08:エラの告白、相棒への想い

 私が追放されてから一週間が経ったころ、エラにとある言葉をかけられた。とても言いにくそうに。


「クリスタル、あのな、これは客にも言ったことがないことなんだが……」


 手招きされ、エラに連れてこられたのは、食料倉庫の隣の小さな倉庫だった。

 鍵を開けてドアが開けられると、暗くホコリ臭い中があらわになる。


「さあ、どうぞ」


 私はまだエラを完全には信用していない。万一のことを考え、エラの後ろについて歩みを進める。中に入ってからも、一応ドアの近くに立っておく。


「何ビクビクしてんだ? 何もしないからこっちに来な」


 疑心暗鬼のまま、やっとエラの近くに立つと、エラの視線の先に目を向ける。そこには三種類の弓が壁にかけられていたのだ。二つは長弓で、もう一つは短弓だ。


「こ、これは……」

「三つともあたしのもの。実はあたしも弓をやってるんだ」


 え、エラさんも!? ただの料理人じゃないの!


「今も、ですよね」

「あぁ、ただ趣味でやっているだけだから、そこまではうまくない」


 ふと思い返すと、私の話を聞いていたエラがやけに共感『しまくって』いて、的確な言葉を返していたなと納得した。


「だからなんですね。私が愚痴を言ってる時、エラさんがうなずいて共感してくれて、優しくしてくれたのは」

「いや」


 すぐに私の言葉は否定される。


「正直なところ、確かに弓使いだから共感できるところはあった。だけど……冒険者になったことはないし、それで生死がかかっている状況になったことがない」


「だけどな」と言葉を続けながら、三つあるうちの真ん中の長弓を手に取る。


「あたしも身寄りがいなくて、死にかけたことがあるんだ。だから少し共感できる」


 私はさっきから驚きの連続で、ただただエラの話にうなずいているだけである。


「色々共通点があるんだな。料理人と元冒険者で、こんなにも分かり合えるなんて」


 肩に手を置かれた。なぜかずっしりと重く感じる。

 少し見上げ、薄暗い視野の中でエラの目を見た。


 私はまだ信用してなかったけど、エラさんは私のことを信用してくれてるのかもしれない。じゃなきゃ、料理人以外の顔とか、身寄りがいないとかは話してくれないよね。


「そうですね。今はちょっと頭がごちゃごちゃしてますが、意外と共通点があるんですね」

「それで、前置きが長くなってしまったが――」


 持っていた弓を私の目線まで上げ、ただでさえ眼力が強いものをより強めて言った。


「あたしと一緒に、弓をやってくれないか」


 そういうことかと私はようやく納得した。


 エラさんは弓使いの仲間を見つけて、純粋に一緒にやりたかったのかもしれない。でも、追放された身の私を気にして言えずにいて……。それで、自分の境遇を自分から暴露して、私を安心させたかった。


 ありがとう、エラさん。


「そうなら、もったいぶらずに言ってくださいよ。エラさんも弓使いだって知ってたら、私もやりたいって言ってたと思うので」

「なーんだ、そうだったか」


 ちょっと強がっちゃったけど、嫌そうには思ってなさそうだし、よかった。


「今からやるんですか?」

「今からだ。店は午後からやることにする」

「分かりました、さっそくやりましょう…………あ、そうだった」


 一週間、ずっと使っておらず視界にも入れていなかった私の弓。寝かしてあるので保存状態は悪い。しかも、父に荷物ごと投げられて妙な音を立てていたのだ。


「私の弓、もしかしたら壊れちゃってるかもしれないんですけど……」

「それなら直してもらうか、買うかすればいい。大丈夫、あたしもついていく」


 エラは矢が入った大きな筒を抱えると、私は察してドアを開けに小走りした。






「クリスタル、冒険者が使う弓ってどういう感じなんだ?」

「えぇっと……大したものじゃありませんけど」


 苦笑いしながら、私は弓が入っている袋を開けた。袋の口のそばに、二はりの弓の先が見える。私の長弓と短弓だ。

 長弓の方を取り出す。


「…………あ、やっぱり」


 真ん中より少し端寄りのところが、折れて切り口がギザギザになっていた。


「こ、これは……」


 驚いているのか、エラは口をあまり動かさずに言葉を発する。


「こっちは……」


 もう一つの短弓の方を、そっと取り出した。引く感覚からもう分かっていた。折れていた。

 どちらも折れている弓は、つるでつながれただけの木の棒と化している。


「なぜ二本とも……、どちらかが折れることはたまに聞くが」

「私のせいです。私のせいで、大事な道具をこんな目にわせてしまったんです」


 しゃがみこんでいる私の足が、無意識にブルブルと震えている。


「父に『こんなヤツはいらない。お前を追放する』と言われた時、持っていた荷物を思いっきり投げ飛ばされたんです。壁にぶつかって、折れたような音がしたので、怖くて中は見れてませんでしたが……」


 出てきそうになる悔し涙をこらえて、「本当に、申し訳ない」とつぶやいたその時、エラは大袈裟おおげさにため息をついた。


「あんたの父親は、本当に弓使いなのか」

「え、そうですよ。父は元冒険者で、弓で大活躍し――」

「こんなことをしておいて?」


 おもむろに二本の弦をつかみ、上に引き上げるエラ。『木の棒』がぶつかり合って、コンコンと音を立てる。

 そっか、そういうことか。


「道具も大事にできないんじゃ、いくら実力があっても弓使いを名乗る資格はない。人様のものなら壊していい、そんな訳がないだろう」


 エラの表情は、ここ一週間で一番険しいものとなっている。


「道具は体の一部だ。痛めつけていいところなど、どこにもない」


 その言葉には、弓に対するエラの想いが合わさっているような気がした。料理人ではなく、弓使いとしての想いが。


「そのとおりですよね。でも私が――」

「クリスタル」


 否定の言葉を言おうとしたとたん、遮られてしまう。


「あんたは絶対に、道具を痛めつけるようなことはしないよな」

「もちろん」

「道具は体の一部であり、相棒だ。たとえうまくいかないことがあっても、道具に当たることはないよな」

「はい。今までも、これからも、そんなことはしません」


 エラの赤ワイン色の瞳が、まっすぐに向けられてから数秒後、険しかった顔がニンマリとした笑みに変わった。


「よし、新しい弓を買ってやる。ついてこい」

「へっ!? い、いいんですか!」


 まさか、エラさんが自分から「買ってあげる」っていうなんて……! さっきエラさんが言ってた「直してもらうか買うかすればいい」って、ついてきてくれるだけじゃなくて、お金も出すよっていう意味だったのかな?


「いいと言ったらいいんだ。ついでにすり減ってるタブも買ってやろう」

「ありがとうございます!!」


 下手な弓を幾度となく引き、その摩擦に耐えてきた指のプロテクターであるタブ。

 替え時はとっくに過ぎていたが、「弓使いとしての仕事をしないから」という理由で、換金したお金はほんの少ししかもらえなかった。買い替えに回すお金は全くなかった。


 私は今度は驚きと興奮で、手が細かく震えてしまっていたのだった。

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