第3話 恋愛のマスター
始業式の日の翌日。
(ふわぁぁ……)
まったく、眠くてしょうがない。深夜まで〈勉強〉してたせいかな……。
今、朝の教室に一人ぼっち。
時刻は七時半。
(たぶんそろそろ――きたっ!)
廊下から、ふんふーん、というかわいらしい鼻唄が聞こえてくる。
そして引き戸に指をかける音がして、
「今日も今日とて教室に一番ノリなのじゃ~」
がらり、と豪快に戸がスライドした。
「ごめんなさい。一番は、わたしなの」
「あ。白鳥サン……」笑顔が消えて、急にバツがわるそうな表情になった。「えへへ……」と、もじもじしながら自分の席へ移動する。
獲物を追うように、わたしもそっちへ移動。
椅子に座っている彼女が、何か御用があるんですか、という目をわたしに向ける。
「
「は、はい……なんでしょうか……」
二人っきりの教室で、彼女――占部
このクラスメイトは特別な存在で、誰が名付けたのか〈告白
いわく、彼女のサポートをえて成功しなかった告白は一つもないという。
このループにとらわれる前の世界では占部さんとは一度もおしゃべりしたことなくて、親しくはなれなかったけど、ひそかに気になってはいた。おもしろそうな人だったから。
「それって、ゆる巻きしてる? ふわっとしたロングで、いいね」
「あはは……この毛先の
「去年、何組?」
「四組です」
「占部さんは部活って――」
「ずっと帰宅部です」
いけない。これじゃ、取り調べだ。こういうことをするために、早起きして〈クラスで一番登校のはやい〉彼女を待っていたんじゃない。
早々に切り札を出すことにする。
「ところで――」
やった。
昨晩の〈勉強〉の成果アリ。
彼女が心から愛しているというアニメの話をこっちからフったら、見事にくいついてくれた。
「あなたもですかっ!」
がばっ、と両手で両手をとられる。
ああ……ダマしているようで胸がいたい。
でも、もう手段をえらんでなんかいられない。
彼女の好きなアニメは、卒業文集を読んで知っていた。文字数のほとんどを使って熱く語っていたから、とても印象に残っている。
「それでね、占部さん。お願いがあるんだけど」
「はい! なんなりと!」
「わたしと、お友だちになってくれない?」
くるっ、となぜか背中を向けてしまった。
あれ?
どうして?
「こ、この、かわいさの破壊力……おそろしいです。オンナの私でも、見つめられてこんなにドキドキ……それにくらべて、なんと見劣りする自分の顔……とても……おそばには」
「占部さん?」と、うしろに回りこむ。すると、逃げるようにふたたび体を180度回し、最初の体勢にもどった。
「すー、すー、ちょっと……息をととのえさせてください」片手で胸をおさえて、そんなことを言う。
「お友だちに……」
「それはもちろん!」
でも、と、さみしそうにつけ加える。
「私みたいな、暗そうな
全然、と、はっきり言い返す。
「じゃあ、下の名前でミユキって呼んでいい?」
「呼んで……どうぞ」
少しうつむいた角度のまま、ミユキは照れたように笑った。
この、こっちからぐいぐいいって友だちになる感じ、なんだかなつかしい。小学生のころは活発で、たしか
さあ、本題はここからだ。
昨日の放課後の――
「こそこそ見てんじゃねーよ! ブス!」
あの金髪ヤンキーの彼。
わたしを「ブス」と呼んだ彼こそ、今のわたしの唯一の希望。
もうロードマップはできている。
あとは実行するだけ……この奇想天外なプランをスタートするだけなんだけど、やっぱり一人では心ぼそい。味方がほしい。
「ちょっと小耳にはさんだんだけどね、ミユキって恋愛にくわしかったりする?」
「ごぞんじでしたか」
突然、表情に自信があらわれた。
「〈告白請負人〉の話ですね?」
「恋愛心理学みたいな知識が豊富で、かなり個人のデータも持ってるって」
