第6話 勇気のカラー

 いよいよ最終段階に入ったといえる。

 翌朝の教室。

 まだわたし一人しかいないけど、もうすぐ……あ、きたみたい。廊下からハミングの鼻唄がきこえてきた。

 ガラッ、といきおいよく戸がスライド。


「残念。今日も一番のりならずです~」

「おはよう。待ってたよ」


 わたしは彼女に駆け寄った。

 時間がおしい。話すことが山ほどあるから。

 ミユキの席は窓際。彼女は座って、わたしはそのそばに立つ。


「昨日、金月きんげつくんの幼なじみっていう女の子に接触したよ」

「すばらしい行動力です。して、成果のほどは?」


 手短に説明した。

 ミユキのデータどおり、バスケ部のサンちゃんは金月くんの幼なじみで、彼のことが好きということ。

 そして――


「彼女がいる、と、言ったと。それはウソですね」

「やっぱり?」

「ええ。金月あらしに恋人はいません!」


 両手を腰にあてて、ミユキは胸をはった。

 ここまで断言するのなら、きっと事実なのだろう。


「ひそかに〈告白請負人うけおいにん〉として数多あまたえんを結んできたこともあって、私には協力および情報提供をしてくれる人たちが山ほどいます。すなわち」両手の人差し指をたてて、ぴたっ、とくっつけた。「特定のパートナーがいることを隠しおおせるのは不可能と言っていいでしょう」

「じゃあ、金月くんが〈彼女がいる〉ってウソをついてて、サンちゃんはそれを信じてる……」

「そうです。で、ここからは事実と想像がごっちゃなんですが――」

 ミユキが話した内容は、だいたいこんな感じ。


・小学校のときにサンちゃんがべつの場所から転校してきた

・彼女はクラスになじめず、いつも一人ぼっちだった

・ある日、金月くんが彼女をバスケにさそった

・二人は仲良くなってバスケの腕も上達し、中学にあがってともにバスケ部へ


「ここで先輩の陰湿なイジメにあったみたいなんですよね……」

「それって金月くんのほうが……だよね?」

「はい」


・一年の夏、彼は先輩相手に暴力沙汰をおこして、バスケ部を退部する

・いっぽう、彼女のほうは女子バスケのエースに

・そして二人には、だんだん距離ができた


「実際、幼なじみちゃんが告白したかどうかのデータは持っていないので、わかりません。しかし察するに、〈こいつには自分よりもふさわしい男がいる〉みたいな考え方で、みずから身をひいたんじゃないでしょうか」

「俺には彼女がいるって、ウソをついて」

 こくり、とミユキがうなずいたとき、教室のうしろの戸がひらいた。


「……」


 トモコだ。

 わたしとしっかり目が合ったが、無言で、自分の席につく。

 ぴっぴっ、と制服のそでが引かれる。


「ケンカでもしてるんですか?」かなりボリュームを小さくしたささやき声でミユキが言う。

「ちがうの」

「おそろしくケンアクに見えるのですが……」

「うん……この世界ではね、彼女が一日ごとにわたしを嫌いになるから」

「それもループのルールですか?」


 うなずいて、そっと彼女のほうへ視線をうつす。

 ちょうど身をかがめて、スクールバッグから何かを取り出したところだった。

 トモコが机に出したのはペンケース。

 去年の誕生日に、わたしがプレゼントした真っ白なペンケース。


「……なんだか汚れが目立ちそうだけど」


 ありがとうの直後にそんなことを言ったから、わたしはチョイスをまちがえたかな、と思った。

 でも、その次の日からずっと、受験のときも、中学卒業の日までずっとトモコはそれを使ってくれた。


(もう少しだからね)


 わたしは心に決めている。

 告白に失敗して、すべてが片づいたら、あの親友とふたたび連絡をとってまた仲良しにもどるんだ、って。

 かならず……


(ゴリラ?)


 目の前に、胸をたたいて威嚇するそれのイラスト。下地は黄色。


「でてます、涙」


 立ち上がったミユキが、わたしの顔の前でハンカチをひらひらさせていた。


「ごめん。ありがとう……」受け取って、目元をぬぐう。

「元気だしてください」

「うん、もう泣かない。泣くのはこれが最後」


 眉尻まゆじりをさげた心配そうな表情の彼女を安心させるため、わたしは笑顔をつくってみせた。


 ◆


 むずかしいことは何もない。

 二人を――金月くんとサンちゃんをくっつけるだけだ。

 そこに、


「好きなんですっ!」


 と、わたしが横から告白したところで、


「うるせーよ、どっかいけブス」


 と、冷たくあしらわれるのがオチ。

 これがわたしが考える最高のセリフ、最高の展開。


(さあ、勝負に出よう)


