36

 磯臭い風に吹かれながら、アゲハはごつごつした岩礁の中でも比較的尻が痛くない様な手ごろな岩を見つけて腰を掛け、目の前に転がした男が目覚めるのを待っていた。

 軍艦鳥亭を襲撃し、エナハに返り討ちに遭ったイジバだ。

 洒落たスーツや高そうな革靴はとうに脱がされ、仲間と自分の鼻血がしみ込んで赤く染まった下着姿にされ、とげとげしい岩礁の上に両手を後ろ手に縛られている。

 アゲハの傍らにはユロイスとホランイ、そしてダチュレ。他の仲間は沖に留めてあるアゲハ号に待機させている。

 これから起きる事にあまり仲間を関わらせたくない。そんなアゲハの気持ちから待ってもらっている。


「まだ起きないのか?このヤクザ。なぁ船長。あがは腹が減ったぞ」


 しゃがんでウロウロ逃げ回る小さなカニを苛めながらダチュレが駄々をこねると、ホランイがバケツに海水を汲んで来て。  


「ほんじゃ、こうしてやるかい」


 と、おもむろにぶっ掛けた。

 咳き込み転げまわりつつ目を覚ますイジバ。

 いきなり目に飛び込んできた荒々しい岩ばかりの地面と、白波を上げる海、種に染まりつつある空という、今まで居た空間とあまりにも違う景色に動揺し。


「こ、ここは、どこだ!」


 アゲハは立ち上がり、彼の傍までやって来ると相変わらずの鉛色の目で見降ろしつつ。


「某国沿岸の岩礁地帯よ。一番近い陸地から10キロは離れているわ」

「何のつもりだこのアマァ!この縄を早く解きやがれ!ただじゃ済ませねぇぞ!」


 そう吠えた来る彼の鳩尾に長靴のつま先を叩き込む。

 呻きと反吐を吐く相手に向かい。


「野良犬みたいにキャンキャン吠えないの、さぁ、立ちなさい。縛られてても立てるでしょ?」

「ダメなら手伝ってやろうか?なぁなぁ」


 アゲハに被せるようにダチュレがなぜか嬉しそうにはやし立てる。

 身を悶えさせ、何度か転がりながらも立ち上がるとイジバは息も絶え絶えに。


「おい、このアマァ、今すぐに縄を解いて俺を陸に届けろ!さぁ!早く縄を解け!この売女!アバズレ!」


 小さなため息を一つつき、アゲハは。


「なに人様に命令してるの?ねぇ、イジバさん。あなた。取り返しのつか居ないことをしちゃったのよ?理解してる?」

「な、何の話だ」

「アタシが憎いなら、あたしに向かって来るべきでしょ?見つからなかった地の果てまで探し出して、アタシのタマを取りに行くのがスジでしょ?でもあなたはお母様に手を出そうとした。よりによって、お母様に・・・・・・」


 イジバは何とか自身に余裕を持たせようと、口元を歪ませ。


「敵の弱い所を突くのが喧嘩の常道って奴だろうが?ええお嬢ちゃん?そうしたまでよ。てめぇのお袋を拉致って、ニ三十人で輪姦まわした後にでも耳か目玉か送り付けてやろうと思ってたのさ。これがうちら紅龍会の面にクソ塗りたくった奴に相応しいお灸って奴てな。今回は何とかなったかもしれぇがこれからはそうは行かねぇぞ、何度でも何度でもテメェの身内を狙い続ける。空賊だか何だか知らねぇが、お前らに逃げ場所はねぇ」


 さかさまにしていたバケツの上に座っていたホランイがつぶやく。


「まったく、口の良く回る野郎だ、船長。ボチボチシメましょうや、陽が落ちちまいますぜ」

「そうね。ダチュレも言うようにお腹もすいたしね」


 そう言って、イジバの元に詰め寄ると、その胸を指先で何度も小突いて後退させる。

 両手が塞がれて抗えない彼は、唯々突かれるがままになり、後ずさりするほかない。


「おい、やめろ!何のつもりだ!」


 そう言いつつ後ろを振り返ると、人の背丈ほどの直径と深さを持つ大きな穴が開いている。


「おい!やめろ!落ちるだろうが!おい!」


 アゲハは不意に手を停めると、おもむろに両脇のホスルターから2丁のユスノフ00式を引き抜くと、瞬く間にイジバの両膝を打ち抜いた。

 悲鳴を上げる彼の胸のあたりに、今度は股丈長靴の靴底を叩き込む。

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