「ふふふ、自慢じゃありませんが、一年から三年までの目立つ男子女子の情報はおしなべてハアクしてソーロー」
独特の言い回し。
やっぱりキャラが濃いなぁ。
いや……これぐらい〈クセのある〉子じゃないと、わたしとはつきあえないだろう。
「二年の男子で……金髪の」
早押しクイズのように、ミユキは食いぎみに答えた。
「
「そ、そう、その子」
が? と、片っぽの眉だけ器用にあげる。
「えーと……」
迷っちゃダメ。
一刻もはやく、大の親友に嫌われてるこの世界から脱出しなきゃなんだから。
「もしかして……白鳥サンは、その
「ちがうの。そうじゃなくて」
しん、と静まる。
「わたしは……彼の――」
ミユキは次の言葉を待って、わたしをじっと見てる。
何秒かしたあと、ついに意を決してわたしは言った。
「ストーカーになりたいのっ!」
「びょ、病院へ行ってどうぞ……」
できたばっかりのお友だちの、心のシャッターがおりる音が聞こえた。
◆
しつこい女は嫌われる。
これ、どこで耳にしたフレーズだろう。
わたしは、嫌われたい。
だからなるの、しつこい女に。
「おい……またかよ……」
舌打ちとともにあきれたような声。
帰り道の住宅地。
数メートル先をあるく背の高い金髪くんを尾行し、電信柱から電信柱へと移動していた。
「おい! そこのブス!」
きたきた、これこれ~。
なんてうれしいことを言ってくれるんだろう。録音してくり返し聞きたくなる。
「ブスって……」顔だけ、柱から出して彼と目を合わせた。「わたし?」
「ったりめーだろ! バカにしてんのかっ!」
「そういうわけじゃないけど」
「じゃ、なんのつもりだよ!」
「わたし……じつは、あなたの――」
一瞬、トモコを思い出した。
「ミカはもっと意識して〈見直し〉を徹底しないとね」
定期テストでケアレスミスを連発してしまったときに、彼女から言われたことだ。
確かに、今こそ〈見直し〉しないと。
ここでもし告白に失敗(彼がオーケーしてくれる)してしまうと、次回はさらに難易度が上がってしまうんだから。
落ちついていこう。
急いで、結果を出そうとしない!
「あなたの――髪の色ってステキだなーって」
「なんだこいつ……」
まだタネをまいている段階だ。
スッ、とふたたび電信柱に身をかくした。
ちょっとこっちに近づいてきそうな雰囲気はあったが、舌打ち一回して、歩き出す。彼と帰宅ルートが同じなのは
失敗がつづいて心が折れかけたけど、今度こそは大丈夫そう。
なぜって、彼はわたしを「ブス」って言ってくれてるし、わたしはこんなストーキングみたいなことをしてるし。
でも……できれば、はやくやめたい。
金月くんは、相当イライラしている。
まとわりつかれる、ってけっこう精神的につらいことなのかも――
(えっ!)
視線を感じて、わたしはうしろをふりかえった。
信じられない光景。
思わず両手で口元をおさえた。
ずーっと向こうまでの電信柱に、もれなく一つに一人ずつ、チラ見えしてる男子たちがいる。
ミイラとりがミイラになる――って、このこと?
もしかして、あれぜんぶ、わたしのスト……
「こっちですっ!」
ぐい、と手をひかれた。
そのまま家と家のあいだのせまい道を走り、知らないマンションの自転車置き場に座り込んで潜伏した。
「おそろしいほどの人気ぶり……かわいい女子に対して尾行チックなことをする連中ならときどき目にしましたが、ここまでの数がいっせいにするなんて前代未聞なのです」
「ミユキ!」
しー、と口の前に人差し指をたてる。
指の向こうにあるピンクの唇が、ニヤリ、のラインをえがいた。
「なにかワケありのようですね。よければこの〈告白請負人〉がお手伝いしますよ~」
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