第2話 希望のエンカウンター

 そんなはずない!

 頭の中の反論ははやかった。

 でも親友のトモコの目は真剣で、言い返せないほど威圧感がある。


「嫌いったら嫌い。私は、ミカのことが心の底から嫌い」

「な……なんで、そんなこと言うの……?」


 うそ。これは夢。

 わたしはぎゅっと目をつむった。


(……)


 にっこりとほほえむトモコの顔が浮かぶ。

 身の丈に合わない高校を目指すわたしはネガティブになりがちで、ずっと彼女にははげまされつづけた。

 おかげで、がんばれた。合格することができた。


「――っ!」

「ちょっと! どこに行くの!」


 わたしはトモコの顔をまともに見ることができず、背を向けて走り出した。

 悪夢だ。

 これは悪夢。

 あっというまに雨の勢いは強くなっていて、シャワーのようにふりそそいでいる。

 かまわない。

 びしょぬれになって走った。


「おい! 待てって!」


 うしろから誰かが追いかけてくる。


「バカ! 風邪ひくぞ!」

あかちゃん……」

「わるかったよ」なぜか、幼なじみの赤井あかいはあやまった。「ちょうどおまえの姿が見えてさ……そばに友野とものもいたし……二人でなにやってんのかな、って」

「見てたんだ」

「ああ。で、友野になんか言われたのか? なんでそんな大泣きしてんだよ……いや」赤井は空をちらっと見上げた。「話し込んでる場合じゃねーか。とにかく、屋根のあるところへ――」


 ぐっ、とわたしは彼のジャージのそでをひっぱった。


「ん?」

「赤ちゃん、大事な話があるの」


 もう方法はこれしかない。

 彼にはわるいけど、わたしにはこの世界はたえられない。一秒だってここにいたくない。


「わたしと……つきあって!」

「え」

「ずっと好きだったの。だから」わたしは幼なじみの手をとった。小学生のときはもっとやわらかかった記憶があるけど、想像よりも感触が固い。「だから……お願い……」


 迷う時間はなかった。

 赤井は、わたしの肩に手をおいて、それをそのまま背中に回し、抱きしめる。


「わかったよ。わかったから、もう泣くなって。じつはおれも、ガキのころからずっと」


 彼の声の最後のほうは小さくなって、雨音にかき消されて聞こえない。

 ごめん赤井。

 こんな、ウソの告白をしてごめん。ひたいから流れてきた雨が目に入って、思わずまぶたを閉じた瞬間、


(きた!)


 正面から強く押されて、体がつき飛ばされる。

 予想できていたので、両足にぐっと力を入れ、尻餅しりもちはつかない。


「また告白を成功させましたね?」


 黒いフードをかぶった人。

 進学するはずだった高校の、正門前。

 わたしは何も言わず、


 ばしん


 と、フードの上から平手打ちした。


「これはこれは……ずいぶんお怒りのようですね、白鳥様」

「トモコをあんなふうに変えたのは、あなたねっ!」

「まあ落ちついてください」


 ぱちん、と指をならした。

 地面から白い煙がたって、白いテーブルと、二脚の椅子があらわれる。


「お座りください」

「……」


 おたがい椅子に座って、正面から顔をうかがえる位置関係だが、どういう光のあたりかたなのかフードの下の顔はまったく見えない。


「まず申し上げたいのは……当方は〈審判〉のような存在でして、けして白鳥様の敵ではございません。お答えできる質問には答えますし、こちらから虚偽を申すこともありません」

「うん……あの、ごめんなさい。ちょっと……たたいたのはやりすぎでした」


 笑った。

 おぼろげに見える口元が、弓なりになったのがわかる。


「けっこう。それでは、質問はございますか?」

「トモコ――えっと、わたしの親友の友野ともの頼子よりこが、急にわたしを嫌いになったのはどうして?」

「端的に説明しますと、あれは〈永久パターン防止〉のためでございます」

「永久パターン?」

「そうです――」


 時の流れがとまったような(わたしたち以外にも周囲にたくさん人間はいるが動いていない)静かな世界で、理路整然と話してくれたことを整理すると、


・告白に失敗すれば、あこがれの高校に入学できる

・告白に成功すれば、即刻、中学三年生の任意の季節からやりなおしとなる

・このループ状態にあるうちは、何があっても死ぬことはない(高校入学時点までの命は〈保証〉されている)


 つまり、もしわたしがあえて告白の成功をつづけたら、永久に生きられることになる。

 そのパターンを防止するために、


・親友が一日ごとにわたしを嫌いになる


 としたようだ。

 さらに、


・一回ループするたびに男子全員のわたしに対する好感度が上がる


 っていうのもあるらしい。らしい……じゃないよ! こんなルールがあったら、いつか手詰まりになる!


