第4話 追撃のブロー

 持つべきものは、お友だち。

 ほんとにそれを実感する。


「なるほどですね……」


 住宅街の中にあるかく的なお店。

 ミユキにみちびかれるまま入り、同じテーブルで向き合っている。

 ログハウスみたいな内装で、BGMはピアノ曲。おしゃれなカフェだ。

 話が一段落したところで、


「サービスです」


 と、白いマグカップに入ったカプチーノを手前に置かれた。

 にっ、とダンディな雰囲気の男の人が口元だけで笑う。

 そのカプチーノから男性に視線をうつし、


「え~、私にはないの~?」


 ねだるように言うミユキ。

 マスターらしき人に、ものすごいタメ口。

 かなりの常連なのかな、と思っていると、


「おまえは自分でやれ、深雪みゆき。将来、この店をつぐ練習も兼ねてな」

「またそんなことをおっしゃる~」


 ここ、彼女の家だったんだ。

 見下ろすと、カプチーノにラテアートがある。偶然だろうけど、わたしの名前と同じ〈白鳥〉がはばたいている絵だった。

 ずず、と一口つけたところで、


「いやはやなんとも……こまった事態ですなぁ」


 ミユキが腕を組んだ。

 入店して最初に注文したアイスミルクティーを飲みながら、わたしはすでにすべてを打ち明けている。

 つつみかくさず、全部を。

 そもそも、こんなデタラメな……じつはわたしはタイムトラベラーなんですみたいな突拍子もない内容を、信じてもらえるとは思っていない。

 でもスッキリした。心のモヤモヤがとれた。

 これで、話を聞いた彼女が「協力します」って言ってくれたら、最高だけど。


「協力します」


 最高……。

 うそでしょ? 信じられない。


「えっと……その、おかしいなとか思わなかった? バカな冗談だな、とか、ヤバい妄想だ、とか」

「まっ~~~たく!」首をふりながら、力強く言うミユキ。「友だちのことを信じられなくてどーしますか!」


 まっすぐな目で、わたしを「友だち」と言ってくれた。

 目元にこみあげてくるものがあったが、泣いてる場合じゃない。


「あ、あのね……」

 やっぱり、これも正直に言わないと。

「わたし……あなたが好きだっていうアニメもね、最初っから好きだったわけじゃなくて、お友だちになるために――」

 そこですっ! 指先を縦に四本そろえた、まるで〈チョップ〉のような手をわたしに向けた。

「その、うそいつわらない性格、そこにグッとくるんです」

「ミユキ」

「私なりにまとめるとですね~、今、白鳥サンがやっていることは限りなく〈正解〉に近いと思うのです」


 となりの椅子にのせているスクールバッグの中に手を入れ、何かを出した。

 ちっちゃい、五センチくらいのフィギュア。

 髪が金色の男の子……っていうか、男性だ。オレンジ色の、柔道着っぽい服を着ている。


「これが年下ヤンチャヤンキーの金月きんげつ氏で」


 もう一つ、テーブルの上に立てる。

 金色の長い髪の女性で、黒い服、頭にはロシアの人がかぶるような大きくて黒い帽子をのせている。


「これが超絶かわゆいJC、つまり白鳥サンです」


 あはは……と気まずい顔のまま、わたしはミユキの次の言葉を待った。

「これがこう」

 女性を、男性に近づけた。

「すると、こう」

 男性の人形を、さっと遠ざける。

「のような、俗に〈追えば逃げる〉と呼ばれる心理状態は、たしかにあります。恋は、いつだって逃げるほうが主導権をとれるからです。そして、このたっぷりとはなれた二人の間合いで告白――しても、ふつうならうまくいかないでしょう」

「うん」

「だが」わたしに見立てたフィギュアの体をつまんで、上に高くかかげた。「あなたは〈ふつう〉ではない」

「どうしたら……いいの?」

 むむむ、とミユキはひたいをおさえて、だまりこんでしまった。


 ◆


 一週間たった。

 のんきに花なんかを見ている場合じゃないが、もうどの桜も葉桜。


「しつけーな」


 あいかわらず、彼の帰宅時のストーキングをつづけている。


(しつこいな)


 あいかわらず、わたしもストーキングのストーカーをされていた。

 いや、うしろにくっついてきてる男子たちはストーカーっていうほどではないと思う。そんな犯罪者みたいなのじゃなくて、気になる子のあとを単純に追っかける少年……みたいで。


「なあ」

「きゃっ!」


 おどろいた。いつのまにか、目の前に金月くんが立っている。


「あんまり男をナメてんじゃねーよ。なにたくらんでんのかしんねーけどさ。俺だって……物陰にあんたをつれこんで襲うくらいのことはできんだぜ?」


 ピコン、と頭に電球が浮かぶ。

 これはチャンス。

 彼に、もっとわたしのことを嫌いになってもらえる絶好の機会。


(ボケるのよ!)


 恋愛心理学の本で読んだ。

 女性のユーモアは敬遠される傾向にあるって。


「え、えーと……」

「あん?」

「逆にこっちが襲うから。わたしはメスライオンだぞ、がおー」


 くるり、と顔が向こうに向いてしまった。

 小刻みに肩がゆれている。


「くっ、くっ……」

「どうしたの?」


 はーっはっはっ、と、彼が堰を切ったように大笑いする。


「こーんな弱っちぃライオンがいるかよ」


 はっ、はっ、とおなかをおさえてまだ笑う。

 失礼きわまりないが、表情がすごく人なつっこい笑顔だから、怒る気も失せた。

 彼氏……のようには思えないけど、年の近い弟がいたら、こんな親近感がわくのかな。


(ん?)


 背後から複数の足音。

 わたしが不良の彼としゃべっていたから、何事かと思ってやって来たのだろうか。尾行していた男子たちが。


「よぉ金髪くん」


 野太い声。

 はぁ? とイヤそうに返事した彼が、返事した瞬間――


「うっ!」


 ボディーブローをいれられた。

 なに、この人。

 髪の色とかピアスとか制服の着こなしとか、いかにも不良っていう人ばっかり。

 五人いる。

 着てるのは、ちがう中学の制服。

 逃げなきゃ、助けを呼ばなきゃ、とにかく声をださなきゃ、と思うも、


(こわい)


 わたしは何もできなかった。足がふるえているのがわかる。


「これ――」

 と、ごつごつした指がわたしに向く。

「おまえのオンナか?」

 地面に片膝をついている彼と目が合った。

 ここで、彼が本当にわたしのことを嫌いなら、返答はひとつ。

 そうだ、といえばいい。

 おそらく、そうなるとタダではすまないだろう。わたしが。そういう空気だ。


「どうなんだ? え?」

「俺がそんなブス……相手にするかよ……」


 誰かが、おいおい、と言った。


「どこがブスなん? おまえ、目がおかしいんか?」

「へっ……ブスじゃねーといやぁ……、幼なじみの〈あいつ〉ぐらいのもんさ……」

 誰のこと?

 でも、とても重要なことを口にしたような気がする。

「フられたハラいせってとこか……おまえらがどこの女にたのまれたのか知らねーが、気ぃすむまでやれよ」

 金月くんは、地面にあぐらをかいた。

 その低い角度から、射るような鋭い視線をあげて、彼はこう言った。


「ただし、その女には指一本さわるな!」

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