第11話 恋慕のリレー

 どうやらわたしは方向音痴らしい。

 修学旅行の自由行動でトモコに指摘されて、はじめて気がついた。


「ほら、いま私たちが向いてる方向、わかる?」

「んー、西……かな」


 東、と言ってトモコは笑った。

 楽しかったなぁ、修学旅行――そんな思い出にひたってる場合じゃなくて、どこなのここ?

 見たことない景色の、歩いたことのない道。

 かすかにチャイムが聞こえてきた。

 ということは、それほど学校からははなれていないようだ。


「地図を読むのが苦手だね」


 どきっ。

 また一つ、わたしの内面を見抜かれてしまう。

 なにもの?

 もしかして中森なかもりくんは心を読む超能力者?


「表情に不安があらわれてる。それに……頭の中で、たどってきた道を逆にたどろうと必死に努力している様子もうかがえる」


 わたしは三年で彼は二年。

 中学生の一年なんて大人から見たらたいしたことないんだろうけど、年上なのは事実。

 ここは――なんとしても〈お姉さん〉の余裕を失ってはいけない。

 不敵なまなざし(のつもり)を彼に向け、髪に手を流して肩のうしろに整える。


「あざやか。正解よ」

「主導権をとられまいと、余裕を見せる戦略に出るんですか?」


 あー、もうっ!

 こんなふうにいちいち見透かされてたら、会話なんかできるわけないでしょ!


 ――と、心の声のつもりだったが、モロに口から出てしまったみたいで……


「ご、ごめん……なさい……」


 立ち止まり、急にシュンとしてしまった。


「こんなにはっきり言われたの……はじめてだ」

「あ、わたしこそ、ごめんね」

「いいえ、いいんです。むしろ、ありがたいぐらいです。気をつけてはいるんですけど……」


 ほんとかしら、と心の中でツッコミ。

 とにかく……なんか、突然しおらしくなってしまった。別人のように。

 放課後の教室で強気にぐいぐい押してきた彼と今の彼、どっちがほんとの顔なんだろ?


「ぼく、むかしから気弱な性格で……イジメにもあって……いつのまにか他人の顔色をうかがうクセがついて……」

「その結果、名探偵になったのね?」

「はい」


 否定しなかった。

 おそろしい子。


「感覚的にわかるんです。相手が考えていることや、やろうとしていることが。でも、わかっても――」


 なんの役にも立ちませんけどね、と、ほぼ直角に視線を下げてしまった。

 うーん、どっちかっていうと、さっきまでみたいにタメ口で押しが強い彼のほうがよかったかな。

 なんていうか、生き生きしてたっていうか……


「……? ぼくの顔に、何か?」

「いや、ごめん」


 無意識に、じーっと凝視していた。

 きっと母親似で、きっときれいなお母さんね、という彼の顔立ちに思わず見とれてしまって。

 話題をかえなきゃ。


「中森くんの家はこっちなの?」

「ムリでしたね」


 微妙に話がかみ合ってない。


「あきらめてくれるかな、って思ったんですけど」ぴっぴっ、と指をふった。その先には道路工事の看板。「先輩! 足が出てますよ!」

 うしろ頭をかきながら看板から姿を出したのは、青江あおえ


「バレたんならしかたねえ」たたた、とダッシュして接近。「帰ろうと思ったら、おまえらの姿を見かけてな。おいジュン、シラケンをどこへつれてく気だよ」

「シラケン……ああ、ミカのことですか」


 あ。

 やばい。

 こんなふうに耳がピクピクするのは、あおくんがキレる前兆。


「ミ、ミカだと……」

「ぼくたちの仲、気になりますか?」


 挑発的に言う中森くん。

 もしかしてヤキモチをやかせる作戦?


「ちっ。いくぞ、シラケン」

 こいこい、と手をふる青江。テニス部はもう引退してるはずだけど、まだ手はマメだらけだ。

「……いってください」

「いいのね?」


 聞き取れるギリギリで中森くんは「はい」と言った。

 少し向こうを歩く青江には届かず、わたしには届く、という絶妙なさじ加減のボリューム。

 青江が地獄耳だったら、いったいどうするつもりだろう。


「先輩は、あなたのことが好きなんです」


 ◆


「ぼくは、あなたのことが好きなんです」


 似たようなセリフを昨日の放課後にも聞いた。

 場所もたぶん、このへんだ。あそこに道路工事の看板があって、一車線の車道、白いガードレールと歩道、右手に木の茂み、反対側は建物がたつ前みたいな更地さらち。方向音痴だけど記憶力はいいんだから。

 そして人気ひとけはない。

 告白にはもってこいといえる。

 いや、されてどうするのよ!


