09:ようやく原因が判明、私の悪い癖

「あの……エラさん、どれだけお金持っていくつもりなんですか」


 金庫から金貨を袋に移しかえているエラだが、その手が止まらない。何枚入れるつもりなのだろうか。


「二十枚」

「そ、そんなに!?」

「余分に持っていくよ。心配するな」

「心配って、そういう意味じゃなくて……」


 私が元々使っていたものは、せいぜい金貨二枚くらいの安いものだった。

 末っ子だからか私がヘタだからか、「お前はこんなもんでいい」と父に言われ、使い続けてきた。


「いくらくらいのを買おうとしてるんですか」


 持っていこうとする金額から、かなり良いものを買おうとしていることは目に見えていたが――


「そうだな、金貨十枚くらい」

「そ、そんな高いものを!!」

「あたしのより少し高いくらいだ。弓を本業にしていた人にはお似合いだろ?」

「いやいや、そんな高級な……今まで金貨二枚くらいのものだったのに」


 あまりの金額にクラクラしそうになっていると、「行くぞ、クリスタル」と言われて腕を引かれてしまった。

 私は、エラが弓を買ったという店に連れていかれた。






 サヴァルモンテ亭から、北に続く道を歩いていくとその店はあった。開いている窓から中が見える。弓だけでなく、弓に関連した道具がずらりとあるようだ。


「おっちゃーん、新しい客連れてきたよー」


 店に入るなり、エラは奥にいる店主に大声で呼びかける。

 店主は金属のような道具をカランと置くと、手をはたきながらこちらにやってくる。


「おう、エラじゃないか。で、この若そうな娘が――」

「あっ、クリスタルと言います」


 とりあえず自分から名乗っておく。


「俺はタイラー。こう見えて、この道三十年の弓職人だ。よろしく」


 そう言って差し出された手は、ガサガサで関節が太く、見た目の歳のわりにシワだらけである。


「よろしくお願いします」


 右手で握手をするとすぐに、タイラーが何かに気づいて私の手のひらを上に向けたのだ。


「あれ、クリスタルちゃん、この手は弓使いの手をしている」


 そんな、握手しただけで分かるものなのだろうか。


「ここと、ここにタコが」

「そんなすぐに、弓使いの手だって分かります?」

「分かるよ、おじさんは色んな弓使いの手を見てきたからなぁ」


 冒険者パーティにもたくさんの弓使いがいたけど、タイラーさんはその比じゃないだろうね。さすが。


「若そうだけど、いくつかい?」

「十七です」

「そうかそうか、まだまだ伸びしろがある」


 こちらは初対面で緊張して顔が固まっているが、タイラーは気さくに話してくれる。

 よかった、こういう職人さんって、頑固で若者に厳しい人もいるって聞くし。


 立て続けに繰り出された言葉が止まったところで、エラが本題を切り出す。


「おっちゃん、この子のためにいい弓を選んであげてくれないか」

「よーし、了解した。予算は?」

「金貨十枚くらい」

「おぉ、ずいぶんいいものを」


 驚いているようだが、ニンマリとした笑顔に変わった。そりゃそうだよね、タイラーさんも商売だしね。

 タイラーは私たちを、店の入り口から一番遠い方へと案内した。さっき店に入った時にタイラーがいた、作業場の隣である。


「金貨十枚弱くらいの弓はここら辺だ。試しに引いてみてもいいからな」


 案内だけはして、タイラーは再び作業場のイスに腰かけてしまった。

 エラによる弓の選定が始まった。


「おっちゃん、おっちゃん的にバランスのいい弓ってどれだ?」

「うちでは一番おすすめしている、ニレマツの弓かな」


 あぁ、ニレマツの木ね、確かに使ってる人多いかも。


「クリスタル、これでいつも通りに引いてくれ」

「えっ! あっ、はい」


 急に自分に話題が振られてびっくりしている間に、エラが私の手にニレマツの弓を握らせる。

 左手で弓を、右手で弦を持つ。


