第10話 黄昏のアクター

 一を聞いて十を知られた。

 今度の告白こそは、と思ったのにはやくも向かい風。

 計算外すぎる。


(なんで、わかっちゃうの?)


 まるで裸を見られたみたい。

 トドメをさすように、しっかりわたしの顔を見つめて「図星ですね」なんて言う。

「え、えーと……」とまどうわたし。

「ぼくに嫌ってほしい……そうなんでしょ?」


 ひたいに指先をあてて話すその様子は、まさに〈名探偵〉。

 ととのった顔立ちに、ユニセックスなルックス。

 風が吹いて、ふわっ、と細い毛質の前髪があがった。


「この屋上にぼくを呼び出して挑発的なことを言う」すっ、とわたしに横顔を向けた。視線の先には青江あおえがいる。「そしてぼくたちがめはじめたところに先輩がくる……」

「おいジュン!」

「先輩」


 駆け寄ってきた青江に、中森なかもりくんは顔をそむけるような仕草。

 彼らは同じテニス部の先輩後輩。


「おまえ、シラケンになにしてたんだよ。答えによっちゃあ、いくら後輩でもぶん殴るぞ」

「やめてください……先輩の口から、そんな野蛮な言葉はききたくありません」


 片手で耳をおさえるようにして、そのまま彼は出口に向かう。


「待てよ!」

「いいの、あおくん。追わないで」

「けど……」


 教室にもどる途中、青江は何度も何度も「何もされてないよな?」とわたしに念を押した。


 ◆


 放課後。

 今年の春――つまり一学期――から秋になり、あきらかに風景は変わっている。

 花壇にコスモスが咲いているとか紅葉こうようとか、そういう季節的なことじゃなくて……


(カップルが多い!) 


 もっと言えばイチャイチャが多い。

 およそ校内に置かれたベンチというベンチはすべて、男女のペアで埋まっていた。二人とも前を向いておしゃべりっていう純情っぽいつきあいかたの人たちもいれば、ちょっ! そんなとこに手をあてちゃダメでしょ……っていう、目のやり場に困る人たちも。

 学校内のカレシ、カノジョ持ちが増加……激増といってもいい。

 わたしは、この理由を知っている。

 みんなの恋愛が成就したのは、彼女のおかげだということを。

〈告白請負人うけおいにん〉だ。


「ちょっと! まだなのぉ? 次は私の番なんだから」

「待って待って! もうちょい。――で、で、彼が好きなのは、ほんっとーに私っていうことでいいのね?」


 はい~、とのんびりした声が聞こえる。

 声だけで、彼女の姿はまわりを囲んでいる大勢の女子で見えない。


(今のミユキの声……なんだか、なつかしいな)


 なつかしい、ってこともないか。実際の時間でいうと一週間ぐらいなんだから。

 告白に成功(わたしにとっては失敗)したあの日から……今日までは、ね。

 廊下も大盛況。

 わたしを見にきた男子と、占部うらべ深雪みゆきに恋愛相談をしたい女子で。


(ミユキの力をかりたいんだけど)


 この特殊な状況での唯一の理解者にして協力者。

 当然、彼女が味方のほうが心強いし、じつはそれより……


「友だちがほしいの……」


 ふーっとため息とともに、誰にも届かないボリュームでつぶやいた。

 ループのせいで親友のトモコとは絶交状態。

 これがけっこうつらい。


「あれ? 白鳥さん、まだ帰らないの?」

「うん、もう帰るよ」

「また明日ねー」


 バイバイ、とわたしは声をかけてきた子に手をふった。

 こんな感じで、ふつうの会話をするぐらいの子なら、わたしにも何人かいるの。

 でも――お友だちっていうか……なんていうか……

 さっきも〈さん〉を付けて呼ばれていたように、どうも壁があるようで、親しい関係とは言いがたい。

 あれ?

 そういえばミユキも、わたしのことを「白鳥サン」って呼んでなかったっけ。

 わたしは「ミユキ」って呼んでたのに。

 じゃあ次に仲良くなったときは、


「ミカ」


 そうそう、こんな感じで親しげに呼び捨てて――

 って!


「ぼくと、いっしょに帰ろうよ」


 幻覚をうたがって目をこすり、幻聴をうたがって耳元の髪をさっと払った。

 でもリアル。

 まぼろしではない。


「どうしたの? さあ」


 あっ。

 反射的に、さしだされた手をとってしまった。

 きゃあ、と女子のみじかい悲鳴があがる。

 これは一体……


(どうして教室に中森くんがいるわけ? しかもタメぐちで名前呼び捨てで、しかも下校のおさそいなんて)


 しかも彼は下級生。中学二年生の男子だ。

 よくこれほどまでに、上級生のクラスで堂々とふるまえるものだと、すこし感心してしまう。

 ただものではない。

 負けてなるものか。

 ループを突破するためだったら、なんだってできるんだから!


「あら、ずいぶん華奢な手ね」とった手を少しひねるようにして吟味する。「こんな手で、女性を危険からまもれるのかしら?」


 ほんとうにこの脚本を自分が書いたのかというセリフがすらすら。


「ぼくはミカを、どんな危険からもまもってみせるよ」


 きゃあきゃあ、と悲鳴のレベルがあがった。注目もされている。

 いや、なんなのよ……ほんとに……どうしてこんなことになった?

 わたしは彼に嫌われるため、今日の昼休みに屋上に呼び出した。

 なのに彼は名探偵みたいにわたしの計画を見抜いて、かつ、「ぼくはあなたを嫌いにならない」の宣言。

 ということは、


(逆! 嫌ってほしいわたしの逆だ! 彼は、わたしのことが好き――)


 と見えるようにふるまっている。

 なんという性格。まあ……ひとのことは言えないけど。

 きっとこれは中森くんなりの復讐なんだ。

 わたしのせいで青江に嫌われるようなことになったから。


「……わかったわ。ではお望みどおり、いっしょに帰ってあげるから」


 立つと、アイラインはほとんど変わらない。わたしのほうが少し高いのかも。

 座席から出口にかけてみんなが左右にわれて、ぱーっと道ができた。


「十分もあればじゅうぶん」


 わたしにだけ聞こえる声で彼がささやいた。


「それだけあれば、ぼくはあなたという人間を底の底まで見抜けますから」


 こわっ。

 どうやらわたしは完全に、この探偵くんを敵に回してしまったようだ。

 リップでも塗ってるのかというぐらい、ピンクでしっとりした彼のくちびるがうごいた。


「とても楽しみだよ」


 ああ不安!

 ちょうど女子の人垣ひとがきのスキマから、ミユキの顔が見えて目が合った。


(?)


 という表情。

 まあ、そうだよね。

 この世界では、一度もおしゃべりしたことないっていう関係性だし。

 イチョウの葉がたくさん落ちた道を歩いて正門を出た。


「ミカ、手をつないでもいい?」


 タイミングをはかっていたかのように言う。

 調子にのっている。

 女の子みたいな中性的な顔なのに、グイグイきちゃって。


「そろそろ、許してくれない? もう誰も見てないんだし」

「本気だよ」

「えっ」


 スキあり、とばかりに強引に右手をとられた。

 夕日でできたわたしたちの細長い影は、彼のほうが背が高い。


「ぼくは本気だ……本気で……青江先輩が好きなんだ」


 まつ毛の長さまでわかる近距離で、中森くんはこう言った。


「ぼくに……協力しろ」

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