第9話 思惑のシースルー
いい声の「いいぜ」が頭の中でループする。
照れの仕草なのかわからないけど、鼻の下を曲げた人さし指でこすっている彼。
「そんな……」
「おい
ああ、もう呼び捨てに。
恋人には
「どうして……サンちゃんのこと、好きじゃないの?」
「好きさ」彼女が去った方角に、遠い目を向けた。「だが聞いたとおりだ。あいつにはもうオトコがいる」
「それって、いつから?」
「三日前だよ。コクられたんだけど、って、しなくてもいいのに俺に報告しにきやがって」
三日前!
「モテるってゆーのを、自慢したかったんだろうな」
ちがう。
なんか彼女の女心が手にとるようにわかる。
伝えたのは、きっと――
(やめろ、って言ってほしかったんだ)
でも、そのときはまだ金月くんが「彼女がいる」っていうウソをついてる
つまり、わたしの計画は三日おそかった。
体が押された。
今までいた世界から押し出され、わたしは
(……)
立てない。
なんか、足に力が入らなくて。
「とても、おしかったですね」
す、と黒いフードをかぶった人がわたしに手をのばす。
その背後にはわたしが通うはずの高校。正門の入ってすぐのところに一本の大きな桜。
「大丈夫ですか」
心配そうな声につられて、あやうく弱音がこぼれ出るところだった。
こんなときこそ……根性を見せないとね。そうでしょ? 金月くん。
トモコをとりかえすまでは、もう弱さも涙も見せない。
「大丈夫!」
自分におまじないをかけるように、あえて強い声で返事した。体の中の元気という元気をあつめて。
さしのべられた手をとる。
わ。やっぱりこの手触りは女の人だ。か細くて、少ししっとりとしてて。
(あれ?)
そのまま、その人のほうに倒れこんでしまった。
立ちくらみを起こしたのかもしれない。ちょうど、ショックなことがあったばっかりだし。
「あ……ご、ごめんなさい……」
「いいえ」
やさしく体を抱いて、わたしを支えてくれた。
疑ってたわけじゃないけど、この触り心地は完全に女性。
それに、なんともいえない、なつかしい感触だ。いつかどこかで、こんなふうに抱き合ったことがあるかのような。
「そろそろ、おはなれになってください」
「あ」
あわてて身をはなす。
「心労のほど、お察しいたします」
フードの上の部分をつまみ、ちいさく頭を下げた。
「また……最初からやり直し、か」
ひとりごとのつもりだった。
そもそも、このフードの人はずっとロボットみたいで、感情らしいものを見せたことはない。
「次がございます。まだあきらめてはいけません」
棒読みだったけど、かすかに〈はげまし〉の心を感じて、ちょっとおどろいた。そして、
「……ありがとう」
素直にうれしい。
そうだよ、はやく次にいこう。
落ち込んでてもいいことはないよ。
「じゃあ……」わたしは以前のやりとりを思い出し「季節を選べばいいんだっけ?」と尋ねる。
「お待ちを」
手をパーにしてつきだしてきた。
「この時間にかぎって、私は白鳥様の質問に答えられます。何か、ききたいことはございませんか?」
願ってもないことだ。
知りたいことは山ほどある。
でも……どうして急に……
(こんなに協力的になったんだろう。もしかして、同情してくれてるのかな)
とにかくこのチャンスは大きい。
「まず――
「問題なく生きております。前にも申しあげましたように、白鳥様の一年にかかわる人間の命はすべて〈一年保証〉されておりますので」
「わたしが告白を失敗させたら、元どおりになるのね?」
「いいえ、その必要すらなく――」人差し指の先を左右にふる。「次のループが開始すれば、また彼も現れます」
「そうなの?」
「ええ。しかし、もちろん記憶はありませんが。白鳥様以外の皆様の記憶はひとしなみに〈一回目〉のものでございますゆえ」
「それって……ループする前の中三の一年ってことだよね?」
「はい」
「かりに――」いけない。こんな弱気な言葉じゃなくって「絶対にクリアはするけど、そのとき、みんなはどうなるの?」
「ご想像のとおりでございます」
「〈一回目〉の記憶になるってことね?」
「かりに」わたしが言いかけたワードを真似するように使った。「白鳥様が物を壊したりした場合は、それはそのまま残存することでしょう」
「物……」
何か大事なことのような気がする。
でもモヤモヤして、はっきりした形にならない。
「ほかに……あと一つだけ質問をどうぞ」
もうラスト?
