第七話 出立
「な、何だこれは……!!」
私が渡した請求書を見て、ファルト男爵はすぐさま憤怒の形相を浮かべた。
おーおー、こりゃ凄まじい怒りっぷりだ。
額に浮かび上がった血管が、今にもプチンっと切れてしまいそう。
ま、説明もなくあんな金額の請求書を叩きつければこうもなるか。
私は懇切丁寧に、請求書の内容を説明してあげる。
「こちらの請求書に記載されている金額は、ファルト男爵を歓待するのにかかった費用です。街の商会に最高級の料理、酒、美女の手配を依頼したらこうなりました」
「こうなりましたってなぁ……!!」
「今回、かなり無茶なスケジュールで準備をしてもらいましたから。これぐらいの費用が掛かるのも、仕方のないことでしょう。ここは僻地ですしね」
隣領の商会に依頼して、わざわざここまで物資を運んできてもらったのである。
馬車の運賃だけでも相当なものだろう。
加えて、酒も料理も手に入る範囲で最上のものを用意してもらった。
男爵の接待を担当した女性も、本職は人気の踊り子である。
そりゃあ、数千万単位で費用が掛かっても仕方ないだろう。
「ぬぬぬ、金の問題ではない! どうして私が払うのかということだ!」
「サービスを受けられたのは、そちらなのですから。支払いをするのは当然でしょう」
「そんなバカな話があるか! 接待された方が金を払うなど、聞いたことがない!!」
「そういうものでしょうか、お父様?」
「さあ、私は知らんなぁ。シアンナはどうだ?」
「さーねー。払う時もあるんじゃないの」
三人そろって、すっとぼけた顔をする私たち。
あまりのわざとらしさに自分でも笑い出しそうになるが、そこはどうにか我慢した。
当然ながら、私たちの舐め切った態度を見たファルト男爵はますます顔を赤くする。
頭の先から、湯気でも噴き出しそうなほどだ。
「ええい、とにかくだ!! この金はお前たちに払ってもらうぞ!!」
「お断りいたします。これが不服でしたら、裁判でも何でもなさってください」
「いいだろう! この家の財産を根こそぎ……あっ!」
そこまで言ったところで、しまったとばかりに口を抑えるファルト男爵。
ふふふ、ようやく自分でも気づいたみたいねー。
私は先ほどファルト男爵が署名した書類を取り出すと、思い切り彼の前に突き付けた。
「そう。今の私たちに財産がないことは、先ほど男爵ご自身が証明した通りです。取り立てをしようとしたところで、無い袖を振ることはできませんよ」
「な、ならば! お前たちを奴隷にして売り飛ばしてくれるわ! 英雄と器量よしの娘二人ならば、それなりの金に――」
「おや? ファルト男爵、奴隷の取引はこの国では違法ですぞ。
そちらが不法な手段に訴えるなら、こちらもその気で対応させていただきますが」
そう言って、剣の鞘に手を掛けたお父様。
次の瞬間、ただならぬ殺気がその場に満ちた。
うっ、お父様の本気はいつ食らっても心臓に悪いわね!
私たちに向けられたものでもないのに、身体が自然と震えてしまう。
それをまともに受けた男爵は、たまらずその場で尻餅をついた。
「お、おのれアランドロめ! そしてその娘、リーファよ! そなたがなぜ王都で『魔女』と呼ばれているのか理解したぞ!!」
「別に大したことしてないわよ。元はと言えば、あんたが何も考えずに豪遊したのが悪いんだし」
「おのれ……! もういい、さっさと出て行け! この国にお前たちの居場所はない!!」
「はいはい、言われなくとも出て行きますとも」
私は大きく伸びをすると、お父様と一緒に荷車を押した。
こうして私たちとの距離がある程度開いたところで、ファルト男爵が勝ち誇ったように叫ぶ。
「ははははは! 最後に嫌がらせをしたつもりだろうが、これぐらい痛くも痒くもないわ! たかだか三千万ぐらい、領民どもから搾り取ればいい!!」
「そうねー、絞れるといいわねー」
「はーい、そろそろみんな来ていいわよー!」
私はパンパンと手を叩くと、みんなに合図を送った。
それに合わせて、荷物をまとめた領民たちが次々と家を出て私たちに合流する。
その数は瞬く間に膨れ上がり、街道を埋め尽くすほどになった。
「なっ!? お前たち、どこへ行く!?」
「そりゃもちろん、アランドロ様のところよ」
「そうそう、ここにはもういられねえからな」
「行くな、この私を置き去りにするつもりか!!」
怒りのままに叫ぶファルト男爵だったが、領民たちは気にすることなく移動を続けた。
彼が連日、宴でバカ騒ぎする様子は領民たちもよく見ている。
今更ああだこうだと言ったところで、聞き入れられることはないだろう。
ま、自業自得としか言いようがないわね。
「さあみんな、ついて来て! 目指すは新天地、旅の始まりよ!!」
「おおおお!!!!」
「戻ってこい! 頼む、戻ってきてくれ~~!!」
恥も外聞もなく叫ぶファルト男爵。
彼の醜態を尻目に、私たち一家と領民たちは新天地を目指して旅立つのだった。
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