第五話 領民たちの願い

「男爵様、国を出られるというのは本当ですか!?」

「リーファお嬢様が王様をぶっ飛ばしたって!?」

「男爵様がいなくなったら、俺たちはどうすりゃいいんだ!」


 門の前に集まっていたのは、うちの領民たちであった。

 農具を手に大集合したその様子は、さながら農民一揆か何かのようである。

 人の口にとは立てられぬというけれど、どこからともなく情報が漏れてしまったらしい。

 たいして広くもないうちの領土のこと。

 この様子じゃ、すでに全域に話が広まっちゃってるわね。


「お父様、どうする?」

「しょうがない、この場で私から説明しよう。なに、もともとこちらから挨拶に出向くつもりだったのだ」


 お父様は領民たちをひとまず下がらせると、門を開けて外に出た。

 そして軽く息を吸うと、朗々と声を張り上げる。


「領民の諸君! すでに噂が広がっている通り、我がアランドロ男爵家は国を出ることとなった!

 だが心配することはない、すでに後任の領主が到着している!

 君たちは普段通りに過ごしていれば、特に問題になるようなことはないだろう!」


 さすがはお父様。

 あれだけざわついていた領民たちが、話を終えるとだいぶ静かになった。

 そこかしこから「男爵様がそういうなら……」という声が聞こえてくる。

 お父様がこの土地を治めるようになってから、およそ十年。

 手探りで始めた領地経営だったけれど、我が家なりに善政を心掛けてきた成果だろう。


「そ、それで! 後任の貴族様はどちらさまで?」

「うむ、ファルト男爵だ」


 ファルト男爵の名前が出た途端、落ち着いていた領民たちが再び騒ぎ始めた。

 ……あの親父の評判って私たちが思っている以上に悪かったのね。

 領民たちの表情ときたら、まるでドラゴンの群れでも襲来したかのようだ。

 いや、前に本物のドラゴンが来た時よりも顔色が悪いかもしれない。


「ファ、ファルト男爵って言ったら王国一の強欲貴族でねえか!!」

「き、聞いたことあるぞ! ファルト男爵の治める領地じゃ、税を納めるために親まで売るって話だ!」

「俺たちが何をしたって言うんだ! 男爵様、どうかご慈悲を!」

「お助け下さい、お助けください!!」


 お父様に縋り付き、助けを求め始めた領民たち。

 その勢いはすさまじく、まさに命がけといった様相である。

 まぁ、いきなり税率を五公五民から七公三民に変えようとか言い出す相手だからねえ……。

 餓死者が出てもおかしくないし、そりゃみんなも必死になるだろう。


「落ち着け、落ち着くのだ! これは王の決定だ、私に言われたところで……」

「男爵様~~!! お助けを~~!!」

「私たちも連れて行ってください!!」

「そうだ、俺たちも男爵様と共に行く!!」


 ダメだ、誰も聞いちゃいない。

 このまま打ち壊しか一揆でも始まりそうな勢いである。

 領民たちに取り囲まれたお父様は、困ったような顔をして私の方を見る。

 もう、こういう時になるといつも私に頼るんだから。


「ううーん、どうしたものかしらね……」


 ああでもないこうでもないと思案を重ねる私。

 そうしている間にも「連れてって」だの「置いてかないで」だのといった声が聞こえてくる。

 待てよ、こうなったらいっそ……。

 行先は広大な開拓地、人がいたところで困ることはない。

 むしろ、人では常に足りていないぐらいだろう。


「……みんな連れて行きましょう!」

「つ、連れて行く!? それでいいのか!?」

「ええ。行先は開拓地なんだから、みんなで行って新しい村を作ればいいのよ」

「さすがリーファ、その発想はなかったわ」

「だが、道中の食糧などはどうする?」

「兵糧があるでしょ。みんなで分けてもだいぶ持つはずよ」


 戦争が起きた際、領地持ちの貴族は軍を編成して参戦する義務がある。

 その規模は領地の広さや家格によって定められていて、必要な物資は全て貴族側が持つ習わしだ。

 うちの場合、お父様の立場もあって領の規模に対して大きな軍役が課されている。

 その分だけ蓄えている兵糧も多く、領民全員で分けたとしても二週間分ぐらいにはなるはずだった。


「そういうことか、考えたわね」

「それに領民たちの方は、私たちと違って財産の持ち出しとか制限されてないから。

 向こうで必要そうなものは、各自で持って行ってもらいましょ」

「よし、ならば決まりだな。我がアランドロ男爵領は――」


 剣を抜き、天に突き上げるお父様。

 それに合わせるように、天から光が降り注ぐ。

 そして――。


「丸ごと新天地へと移転する!!」


 領民たちの大歓声が巻き起こったのだった。

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