第15話 散策のコスプレイヤー

 秋が深まってきた。

 わたしはなぜかシンデレラのコスプレをしている。魔法がかかる前ではなく、魔法の華やかなほう。

 ドレスの胸元があきすぎだと何度も担当者に抗議したが、「女の子はデコルテをきれいに見せるものよ」という、それこそ魔法のような説得で押し切られてしまった。

 はあ……仕方ないか。

 白いシャツが中から見えるっていうのもカッコわるいし……。

 結果、つねにデコルテに片手をあてつづけるという、いかにも心配性なシンデレラができあがってしまった。


「まだ落ちこんでるんですか?」

「そりゃ……落ちこむよ……」


 あれから一週間。

 あの失敗から一週間。

 やはりヘタな期待などするものではない。裏切られたときのダメージが大きいから。


「でも、おもしろいアイデアでしたね。ぼくの中の〈青江あおえさん〉に向かって、〈中森なかもりくん〉が好きという告白をする……もし中身が彼だったら、『ダメだ』と一蹴して、見かけ上は告白の失敗になっていたでしょう」

「うん……あいつだったら、そう言ってくれたと思う」

「ぼくで、すみません」

「いいよ」中森くんの肩に手をおいた。「勝手に思いこんだわたしが悪いの。まさか、キミが空手の初段なんて想像できなかったから」


 ああ。なんて皮肉っぽいことを言ってるんだろう。自分がいやになる。

 話題をかえて、気分もかえよう。


「ところでそれ……なんのキャラなの?」


 すこし前かがみになって、彼の姿を下からのぞきこんだ。


「やっぱり気になりますか」はあ~、というふかいため息と競争させるように早口でそう言った。「アニメのキャラらしいのですが、そのへんはうといのでよくわかりません」

「あんまりアニメとか見ないんだ?」

「はい」


 水色のボブカットのカツラをかぶり、ウェットスーツのようにピタっとした、ところどころ黒いラインの入った白いひとつなぎの服を着ているけど――思い出した! ミユキと仲良くなるために鑑賞したあのアニメの〈彼女〉だよ。

 そのとなりを歩くわたしは、アップにした髪に金色というよりは黄色く見えるヘアカラーのスプレーをかけて、うすい青の華麗なドレスを身にまとっている。自惚うぬぼれだと言われそうだけど、かわいい。でも、自分にとって自分がかわいいっていうのは、べつにおかしなことじゃないでしょ?


「お互いこんな格好ではありますが、今日も一応やっておきますか」

「うーん……」と、私は気がのらない。「もういいよ。たぶん、失敗しないから」


 結果から言って、中森くんへの告白を失敗させることはできなかった。

「いやです」「ダメです」「おことわりします」「あなたとはつきあえません」など、さまざまなバリエーションで断ってもらったが、なんの変化も起きなかった。

 じつはうまくいってて、このまま時が流れたら高校に入学できるのかもしれないけど……なんというか、まったく〈てごたえ〉がない。

 やはり不発とみるのが妥当だろう。

 中森くんもそう思っているみたいで――


「口裏を合わせるとアウト」

「告白のフレーズが正確じゃないとアウト」

「特定の時間帯、日付じゃないとアウト」


 では? と、いろいろ仮説を出してくれた。

 なかでも、


「告白した相手が、本気で断らないと失敗とみなされないのでは?」


 というのが、もっともそれっぽく、説得力がある。

 それはつまり裏返せば――


「ぼくは、あなたのことが好きなんです」


 先日の彼の告白が、やっぱりウソじゃなかったんだということ。

 青江あおえめ……と、消えた幼なじみがうらめしい。

 わたしへの〈想い〉を、中森くんに引き継がせるなんて。

 そういえば、最近、青江はあらわれない。彼の体を借りて、わたしの前に出てこなくなった。縁起でもない表現だが、もしかして成仏してしまったのだろうか?