 今日は夕焼けがきれい。空がどこまでも赤一色。

 放課後。

 通称、カツアゲ自販機と呼ばれるところにいる。

 ふつうの紙パックジュースの自販機なんだけど、校舎からも運動場からも死角になっていて、いつも日当たりがわるくてうす暗くて、ここで被害にあった生徒が多いからそう呼ばれるようになった。でも防犯カメラがつけられて以降、カツアゲ自販機でカツアゲされたという話は、まったく耳にしない。

 その周辺にいくつかあるベンチ。

 ハリネズミみたいにツンツンさせた彼の短い金色の髪が、背景の赤色によく映えていた。


「お邪魔します」


 大股をひろげてベンチに一人で座っている彼のとなりに腰をおろした。

 当然、何か言われるとは思ったが、第一声は意外で――


「昨日、俺のあとをけてこなかったな。へっ、案外おまえって、根性ないのな」


 と、まるで友だちにしゃべるような柔らかい表情で言う。


「根性ないって、どういうこと?」

「ビビったんだろ? 他校のヤンキーに襲われそうになったからさ」


 にぃ、とくちびるを曲げて笑う。

 なんてフレンドリーな空気。

 コミュニケーション的にはいいことなんだけど、目的が〈特殊〉なわたしにはこの状況は喜べない。

 もっと嫌われないとダメ。

 次にどうしたらいいか、言葉をさがしていると、


「なあ、ブス」


 向こうから話しかけてきた。


「なに」


 思わず感情が顔に出てしまった。

 女子に悪口をぶつけたのに、その相手がニコニコした顔をしているなんて、さぞかし不気味だろう。

 数秒、めずらしいものを見る目つきをして、やがて金月くんはあきれたように首をふった。


「おまえ……かわった女だよな」

「いろいろ事情があってね」

「どんな事情か知らねーけど、おまえのせいで、こっちもいいとばっちりを受けてんだよ」

「とばっちり?」

「テニス部の三年で……すらっとしてて女に人気があるヤツがいんだろ? ちょいチャラい感じの髪型で」


青江あおえだ!)


 わたしの幼なじみの一人。どこに出しても恥ずかしくないイケメン男子。


「ちょうど昨日の今ごろだよ。ケンカできそうもねー感じなのに俺をにらみつけてきてよぉ、シラケンをキズつけたらどーのこーのって……シラケンっておまえのことだろ?」

「うん。私、白鳥しらとり美花みか


 変なタイミングの自己紹介。さんざんストーキングをしたあとでなんて。

 すこし、笑いそうになってしまった。

 いけない。

 はやく本題に入っちゃおう。


「女子バスケの松田さん、あなたの幼なじみなんでしょ?」

「おいおい、今度はシンペンチョウサときたか」ぷい、とそっぽを向いてしまった。「そんな話はしたくねーな」

「どうして、あの子に『彼女がいる』なんてウソをついたの」


 黙秘権、とぼそっとつぶやいたのが聞こえた。

 かわいくない。

 もっと、素直になればいいのに。


「あなた彼女のことが好きなんでしょ?」

「……」

「自分はバスケやめたのに、サンちゃんはエースでがんばってるから、ひけめを感じてるんじゃない?」

「……」

「じつは二人って相思相愛でしょ? だったら――」


 すっ、と静かに立ち上がった。

 両手をズボンのポケットに入れて、初めて会ったときと同じキツいまなざしをわたしの目に。


「そのへんにしろや」


 瞬間、

 だだだだ、とこっちに走ってくる音。

 ん?

 わたしは、目をこすった。夕焼けが鮮やかすぎて、見え方がおかしいのかな……


「おい、ミカオにすごんでんじゃねーよ」 

「あ?」


 どこからやってきたのか、金月くんの真横に立ったのは赤井あかい

 わたしの、もう一人の幼なじみ。

 わたしが二回も告白して……二回とも成功してしまったことは、この世界の彼は知らない。

 それよりも、あの髪の色。

 さわやかな短髪が、真っ赤に染まっている。もちろん、りっぱな校則違反。


あかちゃん!」


 呼びかけると、ミカオはだまって見てろ、と表情だけで応答した。

 そしてファイティング・ポーズ。

 地面に長く伸びたうすい影の、足の部分が小刻みにふるえていた。


「ケ、ケンカ……しようぜ。おまえなんか、一ミリもこわくねーから」

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