第13話 救難のキッカー

 特別な世界で、さらに特別なことが起きている。

 過去の時間にもどされてタイムループっていうだけでも大変なのに。

 鼻の先数センチという近さで顔をつき合わせている二人。

 一人はわたしの幼なじみで同級生の赤井あかい

 もう一人は、彼とは面識がない年下の男の子……のはずなんだけど。


「アカ……ボケるのも、たいがいにしとけよ」


 あの口調は、まるで青江あおえ

 演技してるとは思えない。


「いやまじで、おまえ誰なんだよ」

「アカ! おれのことがわからねーのか!」

「え……?」少し頭をひき、しっかりと相手を確認する。「えーと……どっかで、おれと会ったことがある……のか?」


 ぶっちーん、と青江の中で何かがキレてる。

 あいつが感情を爆発させる数秒前にはかならず耳がピクピクするんだけど、それがさっきからずっと動きっぱなし。


「そうかい、忘れたっていうんだったら、思い出させてやる……ぜっ!」


 こぶしをひいて、大きくふりかぶった。

 赤井と青江って一度もなぐりあいのケンカとかしたことないはず。

 それほど怒ってるってことなのかもだけど、とめなきゃ。


中森・・くん! ダメっ!」


 自然に口から出ていた。

〈体のもちぬし〉に呼びかけるしかないって、瞬間的にひらめいたから。

 中森なかもりくんにブレーキをかけてもらおう。

 とにかくあのパンチをとめないと。

 とま……った?


「この――」


 青江、いや中森くんが何か言おうとした。

 何を言おうとしたのかはわからない。

 ブーメランのようにもどってきた自分のパンチで、自分をノックアウトしちゃったから。


 ◆


 ここに入るのは身体計測のとき以来だ。

 意外と広い部屋で、壁際にベッドが4つならんでいる。カーテンの色は左からブルー、ブルー、ピンク、ピンク。男子と女子で色分けしてるみたい。そして、現在それぞれひとつずつが使用中。

 わたしはベッドと逆方向に向いたソファーにすわっている。


「あれ」


 という小さな声がうしろから聞こえた。

 保健室の先生がシャッとカーテンをあけ、中の中森くんにいくつか質問する。

 盗み聞きするつもりはなかったけど、どうやら親に迎えに来てもらうということで話がついたようだ。 

 わたしが気になっていたのは、たった一点。


(よかった……中森くんのほうだ)


 青江として目覚めやしないだろうか、というところだった。

 その場合、おそらくこの世界の誰も、彼が言っていることを理解できないだろう。なぜって、もう〈青江〉は存在しないことになっているんだから。

 最悪、頭がどうにかなったかと思われちゃう。

 それを防止するために、わたしは自分をグーでなぐって倒れた中森くんが起き上がるのをずっと待っていた。だいたい一時間ぐらいかな。あの場に居合わせた赤井も保健室までついてきたけど、「また明日説明するから」と言って、先に帰ってもらうことにした。


 おだいじに、と先生がベッドのわきから移動する。

 

 デスクにもどる途中、わたしのほうをチラッと見て、パチッと片目をつむった。

 白衣を着た、お母さんよりちょっと上ぐらいの世代の女の人。

 わたしと彼をふかい関係だと思ってのサインだ。よかったね、がんばってね、そんなふうに読み取れた。


「ミカ! じゃなくて……白鳥さん」

「今さらでしょ。もうミカでいいよ」

「ぼくに……何が起こってるんですか?」


 おや、という先生の顔が視界のすみっこに見えて、わたしはあわてて彼に「しーっ」と指を立てる。

 聞かれてこまる話じゃないけど、すすんで人に聞かせたい話ではない。

 中森くんの体を青江がのっとっていたなんて、ファンタジーな話は。

 どうしようと思っていたら、さすがの頭の回転のはやさを見せる。


「えーと、昨日のドラマ、寝落ちしちゃって……内容を教えてほしいんだけど」

「いいよ」というと、先生は興味をうしなったように机に向かった。

「サッカーの試合の前あたりから、記憶がないんだ」


 つまり、球技大会開始前に、彼には青江が入ってたってことか。


「次に目が覚めたらほけんし――病院のシーンで」

「あれはね」すこし、声のボリュームを落とす。「あの男の子の中に、ある男の子が乗り移ったからなの」

「……つづけて下さい」

「その男の子は〈青江〉っていって、サッカーが得意で女子にも人気で……うん、学校の球技大会でも大活躍だった」

「それだけじゃないはずです」


 強い瞳。

 女の子っぽい顔立ちなのに、テコでもひかないという意志を感じる。


「信じられないと思うけど、その子――」先生にわからないように、わたしは中森くんの胸を指でさした。「は、青江のことが好きだったの。告白もした。それぐらい好きだった」

「なるほど……」

「でね、青江はある理由で消えちゃって、誰も彼のことをおぼえていないの」

「ねじれたリンク、なのかもしれません」

「え?」

「つまり、青江さんには好きな人がいて、男の子は青江さんが好きだった。青江さんが消えたとき、どういう理由かその〈好意〉ごと男の子の体に入ってしまった」


 おもしろそうな話ねぇ、と先生が会話に入ってきた。

 あはは、とわたしは愛想笑いをかえす。

 中森くんの表情はシリアス。

 まさに名探偵の名推理中といった様子だ。


「そもそも……一人の人間が世界から消えるなんて……いったい、ミカの身には何が」


 あー、だめだめ!