「そうだね、近いけど、この道具の真ん中を目がける感じで」


 タイラーが、壁にかかっている金属製の道具を指さし、狙う場所を指定する。


「そこですね、分かりました」


 肩幅くらいに足を開くと、一週間ぶりに弓を引いてみた。新品なせいか、少し弦が硬い。いや、自分の腕力が衰えただけかもしれないが。


「なるほど……」

「うーむ……」


 エラとタイラーは私の引き方を見ているらしい。前・後ろ・横へと、私を凝視しながら移動している。


「はい、離して」


 タイラーの合図で右手の弦を離した。静かな店内にビンッと低く鈍い音が響く。


「独特なフォームだね」


 タイラーはオブラートに包んだ評価をしてくれたが、


「独特、ですか」

「左肩が上がっているな。力んでるんだ」


 エラは正直に言い放つ。


 思い当たる節はある。

 これは完全に私の癖なのだろう。「左肩が上がりすぎている」とよく父に注意されていた。


「やっぱりそうですか、直らないんですよね」


 何度注意されても直らない私は、よく父から怒鳴られていた。兄や姉はすぐに修正できていたのだろう。父の、「俺に同じ言葉をくり返し言わせるな!」と苛立ちのこもった声がよみがえり、鼓動が速くなる。


「でもおっちゃん。この子、ちっちゃい頃から弓やってるらしいが、安いものしか使ったことがないらしいんだ」

「そうなのか、どれくらいの?」


 思い出したくない過去を思い出してげんなりしている私だったが、「金貨二枚くらいです」と答える。


「えっ、今までよくその弓でやってこれたね……」

「だろ? 金貨二枚くらいの弓なんてな――」


 タイラーが指折り数えて、私が使っていた弓の悪いところを挙げていく。


「引きにくいし、材質は悪いし、悪い癖がつきやすい。趣味程度なら――」


 三つ目を口にした瞬間、


「「あっ」」


 エラとタイラーの声が重なった。


「そういうことか」

「そういうことだな」


 何か、二人だけで納得しているらしい。


「どういうことですか」


 話についていけなくなる前に聞いてみる。


「クリスタルちゃん、君の癖は今まで使っていた弓が原因だ。長年、安物を使い続けていたせいで、悪い癖がついてしまったんだ」


 私が使ってた弓のせいで、左肩が上がっちゃう癖がついた……?


「安物って、そんなに悪いものなんですか」

「趣味ならいいんだよ。試しに弓を始めてみようとか、続けられるか分からないけれどやってみたい、とかね」


 エラに目をやると、腕を組んで大きくうなずいていた。


「でもね、ある程度続けられたら、お金はかかるけれどいいものに変えた方がいいんだ。安物はくせ者が多いから、それに慣れちゃうと癖がついてしまう」


 納得した。納得したと同時に、ある疑問が浮かぶ。


 父が安物の弓の特性を知らないはずがない。悪い癖がついてしまった理由は分かっていたはず。それなのに、「同じ言葉を何回も言わせるな」って。

 どうして……。


 ショックでうつむいた顔に、涙がこぼれ落ちる。


「……クリスタルちゃん、さっき十七歳と言ったね」


 涙声でタイラーに「はい」と返す。


「それなら、まだ大丈夫だ。やり直せる」


 ニッコニコの笑顔で親指を立てるタイラー。

 …………えっ?


「まだ十七じゃないか。いい弓に出会えたらきっと癖は直るさ」

「直るんですか!」

「意識して、努力すればね」


 今までの人生で、初めて希望の光が差しこんだ気がした。直せないと思っていた癖が直せるだなんて……!


「うそ……!」


 流す涙がうれし泣きに変わる。私の事情を知っているエラは、私を抱き寄せて「よかった……!」と頭をポンポンしてくれたのだ。


 涙をぬぐい、ハッキリと声に出してタイラーにお願いした。


「新しい相棒、私にふさわしい相棒をお願いします」

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