(会いたい、とかじゃないよ)


 まじで。ほんとに。

 ただ、ちょっと文句は言いたいかな。ややこしいことをされたわけだから。あ、でも……お礼も言わないとなのか。ナイフで襲われそうになったときに助けてくれたわけだし。


(今だったら、びっくりするだろうな)


 笑いがこみあげてきた。


「シラケン……会いに来たぜ、って――なんだよこの格好っ!」


 と、あわてふためく青江の姿を想像したら、おかしい。

 くすっとしたとき、中森くんがうしろをふりかえった。


「ちょっと増えてますね」

「?」わたしは首をかしげる。

「ミカのファンです」すずしい目をわたしに向けた。わっ。赤のカラコン入れてる。文化祭のコスプレでそこまでする?「おとなしく、ファンのままでいてくれればいいのですが……」

「どういう意味?」

「ストーカーになったり、最悪、ボートになるかも」どうして急に船の話をするのかと思ったら、そっちじゃなかった。「暴徒ぼうとです。暴徒化すると、収拾がつかなくなってしまう」

「こわいこと言わないでよ」


 その三秒後、


「おう!」


 と、ドスのきいた声が背後から。やばっ、と中森くんのほうを見ると、


「まいったな……」


 眉間に指先をあてて、首を左右にふっている。


「ダッセー格好だな、中森!」

「うるさいな。どこかへ行けよ、金月きんげつ


 ふぁっ? という表情をしてしまった。意表をつかれたから。

 ど、どうして、いつのまに二人は名前を呼び捨てあう関係になってるのよ。

 どっちも二年だけど、二十センチは身長差がある。

 中森くんにとってははるかな高さから、彼の頭に手をおかれ、わしわしとさわられている。


「こんなカツラとっちまえよ」

「だめだ。義務だからな。クラスで最低一人、仮装をして校内を歩き回る決まりだ」

「仮装ねぇ……おい、これもそうか?」自分の金髪を指さす。

「それはただの校則違反だ」


 なんて挑戦的なセリフを、と思ったが、予想に反して金月くんは怒る様子もなくニコニコしている。

 かなわねーな、と一言ひとことつぶやいて、わたしたちの少しうしろをついてくる。


「さっきの話ですが」

「……ん、えーと、なんだっけ?」

「ボートです」


 通りかかった教室の中にあるテレビが、偶然、どこかの湖を悠々と走る船を映しているのが見えた。


「いいですか? 真面目にきいてくださいよ……雪崩なだれというものは、ほとんど前ぶれもなく、ささいなきっかけで発生するものなんです。気をつけて気をつけすぎるということはない」

「よぉ、なんの話だよ?」

「まだいたのか……ついてくるな」肩ごしにふりかえり、冷たく言いはなつ中森くん。

「いいじゃんよ~、なあ、美花」

 こっちは上級生、かつ疎遠(のはず)なのに、下の名前の呼び捨て。

 ま……わるい気はしないけどね。

 まんざら知らない間柄あいだがらでもないし。

「白鳥さん、だろ。無礼なヤツだ」

「そーいやぁー、それもそうだよな……なんで、おれ……」まじまじとわたしの顔を見つめたかと思うと、立ち止まって、腕を組み首をひねった。

 ほっといていきましょう、とうながされて、ふたたび歩き出す。

 といっても、とくに目的地はない。

 歩くことが、目的だから。


「何かしたほうがいいんでしょうか?」


 しばらくしたあと、急に中森くんがそんなことを言った。


「何かって?」

「パフォーマンスというか……うーん、ブスっとしているよりかは、笑顔を浮かべてたほうがよさそうですけど、ミカはどう思う?」

「キミの場合は、無表情でいいのよ」


 まだ午前中で、天気がいい。

 ふと、彼が足をとめた。


「歩くのにもつかれたし、室内展示でも見ますか」


 教室の引き戸の、目線の高さに貼り紙がある。

〈コトバの楽園へようこそ‼〉。文芸部の出展スペースのようだ。

 正直、それほど心ひかれるものはないが、彼はスタスタと中へ入ってしまった。

 無人だ。誰もいない。

 コの字に机が配置されていて、等間隔で冊子が置かれている。


「オリジナルの小説のようですね」


 ぱらりとめくって、中森くんが目を通している。

 わたしも近くにあるのを手にとって、冒頭のあたりを読んだ。

 ファンタジー……かな?

 ゲームのRPGの世界観をベースにしてて、わたしはゲームをしないから、よくわからない。


「あの――」


 冊子に目をすえたまま、こっちに声だけかけてくる。


「ミカは部活動って……」

「わたしはソフトテニス部だけど」

「ですよね……文芸部に知り合いとかって、いますか?」


 どきっ、とした。イヤな予感のどきっ、だ。


「これは……信じられない……ほとんど、今のミカと同じ状況です」


 廊下側の窓に、シンデレラのわたしがいる。

 シンデレラじゃない、ふだんのわたしの姿も、なぜかそこに重なって見えた。


「見てください」


 つきだした手につかまれている、白い紙の冊子。

 そのタイトルを、わたしと彼でぴったり同時に読み上げた。


「告白に失敗するまで入学できません」

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