第14話 瞬間のスナイパー

 追いかけられて、さらに刃物まで出されて動揺しない女の子はいない。

 うん。

 そう、これはただの〈吊り橋効果〉なんだから、深く考えちゃダメ。

 不安と恐怖のドキドキを、恋愛のドキドキとまちがえそうになっただけなんだから……。


「どうかしましたか?」


 となりに座っているのは、年下の名探偵。


「青江さんのことを考えているんですね」


 今日も冴えわたる、いちどもハズしたことのない名推理。

 冴えわたるといえば、空はみごとな秋晴れ。

 今日は三年生の球技大会の日。

 男子はサッカー女子はバレーだけど、わたしのクラスはどっちも早々に敗退して、みんな観戦に回っている。勉強熱心な子は、教室にもどって自習しているみたい。

 昼の二時ごろ。

 体育館の横にある階段に座って、ボーッとしてたら中森なかもりくんがあらわれた。サラサラのショートカット(ふつう男子にはこんな表現しないけど)を風になびかせた立ち姿は、どこか物語の主人公のようで、この子がもし主人公だったらわたしとちがってどんな問題でも解決するんだろうなと思った。


「部屋をひっくり返してみたんですが……その〈青江〉っていう人に関するものは、なにも出てきませんでした」


 横顔を向けたままで言う。

 ほんと、こうして近距離のバストアップで見てると、女の子よりも女の子している。

 ふと、彼が制服姿なのに気づいた。

 しかも、今ちょうど授業中じゃないの?


「大丈夫ですよ。今日は欠席ということにしています。昨日あんなことがあったばっかりだから、誰も疑う人はいないでしょう」


 さらっとテレパシー会話。

 中森くんのこういうトコにも、けっこうなれてきたかな。


「でも、同じクラスの子に見つかったら……」 

「堂々としていればバレないものです。こそこそ隠れるほうが、かえって怪しまれますから」


 そういうものなの?

 まるで悪事あくじをはたらいたことがあるかのように口にした点が、どこか可笑おかしい。


「ぼくたちの会話を聞いている人間はいません。いい機会です。おしえてください。白鳥さんの身に何が起こっているかを」

「だから、もうミカでいいってば」


 ――と、言い返したとき、かすかな違和感があった。

 もしかして、わたしは彼に名前で呼んでほしいんじゃないか、と。

「白鳥さん」と言われたとき、一瞬、ほんとに一瞬、F1のクルマみたいな速さで胸の中をさびしさが横切った。 

 これは……見抜かれてはいけない!


「キミ、友だちからはなんて呼ばれてるの?」


 急ハンドルで話題をかえた。


「中森、です」

「あ……そうなんだ……」


 予想どおり、話は広がらない。でもオーケー。楽しいおしゃべりをするのが目的じゃないから。


「そんなことより確認したいんですが」ぴっ、と人差し指をたてた。「気がつけば白……ミカに手をひかれていたのは、あれって、どういう状況だったんですか?」

「あのね――」


 昨日、夜道でヒーローのように活躍したあと、中森くんから急に青江が出ていってしまった。だからわたしは彼の手をひいて、人通りのある道まであわててダッシュした。


「ふつうに大事件じゃないですか!」

「声、声」


 近くを歩いていたカップルが同時にこっちに向いた。

 しかも二組。合計四人。

 やはりこの学校は恋愛ブームの最中さなかだ。そしてブームの火付け役はミユキ。今日も登校してるけど、保健室であんな姿を見たから、彼女の体調が心配でしょうがない。


「それで、警察には?」

「逃げるのでせいいっぱいだったから」

「でも顔は見たんでしょう?」


 きっ、とりりしいまなざし。


「見た……かな。こわかったから、あまりおぼえてなくて」


 いや、事実はちがう。ばっちりピントの合った状態で彼の顔が心に残っているから、学年もクラスもわからないけれど、さがそうとおもえば簡単にさがせる。


「この学校にいるのは、まちがいないんですよね?」

「うーん……いいの、いいの。半分以上、わたしのせいみたいなものだから」


 髪を耳にかきあげた。

 ふいに男子の視線を感じて、そっちを見る。信じられない。校舎の屋上から、ちっちゃい双眼鏡でわたしを見ている男の子がいる。


「お知り合いですか?」


 屋上を指さす中森くん。


「ううん」と、首をふる。

「おどろきましたね」

「だよね? あんな場所からなんて――」

「ちがいます」指さした手を、そのまま口の近くにもっていって、いかにも推理っぽいポーズをつくった。「ぼくがおどろいたのは、あんな遠いところからの視線を感じたミカのほうに、です。ふつうは気づきません。つねに要人ようじんの狙撃を警戒するシークレット・サービスでもない限りはね」

