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 踏ん張る力を失っているイジバは、そのまま穴の底目掛け転げ落ちた。

 しかし、穴はあまりにも浅く、打撲で気を失う事は無く、尖った岩の痛みや、底に溜まった海水、繫茂しきった海藻の不愉快な感触がもはや転がる事しか出来ない彼を包む。


「このクサレアマァ!何しやがる?何のつもりだ!早くここから出せ!承知しねぇぞコラァ!」


 元気に吠えまくり、芋虫の様に転がり回るイジバを穴の縁から冷ややかに眺めアゲハは。


「満潮に成ってもそこなら水位はあんまり上がらないから溺れる事とは無いわ。安心して、でも・・・・・・」


 イジバの顔の横に、何か黒いぬめり気のある長いものが寄り添って来た。

 ウナギだ。子供の腕の太さ程は有ろうかと言う大物。

 他にも小さな赤い生き物が岩の間や穴から大量に染み出すように姿を見せる。

 カニだった。

 ウナギはやがて数を増し、彼の周りをのたのたとのたうち回る。カニはカニで次々と彼の体に飛び移り這いまわる。


「な、なんだこりゃ!おい、なんなんだよ!おい!」


 半ば悲鳴に近い声にアゲハは応じる。


「なにって、カニとウナギよ。ねぇ、知ってるかしら?カニは雑食だしウナギは肉食なのよ。死んだり弱ったりした魚や海獣類を骨に成るまで綺麗に掃除してくれる海のお掃除屋さんなの。私のお母様を襲うような薄汚いヤクザ者は、綺麗にお掃除してもらった方が良いわ、でないと常世には行けないでしょ?」


 自分を明らかに餌として認識しているカニやウナギに囲まれ、海水に浸された岩礁の浅い海蝕洞かいしょくどうの底から、イジバは自分を見下ろす女の顔を見た。

 秀でた額の愛らしい童顔なのだが、その表情は鉄仮面の様に冷たく、大きな目の中の瞳はひたすら鉛の輝きだ。

 今まで、様々な凶状持ちの顔を見て来た彼だが、こんな物は見たことは無い。これは、特一級の『人殺しの顔』だ。

 イジバは火が付いたように叫んだ。


「た、助けてくれ!許してやる!金をガメたことも組員を弾いたことも、全部全部許したやるからここから出してくれぇ!」


 そのあと、甲高い悲鳴を上げる。

 打ち抜かれた両膝の射入穴や射出穴にカニが入り込み、肉をついばみ始めたのだ。

 そして貪婪な目つきをしたウナギが一匹、彼の胸元に這い上がりのそのそと顔めがけて前進してくる。

 次に出てきた言葉はもはや面子も誇りも捨てた懇願だった。


「助けて!お願いです!助けて下さい!こんな死に方嫌だ!何でもします!言う事は何でも聞きます!ですから、どうか、どうか助けて下さいぃ!」


 不意に声が聞こえなくなり、押し殺したようなうめき声しか穴の底から上がって来なくなる。

 胸元のウナギが叫びをあげる口に飛び込み舌か喉の奥に噛みついたのだろう。

 その後聞こえて来たのは海水を跳ね上げる音と、長い長いうめき声。


「あらら、ケツの穴にまで入って言ったぞ、目ん玉はカニが持ってった。あ~あ、当分ウナギとカニは食えないなぁ~」


 とこぼすダチュレ。

 ホランイは。


「今までこの野郎がして来たこと、これからやろうとしてきた事から比べれば、こんなくたばり方、まだちょいと温いって気はするがね」


 声が聞こえなくなった穴の縁から立ち去るアゲハの肩に、ユロイスは優しく手を置き。


「お気は済みましたか?船長」


 と、なぜか憐れみを含んだ笑顔を浮かべ彼女に訊ねる。

 アゲハは、その顔をなるべく見ない様に彼の足元だけを見つめて。


「区切りは付いたわ、ありがとう副長」


 そう答え、一瞬黙った後、はっと顔を上げ、沈みゆく夕陽の主を輝く瞳に映しつつ、号令を発した。


「さぁ!アゲハ空賊団団員諸君!とっとと空賊島に戻るわよ!今日は軍艦鳥亭で飲めや食えやの大宴会よ!当然、支払いはアタシ持ち!出発ヨーイ!」

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