第7話 忘却のメモリー

 自分のために男子が戦ってくれる。

 それは、すべての女子のあこがれのイベント。

 感動して、思わず好きになってしまう(かもしれない)シチュ。

 幼なじみの赤井あかいが、見るからにこわそうな不良を相手に立ち上がってくれた。

 うれしいけど――


(なんで髪の色を染めてるの?)


 と、そっちのほうが心配。

 彼はサッカー部。こんな髪の色にしたことがバレたら、最悪、退部だろう。


「気合はいってっけど」とんとん、と金髪の金月くんが自分の頭を指でたたく。「やめたほーがいいぜ。派手にしてると、すぐワルいヤツらに目ぇつけられるからよ」

「それがどうした」


 右こぶしを前、左こぶしをあごの先にかまえている戦闘体勢の赤井。


「おまえ……ミカオになんかしただろ?」

「あん?」

「最近ずっと、ミカオはおまえのあとを追っかけてる。今日だってそうさ。おまえが、彼女の弱みをにぎってるとかじゃないのか」

 あごでわたしのほうを指した。「そこのブスが俺のケツを追い回してる理由は、直接本人から聞いてみろよ」

 じゃあな、と片手をふって、ダルそうに歩いていく。


「おい! ミカオはブスじゃないぞ!」


 ぴたっ、と後ろ姿がストップ。

 ゆったりした動きで、こっちにふりかえる。


「取り消せ!」


 いいのよあかちゃん、そこは言い返さなくても。

 むしろ「ブス」って呼ばれてないと、こまるの。

 ふたたび立ち去りそうなそぶりを金月くんが見せたとき、赤井が言った。


「逃げるのか?」


 はっ! と蚊をはらうように顔の前で手をふった。「こんなに野郎どもの目があるとこでケンカするなんてヤだね。見世物になる気はねーよ」


(ヤロウどものメ?)


 近くに人の気配はない。

 ここにいるのは、わたしたち三人だけだと思っていたけど。

 あたりを見回した。

 校舎の窓はどれもカーテンがかかっているが、二階と、三階の渡り廊下のところ――


「まじか……」


 わたしと同じところを見た赤井がつぶやいた。

 ずらーっと横にならんでたくさんの男子がいる。中には、双眼鏡を持っている人までいた。


「なんか……日に日に増えてないか? ミカオのファン」

「いこう、赤ちゃん」


 とりあえず移動する。

 歩きながら、


「ありがと」


 と、まずお礼を言った。


「いいよ、そんなの」

「助かったよ」

「でもおれ……なんにもできなかったし」

 実際、わたしが金月くんにどうこうされるような場面ではなかったけど、助けようとして駆けつけてきてくれたのは素直にうれしかった。 

 照れた感じの、赤井の横顔を盗み見る。


――「おれもおまえが好きだ!」


 あっ。

 急に、彼に告白したときのことを思い出した。

 サッカーに夢中だから、きっとわたしなんか恋愛の対象として見てないだろうな、という読みが甘くて成功してしまった一回目の告白。

 ただの幼なじみとしか思っていなかったけど、いったん相手の〈気持ち〉がわかってしまうと、以前と同じようにとはいかない。

 へんに意識して、彼のことは避けるようになってしまった。

 だからこうやって二人っきりでお話しするのは、ずいぶん久しぶりだ。


「どうした? じーっとおれの顔なんか見て」


 今度はわたしが彼に横顔を向ける。


「その髪は何? 赤くしちゃって」

「これはその……イアツするためだよ」

「威圧?」

「金髪のヤンキーを相手にしようっていうんだから、こっちもかまさないとな」

「でも、それで部活いける?」

「あー、気にすんな。今日は休みだし、これブリーチしたわけじゃないからさ」


 聞けば、スプレーで一時的に髪に色をつけるものを使ったらしい。

 さらに聞けば、


「いつか使ってみたかったんだよ」


 なんて言う。

〈ついで〉だった、みたいな感じが出るから、正直に言わなくていいのに。

 それとも、赤井なりの照れかくしなのかな?