「そんなことないでしょ。ほら、キミだって気づいてるんだし」

「ぼくはミカの視線を追いかけただけだよ」


 聞きようによってはロマンチックなセリフ。

 こんなの、あおくんじゃ絶対に言えないだろう。


「遠くの〈目〉を察知できたのは、ミカの自意識が敏感になっているからです」

「ジイシキがビンカン?」

「わかりやすくいえば……何かをおそれている状態にある」


 そこから――わたしは中森くんに説明した。不可思議なループ状態にいたった状況と、これまでの経緯を。

 途中、ウソですよね、とわたしの話を疑うようなことを一言も口にしなかったことに、おどろく。

 あらためて、


(彼は信頼できる)


 と思った。

 両腕を組んで考え込んでいる彼を、横から見守る。

 まだかまだか、とわたしは彼の口がひらいて何を言ってくれるものか、待ちきれない。


「どうだろう……」


 ささやくような声。

 そして中森くんは立ち上がった。


「やってみる価値はあるか……ミカ、ぼくに告白してください」

「え?」

「はやく!」


 横に顔を向けた。

 その視線の先には、背広姿の先生。

 まっすぐこっちに歩いてきている。


「あの人は、ぼくの担任です。タイミングがよすぎる……きっと、屋上のあいつか、ぼくたちを監視していた他の誰かが、告げ口したんだ」

「どうするの?」

「向こうがその気なら、こっちもその気ですよ」


 えっ、と思うまもなく、強引に手をひっぱられる。


「ちょっ……中森くん?」

「いいから、ついてきて!」


 運動場に入り、人ごみにまぎれこむ。

 ちょっと身を潜めて、しばらくしたら移動して、をくり返し、みごとに先生をふりはらった。


「ちょうどノドがかわいたところだったんです」


 気がつけば、自販機の前。

 あまり生徒の寄りつかない、通称カツアゲ自販機の前だ。


「でもジュースを飲んでいる場合ではないですね」


 くるっ、と私の一歩前をゆく彼が軽快にターンした。


「さ、ミカ。はやくぼくに告白を――」

「うるせーなぁーーー」


 のっそりと起き上がる黒い影。

 赤いベンチに同化するような赤いTシャツを着ていたから、気づかなかった。

 三年生が球技大会をしている中、校舎の死角にあるカツアゲ自販機そばのベンチに寝そべっていたのは――


「ったく、ヘンな夢をみたぜ。はは……でもなんか、ほっとけねー女だったな」


 金髪の男子。

 大股をひらいてベンチに座り、うしろ頭をしゃかしゃかとかく。

 あれ? という表情を浮かべたのは、たぶんお互いさまだろう。

 わたしは「なんでここに?」と思い、おそらく彼も「なんでここに?」と思ってるっぽい。


「そこのブスは……」


 立って、ばっ、と両肩をつかまれた。


「美花? おまえ、白鳥美花か?」

「あ……うん、ごきげんよう、金月きんげつくん」


 とっさのことで、お嬢様な挨拶が出てしまう。

 ていうか、さっさと「ごきげんよう」して、この場から去らないと。


「金月……って、さっきの話の中で出てきた彼のことですよね。まさか以前のループの記憶がもどってるんですか?」

「んだ、このチビ」


 わたしの肩から片手をはなし、どん、と中森くんの胸をつく。

 もう、あいかわらず暴力的なんだから。


「おまえ、カレシとかいないんだろ? なら俺とつきあえよ。大事にするぜ」


 なんでそんな急展開になるの。

〈この世界〉じゃ、わたしたちはまだ知り合ってもいないはずなのに。

 また……なんかおかしな現象が起きてるの?


「いてっ」


 目にもとまらぬ早業。

 きれいなハイキックが、わたしの肩をつかむ金月くんの手にヒット。

 と、いうことは、


「きたない手でミカにさわるな!」


 やっぱり青江あおえだ。

 あれ?

 なんか、急にほっぺのあたりにカーッとくるものが……。

 ま、まあ季節の変わり目だし、ね。気のせい気のせい。

 それより、ここは退散したほうがよさそうね、と考えたとき、


(――えっ)


 わたしの中の一人が出した、わたしの提案。

 なんでそんな急展開になるの、とさっきの言葉をくりかえす。

 でも、一瞬でひらめいたにしては、完璧なプランだ。ものすごく可能性を感じる。

 突破できるような気がする。

 すべてを終わらせられる狙い撃ちスナイプ、やってみる価値はある。


「中森くん!」


 ぴたっ、とまさに彼につかみかかろうとする金月くんと、小柄な後輩男子にのりうつった幼なじみの体が同時にとまる。


「わたし……中森くんのことが・・・・・・・・好き・・! おつきあいしてください!」

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