第18話 新緑のトランスファー

 ぽふっ、と尻餅しりもちをついた。

 あの落下速度がうそのような、ソフトな着地。


(はあ……)


 わたしは目をつむった。

 自分で選んだこととはいえ、みごとに告白が成功して、すべてが水の泡だ。それどころか、ループごとに男子の好感度が上がるっていう話だから、次はさらにハードルが高くなる。


(大丈夫! ポジティブにいこう! いけるいける!)


 小さい自分がポンポンを持ってチアアップしているイメージが頭に浮かんだ。

 うん。がんばるしかない。

 地面に手をつき、よいしょ、と立ち上がった。


「なんだよ。こけるとか、らしくねーな、シラケン」

「バカ、アオ。おまえがとりにくいパス出すからだろ」


 えっ。

 なんだか、聞き覚えのある声。

 ふりかえりつつパンパンとスカートのホコリをはらうと……


(スカートじゃない)


 はいているのは短パン。丈みじかめの半ズボン。ピンク色。せっかく買ってくれたのに「こんな女の子っぽいの、いらない!」とお母さんに猛抗議した服。体が成長して着れなくなって、今はもうない服。

 その短パンをかくすように、上にはぶかぶかのナイロンジャージを着ている。黒い、有名なスポーツメーカーのヤツ。こっちは、家のタンスに今もまだある。

 あれ……なんなの、これ? 

 真っ赤な夕焼け空。

 夕方のにおい。

 目に入るものすべて、セピア色をかけたように見える。


「ミカオ、どうした? 気分でもわるいのか?」


 下から心配そうにのぞきこんでくるのは、昔の赤井あかい


「え……まじかよ。おれのせいか?」


 同じく下から、赤井を押しのけるようにして言う、青江あおえ

 二人とも、小さい。

 声変わりもしていない。

 夢?

 たぶん、自分もふくめて小学校の高学年なんだと思うけど。


「ねえ、あかちゃん。今、何年生?」

「え……五年、だけど」

あおくん、ここどこだっけ?」

「おいおい、しっかりしろよ、シラケン。頭うったようには見えなかったぜ~?」


 と、おどける感じで言う彼を見下ろしていることに気づいた。

 わたしより背が低い。赤井も青江も。

 そっか、小五のころといえば……まだわたしのほうが背が高かったっけ。


(ここって――)


 まわりを見わたした。

 小学校の近くの空き地だ。よく、みんなといっしょにミニサッカーをして遊んだ場所。


(何かのはずみで過去に飛ばされたのかな……夢にしては妙にリアルだし……)


 現実の世界では、もうこの場所にはマンションが建っている。建っていないということは、現実の世界ではないということだ。


(そうでしょ? 中森なかもりくん)


 彼みたく、口先にかるく手をあてて、わたしも〈名探偵〉してみた。

 そんなに大それた推理でもないけどね。


「な、なんだよ……あやまれって言いたいのか?」


 いけない。

 小五の青江がかわいらしすぎて、ついじーっと顔を見つめてしまった。なるほど、この子が数年後には女子たちの憧れの的になるのか――とか言って、すでに当時から人気はあったけどね。


「まあまあ、楽しくやろうぜ、楽しく」


 赤井も、このときはほとんど丸坊主みたいな髪型で、とてもキュートだ。

 ふわ、と風がふいた。近くのどこかの家は、今日の夕飯はカレーらしい。


「まだ時間、大丈夫だろ?」

「うん」と、赤井に向かってうなずく。すると彼もうなずき返して、ダーッと走っていってしまった。足元にサッカーボールを転がしながら。

 わたしも、それについていく。

「あ、あのさっ!」

 うしろから青江が声をかけてきた。

「べつに、どうでもいいことなんだけど……」

「何?」

「おれは『青くん』で、アカのヤツは『赤ちゃん』って呼んでるだろ?」

「そうだね」

「じゃあ、なんで……あいつだけ下の名前で呼んでんの」言うと、ぷいっ、と顔をそむけてしまった。そのまま、わたしを追い抜いて走っていく。


(あいつ?)


「おーい!」と、遠くから元気な声。空き地のはしっこのほう。片手をぶんぶんと振っている。「パスパス!」

「おう!」地面をころがすパスを、声のほうへ送った赤ちゃん。


(え? もう一人いる……)


 この時期、いっしょに遊んでた男の子って誰だったかな。

 距離が遠くて、顔がぼや~っとしか見えない。

 緑のチェック柄のシャツに、チノパン。

 髪の毛は、くるくるした天然パーマで、まるでヘルメットをかぶっているような輪郭。体は大柄。ここにいるみんなの中で一番背が高い。


「よし! ほらほら赤井に青江よ! オイからとってみぃ!」


 あの豪快な感じ。


「こいつ!」

「左右から同時につっこむぞアカ! このバカを調子にのらせんな!」


 ばーっと三人のまわりに砂埃がたって、ますます姿が見えなくなったが、思い出した。

 リョーマだ。

 緑川みどりかわ竜馬りょうま

 小五の夏に転校してきて、小五の冬には転校していってしまった、かつての友だち。


(なっつかしー! あいつって、どんな顔してたっけ)


