第八話 ある王の狂気

「ははははは……! これぞ王のみに許された贅沢ぞ!」


 後宮の一角に新しく造設された大浴場。

 床一面に大理石が貼られ、黄金の柱が立ち並ぶさまは壮麗な神殿を思わせる。

 その中央には黄金に輝く竜の彫像があり、その口から湯が滔々と流れ落ちていた。

 もはや池のような広さの湯舟では、裸の女たちが十人ほど湯浴みをしている。


「金を掛けた甲斐があったわ。これほどの設備を備えておるのは、我が王宮ぐらいであろう」


 湯船に浸かりながら、機嫌よくワインを飲む王。

 この大浴場の建設に当たっては、立派な砦が一つ建つほどの金が費やされた。

 並外れた浪費であるが、王はそのようなこと全く気にもしない。

 多少国庫が苦しくなろうとも、民を絞ればいくらでも金は出てくると思っているからだ。


「だが、女の質が少し物足りんのう」


 そう言うと、周囲に集った女たちを見渡す王。

 いずれも豊満な身体つきをした美女であるが、王の高すぎる理想を満たすほどではなかった。

 いっそ、宰相にでも命じて国中で美女狩りをさせるか。

 わし直々に、娘たちを検分するのも面白いかもしれない。

 王がこのような妄想にふけっていると、不意に浴場の扉が開かれる。


「騒々しい! ここには入るなと命じておいたであろう!」


 報告に来た兵士にたいして、即座に怒鳴りつける王。

 兵士はその声の大きさに怯みつつも、緊急の要件がありましてと告げる。


「アランドロ男爵家の国外追放が完了いたしました」

「ああ、あの生意気な娘の家か」


 頬を擦りながら、やれやれとため息をつく王。

 あの日の出来事を、彼は今でもはっきりと覚えていた。

 期待外れの容姿でがっかりさせただけではなく、あまつさえ殴ってくるなど。

 あれほど凶暴で無礼な娘は他にいないと、王は思っている。


「それだけか?」

「いえ。ファルト男爵からの報告ですが、どうやらアランドロ男爵は領にいた民のほとんどを連れて行ってしまったそうで……」

「なに? いくらちっぽけな領地とはいえ、千人はいたはずだぞ」

「ええ。ですが、ファルト男爵からの報告では確かにほぼ全員連れて行ってしまったと」


 それだけの人数を引き連れて、いったいどこへ行こうというのか。

 まさか、この国にたいして謀反でも企んでいるのだろうか。

 不穏な考えに至る王であったが、すぐにそれはなかろうと思いなおした。

 男爵領の人口は、せいぜい千人かそこら。

 全員を兵士にしたところで、総勢五万を誇る王軍に勝ち目などあるはずがない。


「まあ良い。たかだか千人ほど持って行かれたところで、どうということはない」

「ですが、ファルト男爵はかなりお困りのご様子。治めるべき民がいないのでは、

 領地などあったところで維持費がかかるだけと救援を求めております」

「ならばそうだな……。王都の民を適当に間引いて連れていけ。

 ここ最近、人口が増えて困っていると宰相から聞いておる」

「かしこまりました、では三か月以内に……」

「この愚か者が!!」


 王は近くに置かれていた桶を手にすると、ためらうことなく兵士に向かって投げた。

 桶が額に直撃した兵士は、すぐさま平身低頭する。


「ファルト男爵はわしの腹心ぞ! それが困っておるのだ、三日で何とかせい!」

「いくら王都が人余りでも、たった三日で千人もの移住者を集めるのは無謀です!」

「黙れ! そこを何とかするのがお前たちの仕事であろうが!」

「ですが、無理なものは無理だとしか……」

「王都の外壁周辺に、汚らしい集落ができていたであろう。そこを焼き払い、住民を追い出せ」


 王のあまりの暴論に、兵士は引き攣った顔をした。

 いくらスラム街とはいえ、民の住む街を焼き払うなど普通の発想ではない。

 兵士はすぐに意見しようとしたが、王は高笑いをしながら言う。


「ちょうどよい機会ではないか。あの集落は我が王都の美観を損ねていたからな。

 焼き払ってしまえば、国のためにもなるであろう! どはははははは!!」


 浴室全体に響き渡る、狂気めいた笑い。

 その翌日、王都のスラム街は焼き払われ多くの民が命を落としたのだった――。

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