第十三話 狼と防壁

「んー! やっぱりヴァイスの乗り心地は最高ね!」


 ヴァイスと名付けた狼の背に乗って、村の見回りをする私。

 この子が村に来てからおよそ二週間。

 初めはその大きさから皆に怖がられていたが、今ではもうすっかりお馴染みだ。

 私が馬の代わりとして乗り回していても、誰も気にも留めない。

 すれ違うと、みんな微笑みを浮かべながら会釈をしてくるほどだ。


「さあ、ヴァイス。このあたりでマーキングして」


 村の境界を示す丸太の柱。

 私が声をかけてやると、ヴァイスはその根元に向かって小便をした。

 ちょっとばかり汚いけれど、効果は絶大。

 村の付近に出現するモンスターの数が、マーキングをしてもらうようになる前と後では明らかに違っていた。

 

「いい子いい子♪ ほれ、ルビーベリーよ」


 森で見つけてきた真っ赤な果実。

 そのブドウにも似た房を鼻先に差し出すと、ヴァイスは満面の笑みを浮かべてかじりついた。

 いかにも肉食動物といった顔をしているこの子だけれど、意外なことに好物は果物であった。

 逆に、肉はしっかり火を通してあげないと口にしない。

 およそ野生の魔物らしからぬグルメっぷりだけど、それだけ賢いということなんだろう。

 口で道具をくわえて、器用に畑を耕したりもできるし。


「にしても、あなたは本当に何の種なのかしらね?」


 困ったことに、ヴァイスの正体は魔物図鑑ではわからなかった。

 博識なお姉さまに尋ねても、よくわからんと言われる始末。

 未だ未発見の種なのか、それともよっぽど珍しい種なのか。

 いずれにしても、希少な存在ではあるようだ。


「おーい、リーファお嬢様ー!!」


 ヴァイスの毛皮に顔をうずめていると、遠くから声が聞こえてきた。

 振り向けば、防壁の周りにいる住民たちが手を上げて私を呼んでいる。


「ちょっとこっちまで来てくださーい! 手伝ってほしいことがありますー!」

「わかったわ、今行く!」

「ヴァイスも一緒に頼みますー!」

「はいはい、ちょっと待っててー!」


 このままヴァイスに乗って、建築途中の防壁へと向かう。

 一週間前から建設の始まった防壁は、すでに仮設の居住区の半分ほどを覆っていた。

 丸太を積み上げただけの粗野な造りではあるけれど、その防御力はなかなかのもの。

 ゴブリンぐらいなら、群れで攻めてきてもまず破られないだろう。


「あなたたち、何のようかしら?」

「はい。実は、防壁の周りに堀を造ろうとしたのですがね。

 ある程度掘ったところで、石だらけの層に当たってしまって……」


 そう言うと、防壁の端の方を見る住民たち。

 その視線の先には長方形をした穴があって、底には小石が大量に転がっている。

 こういう地層って、確か砂礫層とか言うんだっけ。


「掘り抜こうにも、硬くて硬くて。この調子だと完成までに数か月はかかりそうなんです」

「なら、お姉さまに相談したら? 何とかしてくれるでしょ」

「それが、研究所に籠っておられて。呼びかけても反応しないんですよ」

「あー……。そう言えば、あと少しで石の正体がわかるとか一人で盛り上がってたわね」

「そこで、代わりにヴァイスの力を貸していただけないかと」


 そういうことか。

 まぁ、この子の爪なら地面なんて簡単に掘れるだろうからね。

 私は背中からサッと飛び降りると、すぐさまヴァイスに尋ねる。


「穴掘り、してもらえるかしら?」

「バウバウ!!」


 元気よく返事をすると、ヴァイスはすぐに穴の底へと降りて行った。

 そして爪を高々と振り上げると、猛烈な勢いで穴掘りを始める。

 こりゃ、まるでモグラみたいね!

 硬いはずの地層を、まるでプリンか何かのようにずんずん掘り進んでいく。

 しかも、用途を理解しているのか几帳面に四角く掘っていた。


「さっすが、大したもんだわ」

「これならひと月どころか、一日で堀ができますよ!」

「いやぁ、大した犬っころだ!」

「犬じゃなくて狼よ」


 私はそう訂正すると、改めて周囲を見渡した。

 建ち並ぶ小屋、丸太の防壁と物見櫓。

 さらにその向こうには、畑が森を切り取って大きく広がっている。

 領民を全員引き連れてきただけあって、一か月足らずでずいぶん開拓が進んだものだ。

 この調子で行けば、一年ぐらいでちょっとした街ができるかも。


「この堀と防壁が完成すれば、いよいよここも村って感じねー」

「ですねぇ。領を出た時はどうなるかと思いましたが、意外と何とかなるものです」

「これもみんなのおかげよ。私たちだけだったら、今頃大変だったわ」


 もし私たち一家だけで移住していたら、こんなにもうまく行かなかっただろう。

 父さんは戦闘以外のことが全くできないし、お姉さまも研究以外への興味が極端に薄い。

 かくいう私も、天才美少女ではあるけれど欠点は星の数ほどに……。

 うん、私たち一家って意外とダメダメだわ。


「しかし、村の形がしっかりしてくると店の一つも欲しくなりますね」

「お店かー、まだなかったわね」

「大抵のものは村で何とかなりますけど、これとかがね」


 そう言うと、みんなで乾杯のような仕草をする住民たち。

 お酒を買って飲みたいってことらしい。

 まったく、みんな飲んべえなんだから……。

 けど、娯楽なんてまだほとんどない開拓村である。

 お酒ぐらいないと、やってられないってのもわかる。


「侵入者対策が出来たら、近くの町まで行ってみますか」


 それからさらに一週間後。

 村の防備が十分に整ったところで、私たちは近くの町まで出かけるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る