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 部品取り用のエンジンの残骸や、空の気嚢タンク、操縦系統のユニットなどのガラクタの間を抜け、工具を抱え走り回る職工を何人も交わし、薄暗いドックを出ると不意に頭上から陽光、阿足元から雲や海面からの照り返しに曝され、船の修理のため残ったバシリス、エウジーミルを除くアゲハら一行は眩しさに思わず目を細める。

 見上げると重量感のある無数の鋼鉄の構造物が青黒い空と巻雲を背景にのしかかる様に立ち並び、視線を下に向けると金網張りの足場板で組まれた回廊が幾重も張り巡らされ、さらにその下からは綿菓子の様な積雲と真っ青な赤道洋が覗く。

 高い場所が苦手な人間なら一歩もそこを動くことが出来ない様な空間だが、そんな場所に張り巡らされた回廊の上を飛行帽を載せ革のジャケットやコートを緩く羽織り、腰には拳銃やナイフを下げた如何にも堅気では無い風情の男共が、肩で風切り、あるいは酔いのまわった千鳥足で闊歩し、下から吹き上げる風にスカートの裾が煽られ無いか心配になるような、ひらひらした艶やかな衣装の粋筋のお姉さんがしゃなりしゃなりと歩みを進め、おもちゃの銃や剣をかざした子供たちが歓声を上げて走り回り、その子らの親が買い物かごを下げてその後を追う。

 アゲハ号の全長の優に二倍はあろうかと思われる浮素ガスのタンクの横を通り、武器商人が集まる区画と飛行船の電装品を商う区画を通り抜け、幾重にも積み重ねた鉄骨や足場材で出来た空間にトタン板や船の廃材で組まれた屋台や小屋が立ち並び、無数の買い物客でごった返し物売りが大声で口上まくしたてる一角を通過すると、空賊たちが獲物の船から奪った品々を買い取る故買屋が集中する区画にたどり着く。

 そこにある一個の構造物に入ると、多少使うのに勇気が必要な昇降機に乗り込み下の階へ。

 目的の階層にで降りると、中から男共の怒声や懇願する声が聞こえるドアを何枚か通り過ぎ、突き当りの部屋に着くと、その戸口に突き出た伝声管に向かいアゲハは。


「アタシです」


 すると中から


「どうぞ」との艶のある落ち着いた女性の声が。

 対物小銃でも貫けなさそうな分厚い鋼鉄の扉を二枚も開くと、胸が空くような香の香りが満たされた室内に、まほらまの屏風やシンの掛け軸、ハンの螺鈿の箪笥などの如何にも高価な書画骨董が整然と並べられ、その只中に置かれたシン風の紫檀製のテーブルに一人の夫人がついていた。

 均整の取れた体に淡藤色の生地に牟ごとに咲き乱れる藤の花をあしらった正絹の着物を纏い、豊かな髪を大きく結い上げ、秀でた額の下の広い瞳を持つ大きな双眸で一同を眺めると。実に穏やかに、実に鷹揚に。


「お話は聞いたわ、大変目に遭いに有ったのね、兎も角、無事で何より」

「全くよ!お母様、アタシの冴に冴えた指揮と気嚢長の科学的知識に基づいた機転が無ければ、とうの昔に一味は赤道洋の海の藻屑よ。ああ、それよりこれよコレ!」


 と、抱えていた箱をテーブルの上に置き、中からコケモモの壺を取り出した。


「命懸けで手に入れたカンジュ文明の秘宝中の秘宝コケモモの壺!副長が偽物だって言うから、お母様に鑑定をお願いしたいの」

「今まで何個かは扱ったことはあるけど、これほど大きなカンジュ文明の陶器は初めてだわ。こんな見事な作品を鑑定させてもらえるなんて光栄の極みね、では早速」


 そうして小柴色の帯から取り出した、漆塗りの枠を持つ天眼鏡で壺を観察し始めた。

 アマツ・ノ・エナハ、アゲハの母にして空賊相手に書画骨董美術工芸品専門の故買屋と居酒屋、宿屋を営む女実業家だ。

 天眼鏡での観察に10分、実際に品物に触れ感触や重さを確かめる事5分、最後に一歩離れ作品全体の景色を眺める事5分。合計20分を掛けた後、エナハはまるでため息の様な声で。


「見事だわ・・・・・・」


 アゲハは拳を固めて胸の前で一振りしたあと、背後のユロイスに向かって小鼻を広げ勝ち誇った笑みを見せつける。

 当の彼は肩眉をヒョイと上げ不思議そうにエナハを見る。

 そして、エハナは続けた。


「本当に見事な出来栄えの、贋作がんさくよ」


 本気でアゲハはこけた。と、言うより腰が抜けた。

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