「ゆえに〈永久パターン防止〉でございます」


 納得。

 たしかに、そんな世界で永遠に生きたいとは思わない。

 そして正体不明のこの人が、冗談のように言った。


「100周ぐらいすれば、散歩している犬さえも欲情するレベルになるかもしれませんね」


 はは……笑えない。

 いや、笑おう。体の中から元気をしぼりだすようにして、くすっ、とわたしは笑ってみせた。

 心は決まった。

 やることは一つ。

 もはやこれは入学するためのループじゃなく、わたしの大事な親友をとりもどすための戦い。

 次で、絶対に成功させればいい。それで、いいんだ。


「ほう、目の色が変わりましたね。とても力強い」


 すっと立ち上がったのを見て、わたしも立ち上がった。

 指を鳴らす。

 テーブルと椅子は煙になって、風にふかれて消えた。


「すきな季節を選んでください」

「春」

「けっこう。季節はめぐる。いつも美しく」


 詩のようなフレーズをとなえながら、黒フードの人が両手をのばす。そのまま、どん、とわたしは押し出された。


「いたっ……」


 尻餅しりもちをつく。肩のあたりをけっこう強めに押されるので、くるのがわかっていてもバランスを崩してしまう。

 三年間……いや、それ〈以上〉の時間をすごした、見なれた中学校の校舎。

 始業式の朝。

 

 教室で席につくと、当たり前のように幼なじみの二人がやってきて、まるで台本があるかのように前のときと同じことを言う。


「あれ全部、おまえを見にきてんだぜ、シラケン」


 と、聞きおぼえのある青江あおえのセリフにさそわれて廊下を見る。

 やっぱり……気のせいじゃない。

 わたしのことをながめる男子の数が、あきらかに増えている。

 満員電車、それも通勤ラッシュの、ピーク時の混雑ぶり。

 窓ガラスにほっぺたを押しつけている男子と目が合った。恥ずかしそうな照れ笑いを浮かべている。

 そして――


(トモコ!)


 そんな男子の人ごみをかき分けて教室に入ってきた親友。

 駆け寄りたい。

 でももう彼女のあんな言葉は、二度と聞きたくない。

 目をつむり、頭を左右にブンブンとふる。


「ミカオ、なに……やってんの?」


 右ななめ上から見つめてくる赤井。

 彼の顔を正面から見れない。申しわけない気持ちでいっぱいだから。非常事態だったとはいえ、ウソの告白をしてしまったことが、とってもうしろめたくて。しかも二回も。


「水かぶった犬っころじゃねーんだから」とニコニコしながら言ったのは左にいる青江。かなりのイケメンで、大規模なファンクラブまで存在する。「でもこーいうことするシラケンも、かわいいよな」


 女子にこんなにさらっと「かわいい」なんて。

 外見がよくてこれだけコミュりょくがあったら、モテるにきまってる。

 その日の授業中、ずっと考え続けた。

 どうしたら告白が失敗するか、言い換えれば、誰なら自分をちゃんとフってくれるのか。

 今のわたしに必要なのは、わたしを「かわいくない」ってはっきり言ってくれる男子だ。

 でも……そもそも、そんなことって本人には面と向かって言わない。

 むずかしい。

 放課後、とくに目的もなく学校の中を歩いていると、 


「す、好きなんですっ!」

「は?」


 告白の現場に遭遇そうぐうしてしまった。

 夕方の非常階段。二階と三階のあいだの踊り場。

 とっさに、手すりのかげに身をかくした。

 そーっと下をのぞく。


「だからその……、前から気になってて……好き、です」


 告白してるがわは、雑誌でモデルの経験があるっていう有名な女子だ。栗色のセミロングの髪で、サイドを編み込んだかわいらしいヘアスタイル。

 いっぽう――


「ったく、俺を呼び出した理由ってこれかよ、だりーなー」


 この、あざやかな金色の短髪。

 不良で有名な男子だ。背が高くて、高校生っていっても通用するぐらい大人っぽい。

 名前はなんだったかな、と思っていたら、


「キンゲツくん」


 あ。そうそう、めずらしい苗字で〈金月きんげつ〉っていうんだった。


「あの……それでね、とりあえず、こんどいっしょに映画でも……いきません?」

「いかねーよ」にらむような視線を彼女に向ける。「かんちがいしてんじゃねー」

「え……私の告白は……?」

「知るかよ。さっさと消えろ」


 涙をこらえるように一瞬顔がくしゃってなったかと思うと、女の子は階段をおりて行ってしまった。

 ひどい。

 ことわるにしても、もっと言い方があるでしょ。言い方が。 

 最低の男子。

 いくらカッコよくったって、わたし、あんな人は嫌い。


「……なに見てんだよ」


 見つかった。こっちに鋭い目つきを向けている。

 すごい敵意。

 ケンカする前の男子が、こんな感じになるのを見たことがある。

 ムカついたけど、べつに彼とケンカする理由はない。

 立ち去ろう、と手すりから完全に体を出したそのとき、


「おい!」


 大きな声。

 不覚にも、わたしは彼が怒鳴り散らしてきた次の言葉に、ゾクゾクしてしまった。

 ふつうの女子なら言われたくない言葉なのに。

 感じた。

 あの子ならわたしをフってくれるかも、って。


「こそこそ見てんじゃねーよ! ブス!」

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