第8話 金色のアイラブユー

 大切な幼なじみが一人、いなくなった。

 でもたしかな予感がある。

 必ず取り戻せる、って。

 わたしが告白に失敗して、このループから脱出できれば、きっと赤井あかいも帰ってくる。

 

「それより白鳥サン……外からの視線が熱いです~」


 片方のほっぺを手でかくすようにして、ミユキはわたしのそでを引いた。

 廊下の人だかり。

 一人の例外もなく、わたしたちのほうを見ていた。


「大丈夫。あのたくさんのギャラリーも、今日までだから」

「へっ?」


 あんなふうになってるのはループするたびに男子の好感度が上がるっていうルールのせい。

 ループはもう終わる。

 だから気にしなくていい。

 すべてが終わったら、彼らもわたしに強い興味を持っていたことは、きれいさっぱりと忘れるだろう。たぶん。


(うん。いい風)


 窓に顔を向ける。

 天気は晴れ。

 サーッとすずしく吹いて、わたしの髪がゆれた。


「こっ、これは! きゃ、きゃわわ――最高にきゃわわなのです……」

「きゃわわ?」

「小首をかしげたその表情もっ!」


 ミユキはなんだか楽しそうだ。

 きゃわわ、ってよくわからないけど、彼女がよろこんでくれるのならいいか。

 本当に、いろいろ助けられた。

 これから告白しようと思っている〈彼〉のデータを教えてくれたり、幼なじみの女の子の偵察につきあってくれたり。

 でもやっぱり一番大きいのは、わたしとお友だちになってくれたこと。

 親友のトモコに嫌われているこの世界で、それでも心が折れずにがんばれたのはミユキのおかげ。


「……今までありがとう。これからも、仲良くしてね」


 お願い。

 これからも――未来の、高校生になった〈わたし〉とも、ね。


「ふぇっ⁉」


 ループが終われば、彼女の記憶もなくなると思う。

 わたしたちが友だちだったこともきっと……

 ハグ。

 わたしは、彼女の体をぎゅーっとした。

 友情の押しつけっぽいけど、どうしても忘れてほしくなくて。


「ああ……私、天国へいって、どうぞ……」

「ミユキ?」


 ピンク色に上気じょうきした顔。

 わるいことしたかな、とすぐに彼女から体をはなす。

 まさかのまさかだけど、ループで好感度がアップするのって、男の子だけだよね?


 ◆


 放課後。

 決戦のときはきた。


「これは……どーいうことだよ、ブス!」

「ほんとよ。ちゃんと説明しなさいよ、ストーカー!」


 ひどい言われようだ。

 ふつうの女の子なら、泣き出しているかもしれない。

 わたしは二人を学校の近くの公園に呼び出していた。

 手紙っていうアナログなやりかたで。

 ボブカットのスポーツ女子、サンちゃんのほうは、


「 金月きんげつくんのことで話があるの 」


 というシンプルな文面にした。

 彼女なら、それで来てくれると思ったから。

 むずかしかったのは金月くんのほうで、こっちは正攻法じゃダメだと予想した。

 あれこれ頭をひねったが、結局、もーどうにでもなれ、と、


「 生意気だからボコってやんよ! 」


 そんな手紙を送りつけた。

 我ながらヤバい女子だと思う。

 まあ……来てくれたわけだから結果オーライかな。


「じゃあ、今から理由を説明します」


 空はくもっていて、ときどき強く吹く風が肌寒い。

 サンちゃんは上はジャージだけど下はハーフパンツでちょっと寒そうだ。

 はやく、すませちゃおう。


「あなたたちは、とてもお似合いだと思うの」


 あ? と片方の目を細める彼を無視してわたしはつづける。


「っていうか、あなたたち二人は、つきあうべきだから!」

「な、なに言ってんの」


 サンちゃんがとまどいの色を見せる。

 わたしはそのスキを見逃さず、


「彼のことが好きなんでしょ?」


 と言った。

 二秒か三秒の沈黙があったが、


「それは、まあ……」


 うつむき気味の彼女の口からそんなセリフが出た。

 ほらほら、すごくいい感じ。

 あとは、彼がこの気持ちにこたえてあげるだけ。


「くだらねえ」金髪にさっと手櫛てぐしをいれる。「おめーもこんな茶番にのるんじゃねーって」と、人さし指でサンちゃんをさした。


 いやな流れ。

 ――と、思っていたら、


「たしかに好きだよ」

「あぁ?」

「バスケを教えてくれたことは感謝してるし、私、きんちゃんのことを友だち以上だと思ってるし……」


 勝手に話がすすんでる。

 もはやわたしの出る幕もないぐらいに。

 頭の中に、真横にのびるゴールテープが見えた。

 ながかったループもやっと終わるのね。

 待っててトモコ。かけがえのない親友。

 待ってて、あこがれの高校!


「おいおい」

「金ちゃんは」名前の呼び方のイントネーションがかわった。「どうなん? 私のこと、好き?」

「俺は…………ねーよ」


 なに?

 声が小さすぎて、きこえない。

 もう、男の子でしょ。もっと勇気をだして。


「なんて……うたん?」

「おめーのことを嫌いだったことは、ねーよ!」


 すてき。

 すこし強がった感じの、男子のツンデレ。

 さあ、わたしも勇気をだそう。


「あのっ! あのさ、お邪魔するようだけど、ちょっといい……?」

「ああ?」


 ぎろり、と鋭いまなざしを向けてきたが、彼のバックにぞうさんのすべり台があるので迫力も半減。


「えっと……」


 自信はある。あとは言葉を出すだけ。


「わたしとおつきあいしてくれませんか」


 棒読みで一気に言った。

 世界一のわるい告白じゃないだろうか。

 カップル成立寸前のところで、横入よこはいりの告白なんて。

 びゅっ、と強い風が吹いた。


松田まつだ、おめーはもう行ってくれ」


 金月くんが彼女に体を向ける。

 次の瞬間――


「カレシによろしくな」


 え?

 え?

 えーーーーーーーっ⁉


「さて、と」


 小走りで去っていくサンちゃん。一度もこっちをふりかえらない。


「おい、ブス。今、なんて言った」

「わたしとつきあって、って」

「どんなタイミングで言ってんだよ……まったく……」


 にぃ、と片っぽの口角をあげるほほえみ。


「おまえ、なんか……いろいろあぶなっかしくて、ほっとけねー女だよ」


 ほっといて! と、わたしは心で悲鳴をあげた。

 もう、頭の中にゴールテープは見えない。


「いいぜ。つきあってやるよ」

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