第十話 井戸

「おお、さすがはお父様たち。もう小屋ができ始めてる……!」


 私が薬草狩りから戻ると、お父様たちはもう建物の建設に取り掛かっていた。

 既にいくつか、粗末な作りながらも小屋が完成している。

 この調子なら、あと一週間もすれば全員分の家が完成しそうだ。

 もっとも、今作っているのはあくまで急場しのぎの掘っ立て小屋。

 ある程度村が落ち着いたら、ちゃんとした建物に作り替えていく必要はある。


「おーーい、薬草狩りから戻ったわよー!!」


 薬草と山菜、そして茸がいっぱいに詰まった籠。

 それを高々と掲げると、私は大きな声でみんなに呼びかけた。

 するとたちまち、何人かが手を止めてこちらに走り寄ってくる。


「大収穫じゃないか! さすがはお嬢様!」

「こりゃ、オーガ茸じゃねえか! 高級食材だぞ!」

「こっちにはハイヒール草もあるぞ、すげえ……!」


 採取してきたものを布の上に広げると、たちまちみんな驚いた顔をした。

 まあ無理もない、普通じゃあり得ないぐらいの大戦果だからね。

 採ってきた私自身が、一番びっくりしている。

 

「この樹海、ずーっと人の手が入ってなかっただけあって凄いわよ。そこら中に薬草や山菜が生えてたわ」

「そいつはすげえ! 俺たちも今度、取りに行こう」

「だな、これだけあればいい金になるぞ」

「ま、手に入れたところで売る先がないんだけどね」


 私がそう言うと、集まったみんなはガッカリしたような顔をした。

 ま、いずれはこの村にも商店の一つや二つ作らないとねえ。

 それなりに人数がいるとはいえ、自給自足にも限度はある。

 さしあたって、塩は早急に輸入経路を確保しないと厄介だ。

 最悪、誰かが町まで買い出しに行くことになる。


「山菜と茸は料理してもらうとして、薬草はひとまず全部保管しておきましょうか。

 お姉さまが専用のカバンを持っていたはず――わっ!?」


 急にどこかから、地鳴りのような音がした。

 な、なんだ!? もしかして地震!?

 私たちはすぐさましゃがみ込むと、頭を手でしっかりと抱えた。

 しかし、特に揺れが来る様子などはない。

 森の方を見ても、至って平穏で獣が騒ぐようなこともなかった。

 はて、今の音は何だったのだろう?

 私が恐る恐る音がした方に近づいていくと、そこには――。


「またお姉さまの仕業かい!」

「にはは、ごめんごめん!」

「もう、こんなとこまで来て実験はやめてよ!」

「いやいや、これは実験じゃないよ! ほら、これをごらん」


 トントンッと、自身の足元を示すお姉さま。

 するとそこには、綺麗な円形をした深い穴が出来ていた。

 これは井戸……だろうか。

 錬金術で掘ったものらしく、側面が手掘りではありえないほどにツルツルとしている。

 そしてその底には、何やら黒々としたものが横たわっていた。


「なにあれ?」

「さあ。何の鉱石かは調べないとわからないわね~」


 へえ、お姉さまが分からない鉱石なんて珍しいわね。

 いつも何かを爆発させているお姉さまだけど、これでも優秀な若手錬金術師である。

 知らない鉱石なんて、ほとんどない……はずだ。

 まあ、いろいろ抜けてたりする人なので完全には信用できないのだけども。


「それで、さっきの爆音は?」

「あの石が水源を塞いでいたから、爆弾で吹っ飛ばそうとしたの。けど、びくとも……お?」


 下の方から、何やらゴゴゴゴゴっと濁流が流れるような音がしてきた。

 これはひょっとして。

 すぐさま井戸を覗き込むと、黒い岩が小刻みに震えていた。


「爆発で地下水脈が刺激されたらしいね。圧力のバランスが崩れたみたい」

「水が出るの?」

「うーん、この様子だと……ヤバい、逃げるよ!!」

「えっ?」


 その場からダッシュで逃げていくお姉さま。

 いったい、何をそんなに慌てているのだろう?

 私がぽかんとしていると、井戸から間欠泉よろしく水が噴き出した。

 うわ、なにこの勢い!!

 空高く昇った水柱に、私は思わず言葉を失った。

 その高さときたら、森の木々をもはるかに上回っている。

 こりゃ、水には苦労しなくて済みそう……なんてのんきに思っていると。


「げっ!! あわわわわっ!!」


 隕石よろしく落下してきた黒い岩。

 私は命からがら、その落下地点から逃げ出すのだった――。

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