「中森くん? また、なにかの冗談?」

「いえ告白です。愛の告白です」


 なんという男らしい断言。

 見た目は完全に草食系なのに。


(ちょっと待って……)


 めまぐるしい放課後だ。

 じつは、ここへ来るまでにすでにべつの告白をお受けしている。

 したのは、青江。


「返事は、いいよ」


 と、去りぎわの彼はまるで返事が聞きたくないようにも見えた。


「気持ちをおさえておけなくてな」


 夕日に照らされながら真剣に思いを告げる顔は、女子人気ナンバーワンも納得の、堂々たるイケメンだった。

 かっこよかったけど、わたしにとっては今さらだ。

 飽きるほど青くんの顔は見てきたんだから。

 だからその告白で、今までの関係が変わるってわけじゃないんだけど……


「ほら、サッカーボールがありますよ」


 そう言って、茂みのほうに入っていってしまう。

 いいの? ここってなんか、神社の境内っぽいけど。怒られない?


「なつかしいな……」


 ボールを見つめて、何やら思い出にひたっている。

 正直、このスキに逃げようかと思ってしまった。

 はっきり言って、今日は中森くんの相手をしている余裕がない。


「放課後、空き缶を二本たてて、その間をとおったらゴールっていうミニサッカーみたいなことをしました」

「偶然。わたしもよくしたよ」


 赤井あかい青江あおえの三人で、ね。


「ゴールしたしてないでケンカにもなって……」


 わたしたちにも、あった。


「空き缶にまだジュースが残ってて、スニーカーがびしょぬれになったり」


 あったあった。


「時間を忘れて遊んでいたから、だいたい、誰かの親が呼びにきて終わりっていうのが多かったんです」


 あった……って、

 いくらなんでもシンクロしすぎじゃない?


「ねえ中森くん」

「はい?」

「その話、青江がキミにしゃべったの?」


 目をつむって首をふった。

 目があく。

 無言でわたしを見つめる。

 まぶたがひらくとき、やけにスローモーションに感じた。

 彼の女の子みたいな顔が、一瞬、文句なしのイケメンになった気がした。


「本音をいうと……ぼくはサッカーなんかより、あなたが目当てだった。あなたといたかったから、塾も習い事もほうりだして、いっしょに遊んだんだ」

「え……」

「おまえにカレシができたとこなんて、死んでも見たくねえ」


 口調がかわった。

 何かおかしなことが、わたし……いや、彼の身に起きている。


「うっ!」


 つらそうな声とともに体がよろめいて、片ひざをついた。

 あわてて駆け寄る。


「頭が……、ああ、もう大丈夫です……ちょっと電気が走ったような感覚があって……」

「大丈夫? 病院とか……」

「平気です」


 とりあえず肩をかして彼の体をささえる。

 至近距離。男子とこんなに――って、緊急事態だからしょうがないか。

  

「ぼくが、伝えたいことは、もう伝えました。こんなところまで歩かせて申し訳なかったですが、ぼくにかまわず家にお帰りになってください」


 よわよわしい微笑を浮かべながら言う。


「体調が落ちつくまで、いっしょにいてもいいけど」

「いえ……」


 わたしから視線をはずして、ゆっくり体をはなした。


「お気をつけて」


 それはキミでしょ、とツッコミたくなる。

 いろいろありすぎてパンクしそう。

 たて続けに二人から告白されたっていうだけでも負担が大きいのに。

 ん?

 二人?

 ちがうちがう、中森くんのほうは、まじの告白ではない。


「ひとつだけ、最後に確認させて」


 ひたいに手をあてた彼が、こっちに向いた。


「中森くんは――青江のことが好きなんでしょ? 本気で好きなんだ、って言ってたよね?」


 強い風がふいた。

 両手でスカートをおさえる。

 中森くんは、風なんか吹いていないみたいな静かな顔。


「さっきもおっしゃってましたが……〈アオエ〉って誰のことですか?」

「え」


 わたしたちの間に小さなつむじ風ができて、一枚の枯れ葉をくるくると回している。


「テニス部の青江よ青江。三年でもう引退してるけど、部長だったじゃない。それも演技?」

「知りません」


 らせん階段を一気にかけのぼるようにして、枯れ葉は大空たかく舞い上がった。


「テニス部にそんな名前の先輩はいませんよ」

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