16

 足が沈み込みそうなエスタンシャ絨毯のお陰で尾骶骨を打つことが無かったのが幸いだ。

 ショックでアワアワ言うだけのアゲハに代わりユロイスは。


「やはり贋作でしたか、奥様」

「ええ、極めて精巧にカンジュ陶器の製法を模してある贋作ですわ。土に釉薬ゆうやく、おそらく焼き上げる温度や釜の構造まで徹底的に再現したのでしょうね。私でも初見では本物と思いそうになりましたもの」

「で、では、お、お母様。どうして贋作って言えるの?」


 まだ立てず床に尻餅をついたままでアゲハ。

 エハナは壺を取り、彼女の目の前に置くと。


「よくご覧なさいアゲハ、このコケモモの実を」


 と、アゲハに天眼鏡を手渡す。

 多少落ち着きを取り戻したのか彼女は天眼鏡を受け取ると、壺一面に描かれた緑の小さい葉の中に着いた愛らしい実を拡大して覗く。


「綺麗な赤色でしょ?」

「ハイ、珊瑚玉みたいです」

「でもね、カンジュ文明が栄えていた当時、南方大陸内陸部の中央大山脈北嶺地方で自生してたコケモモの実には、立てに筋が入っていたの。遺跡から出土した炭化したコケモモの実からそのことは確認されているわ。そして、その種はカンジュ文明が滅亡した原因の一つと考えられている火山活動を原因とする気候変動で絶滅した。いまカンジュ地方で自生しているコケモモは、北方人種が持ち込んだ外来種なの。つまり、筋の無いコケモモが描かれたこの壺が作られたのはカンジュ文明滅亡後と言う事よ」

「ナルホド、贋作者は作品に現実味を出す為にわざわざ現地まで赴いて写生したのは良いけど、山や川は当時と一緒でも生えてるコケモモは違ってたって訳ですか!こりゃ、一本取られましたね、せんちょー」


 と、どこか愉快気に話を纏めるレイ。

 その様が頭に来たのかアゲハは座ったままの姿勢で彼の向う脛を股丈の編み上げ長靴の靴底で思い切り蹴り上げる。

 踏み抜き防止の鉄板が入った靴底の一撃は、レイに声に成らない悲鳴を上げさせるには充部過ぎた。

 左脛を抑えて飛び回るレイを無視し、なんとかテーブルの角に手をついて立ち上がったアゲハは茫然自失の態で。


「アタシ、騙されたの?」

「あなたが買ったわけじゃ無いのだから、まぁ、そこまでがっかりする事は無いんじゃないかしら?」


 そうアッケラカンと言うエナハに言い返そうと口を開くアゲハだが、動揺が過ぎて言葉が出ない。

 代わりにユロイス。


「いいえ、そうでもありません奥様。この壺を奪うためにアゲハ号は相当な損害を被りました。修理費用は相当な額になるかと」


 腕組みし、人差し指を顎にちょんとあて、しばらく視線を天井に向け考え事をしていたエナハだったが、不意に視線を魂が抜けたアゲハに移し。


「うん、ここは一つ世の中の厳しさを学べたと思って吹っ切るしかないんじゃないかしら?ねぇアゲハ、やけ酒を召し上がりたいんなら、私のお店にいらっしゃい、お酒は最初の一杯、お料理も一品だけならご馳走させてもらうわ」

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