいたあの頃とはちがう声で……リョーマがやさしく口にした内容が、プロポーズと脅迫の両方をわたしに感じさせた。


「ずっと、いっしょにいよう」

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