第19話 神出のリマインダー
派手な登場、いや、わたしにとっては再登場になる。
小学生のとき、たった半年だけ同級生だった活発な男の子。
名前は
お父さんの仕事の都合で、小さいころからずっと転校をくり返していたらしい。
別れぎわ、
「手紙がきても逆につらいもんよ」
と、あいつはとうとう誰にも新しい住所を伝えなかった。携帯も持っていなかったから、自然、リョーマとは音信不通になった。それが小五の冬。
「元気での」
「……リョーマ。元気でね」
当時は
わたしもそうだ。くやしかった。五年から六年に上がるときはクラス替えがないから、このまま卒業までいっしょだと思っていたのに。
結局、わたしたち三人は、一人きりで教室を出ていく彼の背中をだまって見送るしかできなかった。
ドライといえばドライ。誰も泣かなかったわけだし……わたし以外は。
「ほんとに冷たかったんだぜ、あの二人は」
リョーマに割り当てられた席は教室のほぼ真ん中。
一時間目の休み時間にはやくも机の周囲を取り囲まれて、あいつの……すっかり声変わりしたイケボが聞こえてくる。
「これから転校するっちゅうオイに、『さよなら』も言わんじゃったもんな」
え~、と女子たちが避難がましく赤井と青江を見る。まあ、半分冗談みたいな空気だけど。
「その点」
ガー、と椅子をひいた音。
リョーマが立って、こっちに近づいてくる。
「わっ」と思ったときはもう遅い。
あいつの腕が伸びてきて、片手でヘッドロックのようにホールドされた。きゃあきゃあ、と女の子たちがソフトな悲鳴をあげる。
「この白鳥は最高よ。あの日、オレのために泣いてくれたんは、こいつだけだったんだ」
「ちょっと……リョーマ……」
遠目ではわからないと思うが、体をさわられているようで、皮一枚のところでさわられていない。こういうところは、昔からデリカシーがきちんとしている。
ガー、ガー、と椅子の音の二連続。
「おい!」
「てめえ!」
幼なじみの二人が駆け寄ってきてリョーマの腕をつかんだ。
クラスメイトは、どう対応していいかわからない。
ケンカなのかそうでないのか、ちょっと判断がつかないからだろう。
それを察知したのか、
「冗談冗談!」と、まわりのムードを一変させる高笑い。「オイもお前らに会いたかったんぞ? んー、なつかしいのー」左手で赤ちゃんの、右手で青くんの頭を、わっしゃわっしゃとやっている。
「ちっ、わかったから、やめろって」
青江がリョーマの手をつかんではなす。赤井も同じようにした。
「お前さ、風のウワサじゃ、中高一貫校に進学したって聞いたけど、そこはどうしたんだよ?」
「どうした?」器用に片方の眉毛だけあげる。
「退学したのかって聞いてんだよ」
青江がいらだったように言う。
え? 風のウワサとか、わたしには初耳。
「してない。今もそうじゃ」
「は?」
露骨に不満顔の青江の肩をばんばんとたたく。
イケメンとイケメンの、
「
そよ風にのって、聞き覚えのある声のつぶやきが聞こえてきた。
◆
同日、放課後。
と言っても、今日は始業式と簡単な連絡だけなので、まだ午前中だ。窓の外は、春の陽気でキラキラしている。
わたしは、チャイムと同時に教室を出ていった〈彼女〉の背中を追って歩いていた。
(まさかリョーマが転校してくる〈世界〉だったなんて意外だけど――)
ブれちゃダメ。
あくまでも、それはそれだ。
(――また、がんばろう)
新しい季節で再スタート。
告白を失敗させるための戦いをはじめなければいけない。
図書室の窓辺。葉っぱがぜんふ緑色のイチョウが、長方形のテーブルと〈彼女〉の体に斜めに影を落としている。
となりの椅子をひいて座った。
「
「はいっ!」
ピーンと、猫背ぎみだった彼女の背中が伸びた。
「あ、ごめん。おどろかせる気はなかったの」
「白鳥サン……ですか? これはお恥ずかしい」さっさっ、と長めの前髪をなでつけて目をかくすように下ろす。「えーと、何かクラスの連絡ですかね……もしや新年度の初日、みんなで遊びに行こうみたいなお誘いで? いやいや、私は
「ちがうの。お友だちになって」
「へ?」
「今すぐ仲良くしてくれとか言わないけど……せめてお友だちって思ってくれないかな?」
「ほ?」
ミユキのまぶたがぱちぱち動いている。
じゃあね、とわたしは席を立った。
これでいい。
前回のループで彼女の口から「友だちがいない」と聞いて以来、ずっとひっかかっていた。
もちろん、問題を解決するために協力はしてほしいけど、とりあえず、ミユキとはお友だちでいたい。
「っと、すみません」
図書室を出て、階段につづく曲がり角で人とぶつかった。
「こちらこそ、ごめんなさい」
