11:あの人たちの翌々日

 時はクリスタルを追放した二日後まで戻る。


「ディエゴのところに入ってやってもいいけど」


 昨日、ディエゴたち三人にそう言い放ったのは、クリスタルの姉であるクロエだった。昨日の討伐ではダンジョンの奥にすら辿たどりつけなかった三人。


「久しぶりのパーティ討伐、精一杯頑張るから!」


 クロエだけがノリノリで討伐への準備をしている。


「そもそもあんたの出番なんてないわよ。うちら三人だけで十分」

「そう? それはこれから行ってのお楽しみじゃない?」


 昨日の夜からずっと、ジェシカとクロエとの間に火花が散っている。

 イアンは「……何だ、こいつ」と冷めた目でクロエを眺めているだけである。


「ほら、行くぞ」


 リーダーのディエゴは、張り合うジェシカとクロエをせかすように、部屋をあとにしようとしている。

 新しいメンバーを迎えての討伐が始まった。






 昨日、上級者向けのダンジョンでボコボコにされたのは気にもとめず、今日もまた上級者向けダンジョンに入っていった。


「今日はゴブリンか」


 ゴブリンといっても大軍で襲いかかってくるので、一人で大量にさばかないといけない。ダンジョンに入ってすぐにこの状況なのは、上級者向けである所以だ。


「はい、あとは地面にいるやつだけー」


 ゴブリンと対峙たいじしてからたった数十秒で、クロエは地面以外にいたゴブリンを倒しきってしまったのだ。

 しかし、他の三人は誰も反応しない。


「……残り一匹、よし」


 最後のゴブリンをイアンがしとめると、ディエゴは「どんどんいくぞ」と、そそくさと前に進んでいく。


「アウバールだな」


 一息つく暇もなく、次のモンスターが襲ってきた。昨日コテンパンにされたアウバールである。昨日と同じく剣で突いて倒そうとするが、三人ともなかなかアウバールに刺せないでいた。


 クロエは様子を見ていた。飛行モンスターはもちろん弓使いが有利である。しかし、さっきジェシカに「あんたの出番なんてない」と言われている。だが、一向にアウバールを倒せそうにない。

 昨日あんなにボロボロだったのは、やっぱりアウバールだったのかと確信したクロエ。


「あー見てらんない」


 見かねたクロエは矢を放ち、アウバールに命中させる。

 フラフラと落ちていくアウバールをディエゴが剣で突き、仕留めた。うまいところを持っていったディエゴは、上から目線でクロエを褒める。


「さすがはアーチャー家のヤツ。やるじゃないか」

「それはどうも」

「いや、アーチャー家のヤツでも使えないヤツはいたか」

「そういえばそうだったね」


 身内がいじられても淡々と返すクロエ。むしろ、嫌そうな顔ひとつしない。


「あ、お先に失礼」


 鋭い目になったクロエは、ディエゴが前を向き直すのと同じタイミングで矢を放った。


 グエッ


「よそ見したら危ないじゃない。ね、ジェシカ?」


 ジェシカにたった三十センチくらいまで迫っていた、別のアウバールに気づいて射抜いたのだ。


「視界の隅では気づいてたわよ。すぐに剣で攻撃するつもりだったのに」

「ふーん、あっそう。せっかくの機会を奪っちゃったね」

「何よ、ちょっとパーティに貢献したからって調子に乗ってるの?」

「ただ普通に討伐をやってるだけ」


 またもジェシカとクロエが言い合いを始めたところで、ディエゴがため息をつく。


「また厄介な弓使いを入れてしまった……」

「……だな」


 イアンも静かに賛成する。二人は背中合わせになると、モンスターが出てこないか見張りながら、女子二人には聞こえないくらいでグチをこぼす。


「……俺、こんな状況が続くなら、クリスタルの方がマシくらいに思えてきたな。新入りはただうざい」

「それはない。今の方がこのパーティの評判は下がらないからな」

「……そうだな」


 ディエゴ、イアン、ジェシカの三人は知らなかった。クロエはまだ本気を出していないことを……。






 クリスタルを追放してからちょうど一週間が経つころには、三人はほぼ『用なし』状態になっていたのだ。

 クロエはソロで上級者向けダンジョンに入っていたのだから、そうなることは誰もが予想できていたはずだ。だが三人は「ソロで行けるくらい優秀なら、自分たちをうまい具合に手伝ってくれる」と思っていた。


「今日はほとんど私の手柄ね。特にジェシカなんて、今日モンスター倒してた?」

「と、トドメは刺してないけど、倒す手助けはしたわよ」

「その前に私が当てたから、ジェシカは攻撃できてたけどね」

「……ふんっ!」


 ぐうの音も出ない。

 三人はほとんど成果を出さなかったため、モンスターを換金したあとのお金の分配で、ここ数日ディエゴともめている。


「今日は私が九割持っていっていい?」

「何を言ってる、四人で平等に分配するだけだ」

「えー、私がほとんど活躍したのにー」


 あからさまに駄々をこねるクロエだが、あることを思いつく。


「そうだ、ディエゴ。あの下手な妹にはどれくらいお金あげてたの?」

「あんなのには少し――」


 ディエゴは質問の意味を悟ったのか、言いかけたものを飲みこんだ。これを聞いていたイアンとジェシカも凍りつく。


「あれ、平等分配じゃないの?」

「……」

「……」

「……」


 三人は完全に黙りこんでしまった。まさか、まったくあげない日もあっただなんて言えないだろう。


「何でみんな黙っちゃうの? どういうこと?」


 再び尋ねられても、三人は一切答えようとしない。


「分かった! 私には、自分たちの取り分が少なくなるからって平等分配させたのに、妹には少ししかあげなかったってこと? そうだよね?」

「…………うるせぇ」

「で、結局、どれくらい妹にあげてたの?」

「…………銅貨五枚ほど」

「すっくな!!」


 上級者パーティなので、平均で一日に金貨二、三枚ほどは稼げる。平等分配なら一人銀貨五~七枚の取り分になるが、単位が銀貨どころか銅貨なのだ。


「ギルドの決まりで、『上級者パーティは、最低でもメンバー一人に銀貨一枚は分配しなければならない』ってなってるよね。もう妹は冒険者をやめたらしいけど、管理人に告げ口してもいい?」


 脅しをかけるクロエに、震えあがりながら「やめてくれ」とディエゴは懇願する。


「それか、今日はいっぱい稼げたから、口止め料込みで私が九割持っていっていい?」


 今日は金貨四枚稼げたので、自分が九割持っていっても決まりを破ることはないと、もちろんクロエは分かって提案している。


「どうする?」


 アーチャー家の子どもということもあり、痛いところを突かれたというのもあり、ディエゴはしぶしぶ金貨三枚と銀貨六枚をクロエに渡したのであった。

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