「イメチェンじゃねーけど、これ、けっこう気分がかわっていいぜ。自分が強くなったようでさ」

「足ふるえてたじゃん」


 ふざけて言ってみたけど、返事がない。

 いつのまにか、人気ひとけのない場所にいた。

 運動場のすみにある、掃除用具が入ったプレハブの裏。


「ミカオ」


 え、と赤井を見ると真剣な表情。

 この雰囲気。

 まさかまさかと思っていたら……


「好きだ。おれと、つきあってくれ」


 告白されてしまった。

 ちょ、ちょっと待って。

 そんな……一回目の、つまりループに巻き込まれる前の中三のときは、積極的にこくってくるそぶりは全然なかったのに。

 これって――


(ループのたびに好感度アップの影響!)


 ――に、ちがいない。


「ミカオ。おれ、まじなんだぜ」

「わたしは……」

「おれのこと嫌いか?」

「嫌いじゃないけど」

「おれは――ほんとうに――白鳥しらとりのことが――好き――なんだ!」


 目をつむる。

 一瞬のうちに、赤井との思い出がスライドショーのように流れた。

 いっしょに遊んだこと。

 いっしょに笑ったこと。

 どれも楽しい記憶しかない。

 そもそも、どうしてわたしは、わたしを〈好き〉ってことをわかっている彼を避けるようになってしまったんだろう。


 自分も、好きだからじゃないの?


 空は夕焼けで赤い。

 そういえば恋愛心理学の本に書いていた。告白は夕方の時間帯がベストだって。

 黄昏たそがれ効果っていうらしい。

 思考力が弱まって判断ミスをしやすいとか。

 判断ミスからはじまる恋愛って、あるのかな。


 うん


 と、わたしはうなずいた。

 オッケーの合図なのかどうか、自分でもよくわからない。

 たび重なるループでメンタルが弱ってて、確かな支えがほしかったのかも。

 わからない。でもずっとあとになって、言いわけするのだけは、やめよう。

 そして、ゆっくり顔をあげると、


(あれ……?)


 赤井の姿は、どこにもなかった。


 ◆


 朝からイヤな予感がした。

 教室に入ったときの、ちょっとした違和感。


「ねえ、だからあかちゃんだってば」

「は~?」青江あおえは後ろ頭をかるくかいた。「なんの話だよ。もしかしてシラケン、寝不足か?」 


 違和感は正しかった。

 なんど数えても、クラス全員の数から〈机が一つ足りない〉。


(ない!)


 スマホに保存してある彼の画像をさがすが、出てこない。

 彼がいたはずの場所が、そういう加工をしたように、自然な感じで何もない。

 クラス名簿にもない。

 大の仲良しだった青江の記憶にもない。

 わたしだけが、彼をおぼえている。


「赤井……?」

「そう、ミユキ。よくおもいだして」


 ふるふる、と彼女は首をふった。遠心力でゆれる髪からリンゴの甘い香り。


「ごめんなさいです……」


 昼休み。

 もう残り時間は数分しかない。

 昨日の放課後、突然消えた幼なじみの男子。

 早く告白に失敗しなきゃという自分がおかれている状況も忘れて、朝からずっとそのことを考えつづけている。


「ただ、私なりに思うところがあって」


 えっ、とミユキに顔を寄せた。

 廊下からそそがれる男子たちの視線を避け、反対側の窓のそばに二人で立っている。


「お話をうかがったところ、消失のキーポイントはその赤井氏の情熱的な告白かと。そこに、以前うちのお店で話していただいたことをすり合わせると、おのずから説明がつきそうな気もするのです」

「教えて!」

「あのですね――」


〈永久パターン防止〉。


 ずっとループをつづけて永遠に生きてしまうことをふせぐ対策。

 ミユキは記憶力がよくて、説明も明快だった。

 最後に彼女はこう言った。


「おそらく……白鳥サンが、誰かと相思相愛になってしまうことを禁じられているんです」

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