と、わたしも謝り返したが、相手はもう後ろ姿を向けている。
お互い、かるく肩と肩がぶつかっただけだけど――
「待って!」
反射神経で、わたしは彼を呼び止めていた。
ぴたっ、と止まり、首元あたりの動きだけでふりむくのが、なぜかスローモーションで見えた。
「なんですか」
出会ったときは秋で、今は春。
たった半年だけど、そのぶんだけ幼いような印象。そのせいか、さらに女の子に寄って見える彼の顔。
この年頃の男の子って、みじかい間でもけっこう変わるものなのかも。
「
「え……」
さーっ、と風がふく音。
しばらく無言で見つめ合った。
彼のつぶらな瞳をながめていたら、ふいにイタズラしたくなった。
「空手初段!」
「……?」
どうしてそれを知っているのか、というより、なんだこのヤバい女は、という表情。
「それが、どうかしましたか?」
墓穴を掘るってこういうことなのね。
自分でやったことなのに、顔から火が出るほど恥ずかしい。
まいったな……絶対、おどろくと思ったのに。それとも、べつに空手をやっていること自体は周囲にヒミツにしていないのかもしれない。
瞬間――
(もう一つ、彼、本人以外には知りえない情報があるけど)
頭にひらめいたが、これはダメだ。
気軽に口にしていい内容じゃない。
(この子に『キミって青江のことが好きなんでしょ』なんて、言えないよ)
絶対に。
さっき彼の目を見ているとき、もしかして〈記憶〉があったりしないかな、とも考えた。
でもムリな話だ。
おぼえているわけがない。そもそも時間の流れに矛盾する。
そりゃあ……直前のループの終わりぎわに中森くんは「次も助けます」と申し出てくれたし、わたしもぜひとも助けてほしいところだけど。
ぺこりと会釈して、背中を向けた。
そのとき、
「待ってください!」
と、今度は逆にわたしが呼び止められる。
さすが中森くんだ。ほんのわずかの、ふつうの人には感じられないレベルの違和感を、彼は早くもキャッチしたらしい。
ほっ、とするに近い気持ちでふりかえる。
「どうしたの?」
「いえ、その」
「大丈夫。わかるから。わたし、わかるから」彼に近づく。「言って! なにか、おかしいなと思ったんでしょ?」
「では……」と中森くんは口元に片手をあてる。「あなたが今、ひっこめた気がしたんです。つまり……ぼくを確実におどろかせられる切り札を、言わずにひっこめたような気が」
「うん」うれしくなった。彼には迷惑かもしれないが、抱きつきたいような気分だ。「やっぱり、キミは名探偵だったね」
「あなたは一体……」
立ち話なのも気にせず、わたしは打ち明けた。
予想どおり、彼に
「ループに閉じ込められて……そして、告白の失敗ですか」
話の途中、図書室に用がある生徒や、ただ通りすぎただけの子が何人かいたが、いずれも素通りだ。ストーカー……いや、わたしの熱心なファンに監視されている気配もない。理由はわからないが、この世界では男子からの好感度が特別に高くなってるというわけではなさそう――と思っていたら、
「失敗は、むずかしいでしょうね。白鳥さんは綺麗だから」
ふいうちだ。
急にドキドキさせるなんて。
本人に自覚がないから、さらにタチがわるい。
「あー、えっと」
「はい?」
「白鳥さん、じゃなくて、ミカでいいの。ずっとそう呼んでたんだから、ちがう世界のキミは」
「そんなそんな」彼は手をバイバイのようにふる。「言えませんよ。しかも上級生なのに」
ん?
「ミカ」って呼ぶことに抵抗がある?
ということは……
ちょっときて、と中森くんの手をひっぱる。
階段を上がって、屋上の手前の階段の踊り場まで移動した。ほぼ誰もこない場所だ。
「告白していい?」
「なるほど」ふむ、とうなずく。この理解のはやさ。「それは確かに有効かもしれませんね。でも、一つ前のループで既にやったんじゃないんですか?」
「えっと、そこだとね……キミはわたしのことが好きだったから」
なんだか自分で言いながら照れくさい。
その照れが彼にまで伝わってしまった。
「ああ、そう……なんですね」
「うん」
いい雰囲気になった。
わたしたちの半径数メートルほど、あきらかに告白寸前の空気に包まれている。
やるなら今しかない。
「中森くん、好き。わたしとつきあって」
「ダメじゃ」
だだだ、と階下から駆け上がってきたあいつが、あっというまの
リョーマ。
うそでしょ。ここで出てくる?
肩ごしにふりかえって、ニヤっと不敵な微笑を浮かべ、視線の先の中森くんのみならず校舎全体にとどろくような大声でこう言った。
「
※ 「オイんと」=「おれのもの」
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