12:「弓ってこんなに楽しいんだ」

 私たちは、一旦サヴァルモンテ亭に弓道具一式を取りに帰った。その後、エラの案内でさっきとは反対方向に歩いていき、大きな土地を持つ施設のようなところに着いた。


「ここがあたしがいつも練習してるところだよ」


 入口にかかっている看板を見てピンときた。知っている。ここはアーチャー家のライバルの家が経営している練習場だ。来たことはないが。

 私は初めて聞いた名前のように装う。


「本格的なところですね」

「ここはあたしが初心者のころから教えてもらったところなんだ。お気に入りさ」


 そっか、エラさんが弓を始めた場所か……。

 それならなおさら「実はアーチャー家のライバルのお家で……」なんて言えない。


 入口を入って左側に小窓があり、小窓の向こうには女性が一人、お金の整理をしていた。


「はい、二人分一時間」

「銀貨二枚ですね、はいどうぞ」


 またもお金を出してもらうことになってしまうので、私が言おうとすると「うちで働いてもらってる以上はあたしが出すから」と言われてしまった。


「は、はい。ありがとうございます」


 ここはお言葉に甘えるしかない。


 この練習場は、この家の人が住むところと道具がしまってある倉庫以外は、かなり広い庭となっている。ここから少し奥に進んだところに、庭に続くドアがある。


 庭は冒険者ギルドの練習場並みに広い。


「クリスタル、あそこに荷物を置くぞ」


 一番奥の的が空いていたので、そこを二人で使うことにした。

 芝生の地面に荷物を置くと、胸と腕の防具をつけ、さっき弓と一緒に買ってもらったタブ(指用の防具)を指にはめる。


 私と同じくらいのタイミングで腰に矢入れをつけ終わり、準備ができたようだ。


「先どちらからやります?」

「ちょっと待て。素引きさせてくれ」

「あ、私も」


 早くこの新しい弓で打ちたくて、すっかりウォーミングアップを忘れていた。これはしっかりやらねば。


 慣らしが終わると、もう一度「先どちらからやります?」と尋ねる。


「あたしからでいい?」

「はい、お先にどうぞ」


 私は後ろに下がって、エラからある程度の距離をとる。


 いつも見ているエラと今のエラは雰囲気が違う。

 料理人としてのエラもかっこいいが、弓使いとしてのエラはよりかっこいい。しゃんと伸びた背中、的をとらえる真剣な目。元からたたずまいに品のあるエラだが、弓を握ることでより強調されているように見えた。


 ヒュンッ


 矢が放たれた。わずかに上方向に飛んでいくが誤差程度である。エラの矢は的の上の方に刺さる。


「おぉ、うまい」


 思わず口から言葉が漏れ出てしまった。


「一発目から好調だな」


 的に当てることができたエラは、見るからにうれしそうであった。笑顔で「はい、次」と私の肩をたたく。


 私はエラが立っていた場所に立ち、的の高さと大きさを確認する。

 冒険者ギルドの練習場よりはちょっと低くて、的は大きめかもね。


 その間に、私は多くの視線に気づいた。ハッと視線を感じる方に目を向けると、どうやら私の弓が気になるようだ。

 それもそのはず。ここまで黒っぽい弓を持っている人は、少なくともこの場では私しかいない。


「なに、あの子が持ってる弓?」

「こんな弓があるんだな、初めて見た」

「見るからに重そうなのを、あんな女の子がやるって。できるのか?」


 見た目じゃ私には不恰好ぶかっこうな弓だってことは、私が一番分かってる。でも、打ってみれば分かる。


「よし」


 矢を沿わせ、弓を引く。ねらいを定めている間に左肩が上がっていることに気づき、慌てて引っこめる。


 ピュンッ!


 さっきと変わらず、矢は猛スピードでまっすぐに飛んでいく。


「速っ」


 見物人がそんなようなことを言っているうちに、私の矢は的の真ん中よりわずか左の位置に命中していた。


「「「おおぉっ!」」」


 なんと拍手が巻き起こったのだ。

 ほぼ真ん中に刺さったことに安心したとたん、大勢に拍手されたことが久しぶりすぎて恥ずかしくなってきた。


「あっ、あ、ありがとうございます」


 顔も赤くなっていた。恥ずかしさが通りすぎると今度は涙腺が刺激される。


 これまで褒められたことは、武術大会の長距離部門で優勝したときくらいしかなかった。あのときは、まぐれで優勝できたと思っていたのと父の存在があるため、素直に喜べなかった。

 しかし、今は素直に嬉しい。自分で選んだ弓で、自分が今まで苦しい練習をしてきた力で、このように命中させることができたのだ。


「さすがクリスタル……あたしも負けないよ!」


 私が注目されたことで、エラの競争心に火がついた。


「私も、下手ながら負けたくはないですので」

「そうか……次は真ん中に当てる」


 的を指さしたエラは、肩幅に足を開いて用意を始めた。





 このあと、私たちはそれぞれ矢を四本放ち、私が五本目を打ったところで対決は終わった。終わってすぐの感想は、ただ久しぶりに楽しかった。


 エラは一本外しの四本的中で、一本命中。私は五本とも的中で、二本命中。


「一本外した時点であたしの負けだ。さすがクリスタル」

「いえいえ、エラさんも本当に惜しかったですし、私くらいの年数なら、本来は四本は命中させなきゃいけないので」

「それマジで言ってんのか?」

「私の家では、ですけど」

「さすがは名門家……次元が違う」


 お互いを褒めあうなんて、私は初めての経験だった。私が下手すぎて褒めあえるほどの人がいなかったからである。

 弓でこんなに嬉しく幸せになれたのも初めてだった。だから楽しい。


「なんか色々……エラさん、私にまた弓を握らせてくれてありがとうございました」

「いいんだよ。私が一緒にクリスタルとやりたかっただけだ。そんな感謝されるようなもんじゃない。こちらこそ、付き合ってくれてありがとな」


 エラは、さっき的に命中させた時のような笑顔で、私の頭をくしゃくしゃとなでた。

 弓ってホントはこんなに楽しいものなんだ。今まで知らなかったのがうそのように思えてくるくらい。


 元からできないが、ますますエラには頭が上がらなくなってしまった。

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