 そっちに向かって一歩ふみだすと、


「いたっ」


 反対方向に体を押され、ぺたんとお尻から地面についた。

 目の前には、あこがれの高校の校舎。自分の体に視線を落とすと、着てるのはその学校の制服。

 ――と、いうことは、


「残念でございましたね」


 黒フードの人がいる。相変わらず、フードの奥の顔はすこしも見えない。


「……今の、なんだったの?」

「今の……と、申されますと?」


 とぼけている感じではない。

 まあ、表情がわからないから、そもそも読み取りようがないんだけど。

 とにかくこれ以上質問しても無意味だろう。実際、ただの夢だったのかもしれない。


「さて、また何か質問はございますか?」

「うーん」


 いろいろあったせいで、頭が回らない。

 とくに、直前の〈飛び下り〉がインパクトがありすぎて。


「それでは、好きな季節を――」

「待って!」

「なんでしょう」

「季節っていうのは、四季だけ? たとえば……初夏とか晩秋みたいなのはないの?」


 現時点、やりたいことは一つ。

 文化祭で文芸部が展示していた、あの小説の確認だ。内容と、作者と。

 しかし、あんなこと――大勢の男子に追い回され、追いつめられた――があった以上、もう〈秋〉にはもどれない。選んだら、また危険な目にあう。

 晩秋もしくは初冬、ぐらいがいいんだけど。


「白鳥様が選べるのは……春……夏……秋……冬」


 やっぱりそうだよね、と思ったとき、意外にもフードの人が言葉をつづけた。


「そして……もう一つの春・・・・・・、以上、五つの選択肢がございます」

「もう一つの春?」

「はい」

「それって何?」

「実態は把握しておりません。ただ――『あなたの願いが反映された世界』とでも申しましょうか」

「わたしの願い? そこではトモコが親友にもどってたりするの?」


 フードの左右にしわが寄った。たぶん首をふったんだろう。

 行かないとわからない、ということか。

 ふつうなら〈冬〉をえらぶところだろう。あの小説が、今後において大きな手がかりになりそうだからだ。


「はあ」


 ため息をついた。


「……いったいどうしたのよ、わたし」


 自分で自分に疑問符。

 あのとき、口が、べつの意思を持ったように「もう一つの春!」と動いてしまった。

 季節はめぐる、いつも美しく、とお決まりの文句をつぶやいたのを聞くと、わたしの体は次のループの世界に移った。すなわち〈今・ここ〉だ。

 見なれた中学の校舎に入り、教室の自分の席についた。

 えーと、とりあえず文芸部にいってみれば、何かわかるのかな。たとえ、あの話がまだ未完成だとしても。


「へへ……とうとう同じクラスになっちゃったな、ミカオ」

「ほんと、まさかだぜ、シラケン」


 幼なじみの二人があらわれた。

 どっちもしっかり声変わりずみ。


「……にしても、ギャラリーがすげえな」

「あれ全部、おまえを見にきてんだぜ、シラケン」


 そっか好感度アップの件。

 また増えてるわけか。

 おそるおそるそっちを見ると、


(え)


 あんまり増えてない。

 っていうか、減ってる。

 さだかではないが、一番最初の始業式の日が、これぐらいだった気がする。ギャラリーがすごいといっても両手で数えられる程度だ。


(べつに、がっかりとかしてないから!)


 ぶんぶんと頭をふった。

 そう。これはこれでいいこと。とても望ましいこと。

 ん? 願いが反映される、ってこういうことなの?


「ほら席につけ」


 先生が教室に入ってきた。 

 ささいなことだが、入ってくるタイミングがいつもより早い。いつもなら八時半に入ってくるのに、まだ八時十五分。


「えー、転校生を紹介する」


 教室がざわついた。

 数秒後、ざわつきが悲鳴に変わった。おもに女子の。


「みなさん、はじめまして」


 鬼に金棒、といわんばかりのイケメンのイケメンボイス。キャー、のギアが一段階あがった。

 しかも、ぺこっ、と下げた頭の位置が、そばに立つ先生より高い。

 確実に180はあって全体的にスリムで、みごとなモデル体型。

 とんでもないスペックの男の子だ。

 え?

 ちょっと待って、あのヘアスタイルは。そこだけ、大きさもそのまんま、〈小五のあいつ〉からすりかえたようなモフモフの天然パーマ。

 まさか……


「緑川竜馬です」


 やっぱり!

 みじかい間だったけど、よくいっしょに遊んでた、あいつじゃない!

 先生がなだめて、やっと女子の歓声も少し落ちついてきたところで、リョーマがクラスメイトをぐるりと見回して言う。


「よろしくお願いします。ただ、二人・・だけは別ですが――」


 二人? 二人って何? と、またザワザワしはじめる。

 八時半のチャイムが鳴った。

 チャイムの大音量の反動で、すっと静かになる教室。

 と、思ったら、その静寂は唐突に破られて、


「赤井に青江ぇ!」


 教室全体がふるえるような大声を出した。


白鳥しらとりをもらいにきた! くやしかったら、オイからとってみぃ!」

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