第十二話 モフモフがやってきた!

 剣を構え、険しい顔をするお父様。

 そのただならぬ様子に、住民たちもすぐさま武器を手に集まってきた。

 その場の空気が張り詰め、緊迫感が満ちる。


「旦那様、いったい何が来るんです?」

「わからん。だが、かなり大きな気配だ」

「魔物の親玉が、俺たちの村を潰しに来たんですかねえ?」

「それもわからん……」


 お父様の額から、ぽたりと汗が落ちた。

 こんなに緊張した顔をするお父様を見たのは、いったい何年ぶりだろうか。

 かつて、周辺諸国を荒らしまわった大山賊団。

 それが男爵領に侵入したときでさえ、余裕のある顔をしていたのに。

 私は後ろへ振り返ると、集まった住民たちを手で制する。


「いい? 絶対に余計なことはしちゃ駄目よ?」

「は、はい。お嬢様」

「もし危なくなったらすぐに逃げて。無理は絶対にしないように」


 私がそう言い終わったところで、森の木々が一段と大きく揺れた。

 ドスンドスンッと重い足音が響いてくる。

 参ったわね、こりゃもしかして巨人族でも来るのかしら?

 雲を衝くような大男の姿を想像して、私は嫌な汗をかいた。

 お父様もたいがい化け物だけど、さすがにそんなのが出たら逃げるしかない。


「出た!!!!」


 やがて、木々の合間から何かが姿を現した。

 こいつは……!!


「狼?」


 現れたのは、白い毛並みをした狼であった。

 ただ、大きさがちょっとおかしい。

 お父様が先ほど担いで持ち帰ってきた大イノシシ。

 あれもずいぶんな大きさだったが、この狼はさらにその五倍ぐらいのサイズ感だ。

 大人が何人か、背中の上で寝転がれそうなほどである。


「これは大した化け物だな。だが……」


 そう言って、狼の脇腹を見るお父様。

 そこには大きな傷があり、毛皮が血で濡れていた。

 ――ぽたりぽたり。

 少しずつではあるが、傷口から血が溢れて落ちていく。

 怪我を負ってから、ここまで相当な無理をして歩いてきたのだろう。

 息は荒く、その眼からは生気が失われつつあった。


「旦那様、いったいどうします?」

「うーーむ……。回復すれば、この村に害を為すかもしれん。私がとどめを刺してやろう」


 剣を抜き放ち、狼の首をはねようとするお父様。

 狼も覚悟を決めたのか、吠えることもなく静かに眼を閉じる。

 ちょ、ちょっと待って!!

 私は慌てて前に出ると、両手を広げて狼を庇う。


「ダメ、お父様!」

「何故だ? こいつは間違いなく危険な獣だぞ!」

「大丈夫よ、そんなに凶暴な子には見えないわ」


 殺気だったお父様や住民たちを見ても、どこか悟ったような眼をしていた狼。

 そこらの魔物とは明らかに様子が違っていた。

 怪我が治ったからと言って、暴れ出すようなタイプにはとても見えない。

 私はゆっくりと狼に近づくと、顎の下を軽く撫でてやる。

 すると狼は気持ちよさそうに目を細め、私に頬を寄せてきた。


「ほら、大人しいじゃない」

「だがなぁ……」

「私が責任をもって面倒を見るわ。それに、この子がいればいろいろ役に立つわよ」

「ほほう? それはどういうことだ?」


 はて、と首を傾げるお父様。

 私はだいぶ広くなってきた村の敷地を見渡して告げる。


「ほら、さっきも話してたでしょ。そろそろ村の防衛も考えないといけないって」

「ああ、そうだったな」

「この子がいれば、弱い魔物は村に近づかなくなるわよ。魔物は強い魔物の気配に敏感だから」

「なるほど、それは言えている」


 ある地方では、大きな魔物の剥製を村の守り神として置いておくこともあるという。

 それだけ魔物というのは、自身より強い魔物の縄張りへは入りたがらないのだ。

 この狼の強さは、私の見立てだと間違いなくAランク以上はある。

 いかにここが魔境の近くとはいえ、これ以上強い魔物はそうそう居ないだろう。


「しかし、やはり私としては……」

「お姉さまに、何かいい魔法具でも作ってもらうわ。暴れた時にすぐ鎮圧できるようなやつ」

「……わかった、それならいいだろう」


 渋々ながらも、お父様が折れてくれた。

 よっし、これでこの子を飼うことができるわ!

 私は思い切り狼に抱き着くと、その毛皮に顔をうずめた。

 あー、ふわっふわ!

 それにあんまり獣臭くないどころか、花に似た良い匂いがする。

 この子、相当な綺麗好きみたいねー。

 これならいつまでだって、モフモフしていられる……!


「リーファ、そなたもしかしてそれ目当てで……」

「え? いや、さすがにそんなわけないでしょ!!」


 い、いかんいかん!

 つい本音が漏れちゃってたみたいね。

 もう十六歳なのに、でっかくてモフモフなペットが欲しかったなんて恥ずかしい。

 そういうのが許されるのは、個人的には十五歳までだ。

 そもそも、私はそういう感じのキャラじゃないし!


「そうか? ならいいのだが」

「それより、早く傷の手当てをしてあげなきゃ! 誰か、薬草を持ってきて! 包帯もよ!」

「ああ、はい!」


 大慌てで薬箱を取りに行く住人達。

 さーて、あとでじっくりと可愛い名前を考えてあげなきゃねー。

 こうして私たちの村に、新たにモフモフが加わるのだった。

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