10:新しい相棒、再び取り戻した視界

「じゃあ、いいものを選んであげないとだね」


 結局タイラーは、自分で選んであげることにしたらしい。


「せいぜいあたしは趣味でやってるくらいだから、プロに選んでもらった方がいい」

「エラからも勧められたなら、ちゃんと見極めないと」


 上機嫌で、タイラーは上ニレマツの弓を手に取った。私が左手に持っていたニレマツの弓と引き換えに、その弓を受け取る。


「それ、他の弓使いも使っている人気のものだよ。試しに引いてみな」


 さっきのように、足を肩幅くらいに開き直して引いてみるが……。


「あれ、うまく引けない」

「さっき言われたとおり、左肩が力まないようにするんだ」


 趣味程度のエラに指摘されても、今の私はどうでもよかった。もう私は冒険者ではない。もしかしたらエラより下手な可能性だってある。


「はい」


 プライドなど、追放された時点でかなぐり捨てた。エラの言うとおりに左肩が上がらないようにしてみる。


「!」


 明らかに手応えが変わったのだ。何といったらいいのだろうか。弦を引く右手にそこまで力をかけなくて済むようになった。


「おぉ、そのフォームだよ。きれい」

「これでいいんですね」


 あぁ、これが正解なのか。長年直せなかったものが、今日この一瞬で理解でき、直すことができてしまった。


「正しいやり方じゃないとうまく引けないって、よくできてますね」

「はははっ、熟練の技だよ」


 そう言ってまた上機嫌になるタイラー。

 私と違って、この人かなりポジティブ思考だよね……。


「何これ」


 ふと私の目に飛びこんできたのは、他の弓よりひときわ黒い弓だった。金貨十枚の高級品である。


「これ、ほぼ黒ですね」

「ああ、これね。これは俺が試行錯誤を重ねてようやくできあがった、ダーツリーから作った弓なんだ」


 ダーツリーとは、ほぼ黒に近い茶色の幹の木で、堅くて丈夫なのが特徴である。だが、堅いがゆえに加工が難しく、熟練の職人でさえ家具に加工するのが限界だ。

 ……と、その場でエラが説明してくれた。


「だ、ダーツリー!? おっちゃん、そんな硬い木を弓に使って大丈夫なのか!」

「引いてみるか? ほら」


 黒い弓がエラの手の中に収まる。


「そうだな。こんな弓、めったに触れないだろうし」


 私は一歩後ろに下がり、初めてエラが弓を引く姿を見ることになった。


「手はここだな。よし」


 エラの両腕にかなりの力がかかるが、ダーツリーの弓は少ししかたわまない。

 そ、そんなに堅いの!?


「クリスタル、これは男用だ。そもそもおっちゃん、これ引ける?」


 首を振るエラは、半分笑いながらタイラーに返却する。


「実は俺でも引くのが限界だ。これを使いこなすとしたら、相当な力がないと」


 タイラーさんでさえ堅いって感じるくらいって! それならなおさら私には無理――


「ほら、クリスタルちゃんもやってみるか?」

「いえいえ、私みたいなやつには……」

「クリスタル、堅すぎて逆に諦めがつくくらい堅いからやってみ」


 うぅ……エラさんに言われちゃやるしかないか。


「わ、わかりました」


 タイラーから受け取ったダーツリーの弓は、今まで使っていたものよりかなり重く、いかにも中身がつまっていて丈夫なんだと実感する。


「やってみますね」


 深呼吸し、左肩が上がらないよう気をつけながら、ぐいっと弓を引いた。


 力をかけていき、徐々に弓がたわみ始める。左腕に大きな負荷がかかるが、決して全力は出していない。

 そしてついに、ダーツリーの弓を引ききってしまったのだ。

 右手を離すと、強い反動が左手に伝わる。今まで変な引き方をしていたせいかは分からないが、反動も制御できそうな感覚だ。


「か、堅いけどできた」


 自分でも驚いている。


「す、すごいね」

「うそ……!」


 タイラーもエラも、完全に言葉を失っている。息切れする様子もない私に、エラがまたも半笑いする。


「こんなに堅い弓なのに、平気そうだな」

「確かにけっこう堅いですけど、腕と肩まわりとお腹の力がバランスよくかけられて、いい感じでした」


 素直に感想を述べてみる。

「何本も連続でやっても大丈夫な感じかい?」と尋ねるタイラーの声は少し震えていた。


「そうですね。練習すれば」

「でも俺はおすすめできないなぁ。これで体を壊されちゃいけない」

「いえ、本当に練習すれば大丈夫です。それに……もう腕とか肩とかを壊すような練習はしないので」


 自嘲を含んだほほえみをする私。


 私は、父に怒られないように、アーチャー家の子どもとして恥ずかしくないように、兄や姉からもう馬鹿にされないように……ただがむしゃらに、肩や腕が悲鳴をあげても練習し続けた。

 そのせいで一時、まったく腕が動かせないほど痛めてしまったことがある。


 それでも練習はしなければならない。痛みに歯を食いしばり、涙が出るほどの痛みに耐えた。まったく練習にならなかったが。


「これからは、練習の内容も練習する時間も自分で決められるので。なので、大丈夫です」


 私は決めた。


「この弓がいいです」


 それでもタイラーは首をかしげている。


「いやぁ、それなら裏で試しに矢を使ってやってみるかい?」

「やります」


 私とエラは、作業場にあったドアから広い庭へと通された。久しぶりの光景だった。

 嫌でつらい思い出で息苦しくなりそうにしていると、エラから矢を渡された。


「やってみ、クリスタル」


 うなずくと、的を見据えて姿勢を整える。重心を真ん中に置き、肩の力を抜き、弦に指をかける。肩が上がらないよう弓を引く。ねらいを定め、右手を離す。

 私から離れた矢は、ものすごい速さで飛んでいく。軌道は変わることなく飛んでいき、


 バシッ


 的の真ん中に命中したのだ。


「おぉ……」

「ど真ん中に当てた……だと」


 呆然ぼうぜんとする二人だったが、私は言葉すら出なかった。


「すごいな、クリスタル! 相性バッチリじゃないのか⁉︎」

「俺も、その弓はクリスタルちゃんのために生まれた気がするよ」


 興奮ぎみに肩をたたかれても、うなずくことしかできない。


「できちゃいました……」


 ようやく浮かんだ言葉もこの程度。やっと我に返ると、私の心に感動の渦が押し寄せた。


「この弓は確かに堅いです。打ったときの反動もかなりあります。でもスピードが出ますし、何より私の力を均等に使って飛んでくれる感覚でした」


 ねらいを定めようとしているときの視界も、なぜかじんときてしまった。一週間ぶりなのに新鮮な視界。心持ちも違う。


「これがいいです」


 やっぱり、この弓がいい。


「おっちゃん、お会計よろしく」

「分かったよ、毎度あり」


 最初はエラが、次にタイラーが、私に弓を選んでくれる予定だった。自分で弓を選んだことがないので、全部おまかせするつもりでいた。だが、最後には自分で決めた。


「挫折した若い弓使いが復帰するためなら、金貨十枚なんて何も惜しくない」


 ここに来る前にエラが言ってくれた言葉を思い出した。


「いい買い物をしたな」


 袋から金貨を取り出しながら、朗らかに笑うエラ。


「エラさん、ありがとうございます」

「さっきも言っただろ? クリスタルのためなら何も惜しくない」

「ホントに、ありがとうございます」


 エラの寛大な心とタイラーの職人技によって、私は新しい相棒を迎えることができた。これから頑張ろう。堂々と弓使いを名乗れるように。

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