 ミカって言っちゃってるし。

 わたしはスマホを出して、


「今度、くわしくね」


 と文字を入れて彼に見せた。

 明日とか今度とか、どんどん問題を先送りしてる気がするけど。

 先生が立ち上がった。

 こっちにくるのかと思ったら、窓際の、女子用のベッドのほうへ向かう。


「どう? もう、よくなった?」

「あう~」


 この声。

 ミユキだ。


「あれだけ教室の前に大行列ができてたら、大人だってしんどいわよ。えーと、恋愛相談の告白仕事人みたいなヤツだっけ?」

「うー、自称……〈告白請負人うけおいにん〉ですぅ……」

「気分がわるくなるぐらいですんでよかったけど、占部うらべさん、もうやめたらどう?」

「いえ……我が使命ですので」

「じゃあ、せめて負担を小さくしましょう? あなたが相手をする人の数をへらすように、友だちに協力してもらって」


 長いのあとに、ミユキの沈んだ声が聞こえてきた。


「友だちは、一人もいないのです……」


 あっ。

 瞬間的に、胸がしめつけられた。

 気がつけば、ジャンプするようにミユキのところに移動していた。


「わたし!」


 きょとん、の顔が二つ。彼女と先生と。


「わたしは、なにがあってもミユキの友だちだから!」


 忘れない。

 金月きんげつくんに告白したときに協力してもらったことを。

 でもミユキは忘れている。


「え、えーと……お気持ちはタイヘンうれしいのですが……」


 ボサボサの髪が恥ずかしいのか、ミユキはかくすように片手を頭にあてている。


「私みたいないんキャには、白鳥サンは……まぶしすぎて」


 固定電話が鳴った。

 トーンの高い声で先生が何回か返事をすると、がちゃりと受話器が置かれた。


「中森君。今、お迎えがきたって。駐車場で待ってもらってるから。場所はわかる?」

「はい」


 立ち上がって、彼のクラスメイトにもってきてもらったスクールバッグを手にとると、そのままふりかえりもせず保健室を出ていった。


「では、私も……」


 と、ミユキも帰ってしまった。

 いっしょに帰りたかったけど、友だち友だちとわたしから押しかけるのは、やっぱり迷惑だろう。

 時刻は六時前。すでに日は沈んで、あたりはうす暗い。

 ふいに頭の中に、ミユキが好きなアニメのエンディング曲が流れた。

 スローなメロディで、歌詞が英語の女性ボーカル。

 ネットでその曲をさがしてスマホで再生。ワイヤレスのイヤホンで聴きながら、帰り道をあるく。


(明日から、どうなるのかな)


 目的を見失ってしまった。

 当初の、中森くんにわたしをフってもらうという計画は、完全に頓挫とんざしている。

 どうしたらいいんだろう。

 やっぱり、原点にもどって、わたしにまったく興味のなさそうな男の子をさがすしかないか。


(……?)


 イヤホンをはずして、うしろをふりかえる。

 誰もいない。


(おかしいな)


 なんか、気配がする。あとをつけられてるような。

 気味がわるい。

 ちょうど人気ひとけのない道だし。

 こういうときにかぎって、犬の散歩も、ウォーキングをする人もいない。 

 走ろう。


(きてる!)


 正体がバレるのもおかまいなし。

 うちの学校の制服を着た男子が、わたしに一直線で走ってくる。


「あっ」


 つまずいた。

 地面に横向きに倒れる。

 左右に家はあるけど、どこにもあかりがついていない。


「何」わたしはせいいっぱい、大きい声をだしたけど、思った以上に大きくない。「誰?」

「ああ、白鳥さん。あなたは美しい。あなたは魅力的すぎる。ぼくはあなたに夢中なんだ」


 顔をはっきり見た。

 同時に、記憶がよみがえる。


――「……にしても、ギャラリーがすげえな」

――「あれ全部、おまえを見にきてんだぜ、シラケン」


 始業式の日。

 満員電車みたいに窓のところでぎゅうぎゅうに押し合っていた彼らの一人。一瞬だけわたしと目が合って、恥ずかしそうに笑った男子。


「もうぼくは、自分で自分がとめられないんだ。一日一日、君への想いはつのるばかりさ」


 凍りついた。

 制服の中からとりだしたのは、ナイフ。ぶ厚くて長いサバイバルナイフ。


「待って……いやっ!」


 助けが呼べない。

 ナイフがせまってくる。


「これで、やっと君をぼくだけのものにできるよ」

「……なわけねーだろ」


 え?

 今言ったのは誰?

 彼の顔の横に、ぬっとスニーカーが出てきたと思ったら、そのつま先がほっぺたにめりこんだ。

 きれいなハイキック。サッカーだったらナイスシュート。

 ナイフをにぎったまま体を丸めて寝転んで、起き上がってこない。


「ミカ、大丈夫か」


 手をさしだしたのは、中森くん。

 あんな豪快なキックをしたとは思えない、小柄で華奢な体つき。女の子に見まちがえてしまう外見。


「どうして――」

「車に乗るのはことわったんだ。ギリギリのとこでな」

「じゃあ……」


 にっ、と見なれた笑顔をつくって、わたしに言った。


「おれは、おまえがよく知ってる男だ。おれは、どこにもいかねーよ」

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