今後のために、もっと聞いておきたいのに。
「ございませんか? では、これにて――」
「まって!」
えーとえーと。
とりあえず、告白に不利にはたらくような要素ってなんだっけ?
あ!
「男子の好感度アップ!」
「それが?」
「あれって、実際どの程度の影響があるの? あれの効き目がありすぎちゃうと、わたしは……」
「ご心配なく。効き目には個人差があります。とりわけ」右、左とグーにした手を顔の前にあげた。「幼なじみのあのお二人には、ほとんど影響が出ておりません」
「ほんと?」
「時間です。すきな季節を選んでください」
◆
さわやかな十月の風がふいた。
「あなたが
わたしは屋上に一人の男子を呼び出していた。
大事な話をするために。
「……」
口元がうごいたが、何を言ったのかわからない。
遠目には、ショートカットの女子に見える。
髪は耳が出るくらいには短いが、あごのラインや、肩と顔の大きさのバランスや、全体にただよう空気感が彼を中性的に見せているのだろう。
ある意味、女の子よりも女の子している。
屋上のはしっこに立つ彼に歩み寄りながら、わたしは考える。
今回の作戦を。
告白を失敗にもっていくロードマップを。
〈わたし〉という条件を抜きにしたとき、どういう男子なら告白をことわるのか?
・女の子が嫌い
・男の子が好き
・一人でいるのが好き
ここまでノートに書き出して、わたしはふと思った。
もし、この〈三つ〉がそろっていればカンペキじゃないか、と。
「……どうして、ぼくを呼び出したの?」
かなり耳をすます必要のある小声。
「知りたい?」
ちょっと! これじゃ魔性の女じゃない! と、胸のうちで異議をとなえる自分を無視して――
「それはね、お姉さんが中森くんの秘密を知っているからなの」
「え?」
この演技もプランの一つ。
わたしは、ループをぬけだすために、
「キミは、好きな人をだれにも打ち明けていないでしょ?」
あとずさった彼と、背筋を伸ばしたまま距離をつめるわたし。
「そりゃあ……言えないわよね。だって」
「やめろっ!」
つかみかかってきた。
女の子っぽいとはいえ、やっぱり腕力は男子。
あえなく押し倒されてしまった。
「どうして……そのことを……だれにも言ってないのに……」
そう。
この時点では、まさにそのとおりだ。
しかしわたしはループによって、このあとの出来事を知っている。
この二年生の中森くんが、わたしの幼なじみの
「シラケン!」
わたしを変なあだ名で呼ぶテニス部のキャプテン。女子から絶大に支持されるイケメン。
彼の大きな声が、屋上全体にとどろく。
「てめー! なにしてやがるっ!」
「た、助けてっ!」と、これは演技。ときどき自覚しないと、ほんとに
ばん、と馬乗りになった彼をつきとばす。
今のところ、筋書きどおりだ。
不慮のアクシデントとはいえ、ちょうどああいう体勢になったのもラッキー。
追い風だ。
五回目のループはうまくいきそう。
そう考えたときだった。
「……なるほどね」
不敵なつぶやき。
中森くんがすっと立ち上がって、ズボンのホコリをはらい、前髪をかきあげた。
「ぼくはあなたを嫌いにならない」
くっきりした二重の、りりしいまなざし。
ひそかな女子人気があるのも納得だ。
そんなことより、なにこのセリフは。
まるでわたしが〈本〉になって読まれてしまったかのような感覚。
狙っていることがスケスケで、ズバリと見抜かれているような。
「たとえ、あなたが……どんなにぼくに嫌ってほしいとしても」
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