第十一話 お父様無双

「今日も大猟だぞ! がっはっはっは!!」


 巨大なイノシシを背負い、すっかりご機嫌なお父様。

 さらにその後ろには、大きなシカを担いだ男たちが続く。

 狩りは順調だったみたいねー、よかったよかった。

 私は作業を一時中断すると、すぐにお父様たちを迎えに行く。


「おおー、いつもながらすごいわね!」

「今は私たちが頑張らねばならんからな」


 そう言うと、腕を曲げてグッと力こぶを作るお父様。

 私たちが開拓地について、およそ一週間。

 育ちの速い野菜なども栽培しているけれど、収穫までにはまだまだ時間がかかる。

 それまでの間、食料は持ち込んだ分とお父様たちが狩ってきた獲物が頼りだった。


「ところで、シアンナはどこに行った? 最近、姿を見ていない気がするが」

「お姉さまなら、井戸から出てきた石を解析してるわ。ほら、あそこ」


 村の端に建てられた小屋を指さし、私はやれやれと肩をすくめた。

 小屋の入り口には「関係者以外立ち入り禁止」と太字で書かれた札が下げられている。

 あの仮設研究所で、お姉さまは日がな一日あの黒い石の観察をしていた。

 相当に珍しい鉱石らしく、正体を突き止めることができれば村の発展に繋がるとかどうとか。


「さっそく引き籠っているのか。あれにも困ったものだな」

「最低限の仕事はしてくれているし、まあいいんじゃないかしらね。

 変にやる気を出して、まーた爆発事故を起こされても困るし」

「それもそうか」

「ところでお父様。さっきからちょっと気になっていたんだけどさ」


 私はお父様が背負っている大イノシシの頭を見た。

 その額の中央からは、黒くて立派な角が生えている。

 つやつやとした質感のそれは、うっすらとだが紫のオーラのようなものを纏っていた。

 これは……結構やばい奴なのでは?

 よく見れば、毛皮にも金属のような光沢があってずいぶん硬そうだ。


「そのイノシシ、イノシシじゃないんじゃないの?」

「ん? 言われてみれば、少し手ごわかった気がするな」

「……ちょっと待ってて。魔物図鑑を持ってくるから」


 ちょっと嫌な予感がした私は、すぐさま家に戻って図鑑を持ってきた。

 さーて、こいつの正体はいったい何かしらね。

 パラパラと頁を繰っていくと、すぐに特徴が一致する魔物を発見する。


「こいつ、フェンシングボアって魔物みたいね」

「食べられるのか?」

「ええ、肉は柔らかくてコクがある……って! 問題はそこじゃなくて! こいつ、Bランクの魔物よ!」


 Bランクと言えば、一体で村が壊滅するぐらいのランクである。

 腕利きの冒険者でも、パーティを組んでそれなりに準備をして戦う相手だ。

 間違っても、こんな軽い調子で持ってくるような得物ではない。

 あー、もう……!!

 我が父ながら、自重という言葉を覚えて欲しい。


「ははは、すまんすまん! 普通のイノシシと間違えた!」

「角が生えてるでしょ、角が!」

「まあいいじゃないか。おいしく食べられるなら、魔物だろうと関係ないだろう」

「昨日も言ったでしょ。強い魔物をあんまり狩ると、森の生態系がおかしくなるって」

「だがこんなに大きな森なんだ、少しぐらい――」


 言い訳しようとするお父様の口を、私はそっと手で抑えた。

 そして、袖を引っ張ってとある倉庫の前まで連れていく。

 そのまま倉庫の扉を開くと、中にあるものをお父様に見せつけた。


「お父様、これを見て」

「こ、これは……」

「ここ数日で、お父様が狩ってきた魔物の骨よ。Cランク以上だけでも、もうこんなにあるの!」

「……すいませんでした」


 私の勢いに気圧されて、すっかり小さくなるお父様。

 こうなってしまうと、英雄も形無しである。

 戦場では無双のお父様も、家ではこんなものだ。


「しかし、予想してたよりもずっと魔物が多いわね。この調子だと、いつか村に被害が出るかも」

「だな。私がいる間に来ればいいが、いないうちに来たらことだ」

「早いうちに防壁でも作らないと大変かも。お姉さまにも相談するわ」

「ああ、頼んだ……ん?」


 不意に、お父様の目つきが険しくなった。

 これはもしや……!!

 お父様はイノシシをその場に置くと、急いで森の入口へと向かった。

 そして――。


「何か来るぞ! それも大物だ!!」


 お父様の鋭い叫びが、村中に響き渡るのだった。

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