第六話 ファルト男爵の栄光

「あっはっは! 実に愉快、愉快であるぞ!!」


 アランドロ家の追放を翌日に控えた夜。

 ファルトは歓迎の宴を大いに楽しんでいた。

 食卓を埋め尽くす山海の珍味。

 喉を潤す極上の酒。

 薄衣を纏い、自らに侍る数多の美女。

 村の広場に設けられた宴会場は、まさしく酒池肉林といったありさまである。

 これには強欲で有名なファルトも、大いに満足し至福の表情を浮かべていた。


「最初は反抗する気かと思ったが、アランドロもあれでなかなか聞き分けが良いものよ」


 ――準備に時間がかかるため、歓迎の宴は明日からにさせて欲しい。

 アランドロ家の使いにそう告げられた際、ファルトは舐められたと思った。

 しかし、そこでグッと我慢をして正解であった。

 田舎のアランドロ領でこれだけの宴を催そうとすれば、準備に時間がかかるのは当然だ。

 堅物として知られるアランドロ男爵だが、なかなかどうして話の分かる男だったようである。


「明日が楽しみだ。あの英雄アランドロの無様な姿を拝まねばな」


 一代にして、平民から男爵にまでのし上がった英雄アランドロ。

 国民からは人気のある彼であるが、ファルトはその存在がどうにも気に食わなかった。

 英雄と言えども、所詮は穢れた血の流れる平民。

 それが生粋の貴族である自身と同じ爵位に昇るなど、あまりにも生意気だと感じたのだ。


「しかし、こうもうまく行くとは! 我ながら自分の頭脳と幸運が恐ろしい」


 ――アランドロ男爵の娘、リーファは母親譲りのたいそうな美人である。

 このような噂を王に囁いたのは、ほかならぬファルトであった。

 気が強くて問題を起こしてばかりのリーファと暗愚の具現のようなボンクラ王。

 この二人が出会えば、必ずトラブルを起こすと見越してのことである。

 あとは、娘の失態をねちねちつついて嫌がらせでもしてやろう……そう思っていたのだが。

 リーファが王を殴り飛ばすとは、さすがの彼もいい意味で予想外だった。


「さあ、今日は前祝だ! お前たち、もっと近くに寄れ!」

「やん、ファルト様ぁ!」

「も~~、えっち!」

「がはははははは!!」


 美女たちを抱き寄せ、思い切り鼻の下を伸ばすファルト。

 彼の乱痴気騒ぎは、深夜まで及ぶのだった。


――●〇●――


 翌朝。

 すっかり二日酔いしてしまったファルトは、約束の時間より遅れて男爵家に到着した。

 既にアランドロ一家の準備は万端。

 旅装をして、荷車に最低限の生活用具と思しきものを詰め込んでいる。

 監督役であるファルトに、わざわざあれだけの歓待をしたのである。

 もっと多くの財産を持ち出すのかと思われたが、意外にも荷物は少ないようだった。

 

「遅れてすまなかった。ではさっそく、領地を引き継ぐ手続きを始めよう」

「うむ、よろしく頼む」


 こうして始まった書類のやり取りは、特に問題なく終わった。

 最後に、ファルトはアランドロ一家が持ち出そうとしている荷車の中身を改める。

 すると最初に彼が睨んだ通り、荷車にあったのは生活用具と小銭だけであった。

 宝飾品の類なども、馬鹿正直にすべて置いていくようである。


「ほほう、本当に財産の持ち出しは一切なしか」

「当然だ、不正などするつもりはない」

「ふむ……」


 不正をするつもりがないなら、なぜあれほどの宴を催したのか。

 ファルトは少しばかり不審に思ったが、すぐに気にするのをやめた。

 恐らく、難癖をつけられることを恐れてであろう。

 そして、それは少なからず正しい。

 あれだけの歓待を受けていなければ、ファルトは生活用具の持ち出しですら咎めるつもりであった。


「よろしい。行っていいぞ」

「では、その前に一筆いただけますでしょうか」

「ん?」


 ファルトがアランドロたちを送り出そうとしたところで、少女が紙とペンを持ってきた。

 確かこの少女は、アランドロ家の次女のリーファだったか。

 王を殴り飛ばしたと聞いているが、見たところ利発でおとなしそうな娘であった。


「これは何の書類だ?」

「私たちが不正な持ち出しをしていないという証明書です。関所で止められたりしたら困りますから」

「ふむ、そういうことか」


 念のため書類の隅々まで目を通したファルトだが、特に不審な点は見られなかった。

 アランドロ元男爵一家は、国外追放に際して財産をすべて放棄したというただの証明書である。

 ファルトはさっさと署名をすると、判子を押してリーファに書類を返却してやる。

 するとリーファは、書類に不備がないことを確認して――。


「ありがとうございました。ではこちら、街の商会からの請求書です」

「ん? なんだそれは?」

「ですから、請求書です。こちらの商会に三千万ゴールドをお支払いください」

「しゃ、しゃんぜんまん!?」


 ゼロがずらりと並んだ請求書。

 全く身に覚えがないそれに、ファルトは目を丸くするのであった――。

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