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「しかし、いつ見ても物凄い眺めじゃのぉ」 


 バシリスがため息のようにつぶやくとエウジーミルも。


「確かに。浮素工学の専門家である私が見ても、あの強大な鉄の塊が浮いている様は、かなり尖った前衛絵画にしか思えませんな」


 硝子の何枚かが木の板に置き換わったアゲハ号の船橋の窓から、徐々に近づくそれを眺めなつつ、古参の乗員2人がそう評する。

 2人の視線が捕らえているのは、青い空に浮かぶ巨大な鉄の塊。

 6隻の300メートル級の飛行船を六角形の形に繋ぎ、その中の空間に浮素ガスを詰め込んだ巨大なタンクや、大都会にそびえ立つビルディングに勝るとも劣らない大きさの鉄の箱を何十個と詰め込み、鉄骨や鋼鉄の足場材などでつないででっち上げた宙に浮く巨大構造物。

 長年の風雨に曝され表面は酸化し錆付き、黒や赤のまだら模様に彩られ、その上から住民が植えた木々や蔦、勝手に生えた草やコケの緑が所々を覆い、給排水や空調の配管やホースが突き出し垂れ下がり、その周囲を飛行船や長旅の途中の休憩地に利用している渡り鳥達が飛び回る。

 構造物の下部から時々排出されるいくつもの水の柱は、生活や産業活動で出され、ろ過や蒸留で浄化しきれなかった汚水だ。それらはやがて霧状になり雲に紛れて消えてゆく。

 どこかのスラム街が丸ごと切り取られ空を飛んでいるようにしか見えない天空の街。

 これこそが『空賊島』だ。


「空賊島管制から入港の許可。それから21番ドックが開いてるんでそこに入れって指示です」


 レイが管制塔からの指示を伝えるとアゲハはユロイスに。


「前進微速、方位フターナナーマル」

「前進微速。ヨーソロー」

「方位フターナナーマル。ヨーソロー」


 バシリスとユロイスの復唱と共にアゲハ号は空賊島の左側に回り込む。

 島の沿岸部を形成するかつて飛行船だった物のうち5隻の船体部分には、鋼鉄製の四角柱の構造物が横倒しに置かれており、その中に標準的な空賊船である円盤型の小型飛行船、通称『小銭船』が島全体で60隻の係留が可能になっている。

 その内の24隻分がドックとして利用されており、流星に散々にやられたアゲハ号はそこで修理を受ける予定に成っていた。

 目的の21番ドックに接近すると、中から係留索が二本、後進最微速で進入してくるアゲハ号に向けて放たれる。

 あらかじめ左右の船体上部甲板で待機していたリシバとトァムが杭にもやうと、2人は船橋に合図を送った。

 開け放たれた船橋の窓からそれを見たアゲハは。


「機関停止、気嚢内滞空値」


 その指示でエンジンは停止し気嚢内部の浮素ガスの濃度は同じ高度を保つ値に保持される。

 アゲハ号が完全に停止すると、アゲハは船橋からリジバに合図を返し、それを受けた彼はドックに向かって大声で。


「巻き上げろ!」

 

 声と共にドック側に据えられたウインチが係留索を巻き取り内部にアゲハ号を引き込んでゆく。

 完全に船体が内部に入ると補助の係留索が投げ渡され、続いて船外に出て来たホランイとダチュレが杭に舫う。

 アゲハ号の固定が済むなり角や尻尾を生やした作業着姿の若者を引き連れ、油汚れで元の色が解らなくなった帝国空軍軍服に革のフライトジャケットを羽織った、小鬼を思わせる風体の老人が現れた。

 そして、右舷船体上部甲板に出て来たバシリスを認めるなり。


「こいつは派手にやられたな!ええ!満身創痍、ズタボロのボロンチンじゃぁねぇか!」

「おうさ!あの流星追いかけまわされたかのぉ!まぁ、これで済んだでまだマシじゃわい!」

 

 続いてユロイスやエウジーミル、レイやチャタリを連れあのコケモモの壺入りの箱を大事そうに抱えたアゲハが姿を現す。

 小鬼風老人を見つけるなり彼女は。


「チャナイ爺さん!修理!お手頃価格でお願いね!」


 しかめ面でチャナイは船体に近づくと、2メートルはあるデッキと甲板の間を軽々と飛び越え、上部甲板に降り立つ。

 流星の砲撃で空いた穴の辺りまで来ると、傷だらけ油じみだらけの安全靴のつま先で仮補修の個所を突きながら。


「お手頃価格だぁ?冗談言っちゃいけねぇゼお嬢ちゃん。この穴ぼこだけで相当な手間が掛からぁな、その他の修理箇所入れりゃお前さん方が一回悪さして稼く額なんて軽く超えちまうぜ」

「そこを何とか!可愛くて美人なアタシに免じて、ネ」


 少々ぎこちないシナを作って媚びを売ってみるが、当のチャナイは。


「ネンネのお嬢ちゃんには興味はねぇよ!それにしても、なんてぇ荒っぽい船の使いただぁ?エエ!オメェの親父さんがこの船見たら泣いちまうぞぉ!」


 不意にアゲハの顔に不機嫌の色が差し、くるりと踵を返してチャナイから離れると自分の背中越しに。


「これは今は私の船よ!あの人はもう関係ないわ!兎も角直して頂戴!」


 そう尖った口調で言い放つと空賊島側のデッキに飛び乗る。

 さっさと歩いて行く彼女の背中を茫然と眺めるほかないアゲハ号の乗員達。

 豹変ぶりにあっけにとられたチャナイは。


「親父さんを持ちだしたのが、不味かったか?」

「ま、気に病んどるのは確かじゃろうのぉ、気丈には振る舞っとるがの」


 そう答えてバシリスはチャナイの肩を軽くたたいた。

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