自信満々といった返事を聞きつつ急角度の窮屈な階段を駆け下り、船員たちの寝室が有る生活臭漂う二階キャビンと、古くなった食材の臭いが染みついた食堂や倉庫がある一階キャビンを駆け抜け、赤色灯の光に満たされたガランとした貨物室に飛び出す。

 そこにはすでに甲板員が完全武装で待っていた。

 一人は機関砲座で白鷺丸の船影を誰よりも早く肉眼でとらえた女。ダチュレだ。

 長く黒いひっつめ髪の額にカモシカ状の角を生やし、尻からは先に黒い房を付けた長い尾を垂らす。

 無駄のないほっそりとした上半身に光沢のある黒い素材の股丈のワンピースを纏い、見事な美脚を黒い革のパンツとレギンスで固め、背中には二本の蛮肩の柄を覗かせ、両肩から革のスリングで大型拳銃大の短機関銃を二丁吊るしている。アキツ帝国製の『20式将校銃』だ。

 彼女はアゲハの姿を認めるなり。ネコ科の猛獣を思わせる大きく鋭い目を細め、いかにも哀れっぽく。


なれよぉ、聞いてくれぇ。25ポルドじゃこの前の博打の借金は返せんよぉ。なぁ、前借さてくれ、頼む!」


 と、頭を下げカモシカ角を突き付けて来る。


「あのねぇ、前借前借で今あんたの給料は一年先まで赤字なの。もうムリ!」

「ええぇ」


 悲嘆にくれるダチュレの横では、革製のフライトジャケットを腹にさらしとハーネスだけを付けた素肌の上に羽織った如何にも『その筋』と言った風情の男が、帝国製の半自動騎兵銃を更にギリギリまでに切り詰めた愛銃に初弾を送り込みつつ。


「ダチュレよぉ、もういい加減腹括りな。借金で借金返すことほど馬鹿な事はねぇ、おめぇほどの器量だ。行くとこ行きゃあっという間に稼げるってもんよ」

「ダメダメ甲板長、ダチュレに接客業なんて無理、ゼッタイ無理、客と喧嘩して半殺しにするだろうから、あっという間にクビよクビ」

「そうだ。あがは『雲霧林の戦鬼』と恐れられた誇り高き戦闘民族ネールワルの女だ。男共に媚びを売るような仕事なぞまっぴらごめんだ」

 

 アゲハとホランイがあきれ返っている所にユロイスと散弾銃をひっさげたレイが貨物室に現れた。


「船長、現在本船は白鷺丸左舷船体上部に滞空中。でいつでも移乗できます」


 とのユロイスの報告を聞いたアゲハは全員を見渡し、赤色灯の明かりを反射した瞳を輝かせその良く通る声で貨物室を振るわすエンジン音を打ち消す。


「それじゃ各自の役割の再確認、副長と無線士は船橋の制圧、甲板長とダチュレは特等船室から一等船室までお客から金品を集める。アタシは一旦船橋に入って、乗員乗客の皆さんにごあいさつした後、特等船室の102号室へお宝を頂戴に上がる。作業所要時間は20分、向こうに乗り込む時はしっかり安全帯を使って転落防止、船内では極力紳士的に振る舞う、ただし抵抗されたら容赦なく制圧、先ずは自分の安全第一。あ、それからダチュレ、略奪品の猫糞は無しよ、お客様から頂戴したものは団員全員で平等に給料として分配するのが我が団の掟だからね。ヨーソロー!」


 ダチュレ以外の気合の入った「ヨーソロー!」と、彼女の気の抜けた「よーそろー」の復唱を聞くと彼女は満足気に笑い。


「では団員諸君、時間合わせ!」


 各自が各々腕時計の秒針を合わせ停止させる。が、ダチュレだけがただ突っ立っている。


「あんた時計は?」


 アゲハが聞くとバツが悪そうに笑いつつ。


「質屋に入れた」


 ため息を吐くアゲハにホランイは苦笑いを隠さず。


「あっしが一緒に居やすんで大丈夫でさ船長」

「では、改めて、1、2、3、今!」

 

 皆の時計が一斉に動き出す。


「では団員諸君、ガッツリ稼ごう!」

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