第十四話 冒険者と王

「何だと? また兵が辞めた?」


 アランドロ男爵家の国外追放からおよそ三週間。

 将軍デュランから報告を受けた王は、苛立たしげに髭を擦った。

 男爵を追放し、スラム街を焼き討ちしてからというもの。

 軍の士気は急速に悪化し、離反者が相次ぐようになっていた。


「この愚か者めが! それを引き留めるのが将軍であるそなたの役目であろうが!」

「申し訳ございません。しかしながら、士気の減衰は深刻です。何か対策を――」

「そなたたちで何とかいたせ。わしの手を煩わせるな」


 そう言うと、王は皿に盛られていた林檎を鷲掴みにした。

 そして乱暴にかじると、残った芯をデュランに向かって投げつける。

 カツンッと軽い音がして、芯が鎧に当たる。

 しかし、デュランは微動だにせず平伏し続ける。

 するとここで、青い顔をした兵士が飛び込んできた。


「騒々しいぞ! 何事だ?」

「た、大変です!! 王宮に武装した男が侵入し、暴れ回っております!」

「男? 一人でか?」

「はい。ですが、恐ろしく腕の立つ男で抑えきれません!」

「何をたわけたことを……んん!?」


 廊下から爆音が響いた。

 玉座の間全体が大きく震えて、扉が吹き飛ばされる。

 やがてその向こうから、大剣を手にした男が姿を現した。

 全身を巌の様に鍛え上げた、鬼を思わせる形相の男。

 彼は取り押さえようとした兵士たちを払い飛ばすと、ためらうことなく王へと突進する。


「王よ!! その首、いただくぞ!!!!」

「ひぎぃ!?」


 男の迫力に気圧され、情けない悲鳴を上げる王。

 とっさに逃げ出そうとするが、腰が抜けてしまい玉座から立ち上がることすらままならない。

 たちまち大剣が王の喉笛を切り裂く――かに思えたが。

 デュランの剣がかろうじてそれを止めた。


「くっ! 将軍デュランか……!」

「そなた、何者だ! なぜ王を切ろうとする!」

「知れたこと! その王は、この俺から最も大切なものを奪ったからだ!!」


 吠えるように叫ぶ男。

 デュランが壁となった頃で安心したのであろうか。

 王はその勢いに押されつつも尋ねる。


「奪った? この王がか?」

「そうだ! お前が街に火を放ったせいで、妹は焼け死んだ! 鎖で繋がれ、逃げることもできずに!」


 男は王の顔を見据えると、深呼吸をした。

 そして唇を噛みしめ、口の端から血を流しながら語り出す。


「妹は奴隷で、スラムの闇市場で売られていた。それを今日、買い戻すはずだったんだ。

 三年間、命がけで稼いできたこの金で!!」


 懐から袋を取り出すと、中身をぶちまける男。

 袋から、その体積に見合わないおびただしい量の金貨があふれ出す。

 周囲の埋め尽くすほどのそれに、その場にいた誰もが息を呑んだ。

 貴族でもほとんど見ないほどの金貨の山である。


「もう、こんな金なんてあっても意味がねえ。あと少し、あと少しだったのによぅ……。

 今の俺にできることは、もはや貴様を殺して仇を取ることのみ!」

「何を……舐めたことを……!!」


 男の告白を聞いた王の顔つきがにわかに変わった。

 彼は思い切り拳を振り下ろすと、怒りのままに叫ぶ。


「我はこの国の王ぞ! 奴隷ごときの仇で殺されてたまるかぁ!!!!」

「こ、こいつ……どこまで……!!」

「デュランよ、さっさと始末せい! これほどの屈辱、初めて受けたわ!」

「しかし……」


 王の命令に、わずかながらためらいを見せるデュラン。

 しかし、王は彼の心情などお構いなしにもう一度告げる。


「さっさとやらんか!! この逆賊を血祭りにせよ、後で晒し首にしてくれるわ!!」

「くぅ……!!」


 デュランは構えを取ると、深く踏み込んだ。

 剣が閃き、宙を裂く。

 その動きたるや、まさしく神速の域。

 男はすぐさま応戦するが、その速さに押されて見る見るうちに形勢が悪化していく。

 男が一度剣を振るう間に、デュランは二度三度と攻撃を放った。


「さすがは瞬影のデュラン!! 多少はやるようだが、敵ではないわ!」

「おのれ……!! デュランよ、なぜあなたほどの男がこのような王に仕えている!!」


 デュランはその問いかけに、何も答えなかった。

 やがて壁際まで追い詰められた男の大剣が、デュランの剣によって弾き飛ばされる。

 勝敗は決した。

 武器を失った男は、最後に懐から紅い小瓶を取り出して言う。


「……この命、誰がくれてやるものか。呪ってやるぞ、王よ!!」

「やめろ、やめんか!!」

「うぐああああっ!!」


 聞きがたいほどの叫びをあげて、血を吐く男。

 床に崩れ落ちた彼は、もう二度と目覚めることはなかった。

 その死をデュランが確認したところで、王は安堵した様子で告げる。


「よくやったぞ、デュランよ。

 しかしバカな男だ、これではわしに金貨を献上しに来たようなものではないか!」


 男のばら撒いた金貨を救い上げ、大笑いする王。

 彼は男の死体に近づくと、その腹を蹴飛ばして言う。


「このごみをさっさと掃除しておけ! せっかくの絨毯に染みがついてしまうわ!」

「は、は!! かしこまりました!」

「そうだな、この金は……。よしデュラン、この金貨を半分やろう! 今日の褒美だ!」


 そう言うと、王は金貨をすくい上げてデュランの前に差し出した。

 するとデュランは、いりませんとたった一言だけ告げる。


「む? そなた、王の褒美を受け取れぬと申すのか?」

「はい」

「王の好意を無にすることが何を意味するのか、わからんわけではあるまいな?

 そなた、将軍ではいられなくなるぞ!!」

「結構。王よ、あなたへの奉公は今日限りで終わりとさせていただきます」


 デュランは王に背を向けると、そのまま歩き去って行ってしまった。

 あとに残された王は、怒りのままに血が出るほどに金貨を握り締める。


「なぜだ……! どいつもこいつも、なぜ王の権威に従わない……!!」


 憤怒を隠そうともせず、歯ぎしりをする王。

 この日をきっかけに、王国の中枢部からも人が離れ始めるのであった。

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王に従えない者は国を出ろと言われたので、領地丸ごと出ていきます! kimimaro @kimimaro

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