気密扉が押し上げられ、垂らされたロープを伝い先にダチュレがアゲハ号から白鷺丸の左舷船体上部甲板に降り立つ。

 手近な手すりにロープを固定し、仲間が降りてくるのを確認すると、ハーネスから伸びたスリングをロープから甲板に取り付けられた点検用手すりに素早く付け替え白鷺丸の中央檣楼へ向かう。

 横殴りの風に抗いつつ素早い足取りで白鷺丸の気密扉へ向かう彼女の姿は、正にネコ科の猛獣そのものだ。

 その後をホランイ、ユロイス、レイ、アゲハと続く。

 風に飛ばされない様にスリングを手すりにつなぎながら前進し、まずホランイがドアノブを握り気密扉を開けようとするが、ビクともしない。

 ユロイスが肩に下げた雑嚢から漏斗状の器具をホランイに渡すと、彼はそれをドアノブ上に押しあてる。

 鋼鉄製の気密扉に磁力で張り付いたそれの、尾部にあるピンに指をかけホランイは叫んだ。


「爆破!安全姿勢!」


 ピンを引き抜くと同時に全員が口を開け耳を塞いで身を屈ませる。

 ややあってくぐもった爆音が鳴り響き、ドアノブの上に丸い大きな穴が開いた。

 空賊が『合鍵』とよぶ錠前破壊用の吸着爆弾だ。

 内部に突入に手筈通りアゲハ、ユロイス、レイは船橋、ホランイ、ダチュレは特等船室に走る。

 高級木材や金糸銀糸を織り込んだ壁紙を、これでもかとふんだんに使った豪奢な内装は、アキツ帝国最大の船会社『帝国航空郵船』が誇る豪華客船に相応しいものだ。

 完全武装の空賊の乱入に成す術も無しといった具合の、尻尾や角を生やした船員を全く無視し、アゲハは二人を率い船橋に突入する。

 舵を握る総舵手以外の全員が両手を上げ、無抵抗の意思を示す。

 空色の仕立ての良さそうなダブルのコートを身に着けた初老の男を素早く認めたアゲハは、彼の袖章で船長だと確認すると。


「船長さん、船内に全体放送できる設備はどれかしら?」


 と、ユスノフ00式を突きつけつつ尋ねる。

 キッチリ油で固めた鬚の口元を、いかにも不愉快と言った風に歪め、それでも鷹揚に。


「君の真後ろだよお嬢さん、受話器を取り上列の一番左のボタンを押せば、客室から機関室まで君の声を聞かせる事が出来る。喋る前に放送機右横のチャイムボタンを押すと良い」

「ありがとう船長さん、ご協力、感謝いたしますわ」


 そして受話器を取り、教えられたボタン類を押す。

 まず全船内にチャイムの音が鳴り響き、次にアゲハののびやかな声が流れる。


「乗客並びに船員の皆様、当船はたった今、私共アゲハ空賊団の制御下に入りました。つきまして皆様に置かれましては、私共の指示に従っていただきたく存じます。その限りに置きましては、皆様の身の安全は保障いたしますので、何卒ご協力のほど、よろしくお願いいたします。また、ただいまより私の配下が船室にお伺いしたしますので、何がしかの金品をば頂戴頂きたく存じます。それが皆様方の身の安全を保障する対価とご認識頂ければ幸いです。なお、当方、乗客並びに船員の皆様方の身柄貞操には一切興味は御座いませんのでご安心ください。以上」


 これと同じ内容のセリフを、今度は西方世界で多く使われている言語、ファリクス語で繰り返す。

 受話器を置き、放送機の電源を落とすとアゲハはユロイスに囁く。


「それじゃアタシは『お宝』をもらい受けに行って来るね。ここは頼んだわよ」

 

 身をひるがえし船橋を出ようとする彼女に船長が声を掛けた。


「アゲハ空賊団の団長は、妙齢の美女だとは聞いていたが、本当だったとはね」

 

 立ち止まり、船長に向き直りアゲハは。


「有難うございます。船長さん」

「先ほどの口上の物言い、それに見事なファリクス語の発音から察するに、良家のご息女とも思えるが、何故無頼の徒の頭目などを成されているのかな?」


 一瞬、小首をかしげて見せ、そのあと少し悪戯っぽい笑みを浮かべて彼女は応えた。


「娼妓と悪党に身の上話をしろと言うのは野暮と言う物ですよ、船長さん、ま、強いて言うなら家業を継いだとでも申しておきましょう。それでは失礼」


 と、踵を返して船橋を後にした。

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