第13話 ローソクの灯りのしたで

 冷たい。


 水をかけられた。


 鼻のさきから水がポタポタと太ももに落ちていく。


 「目がさめたか?」


 顔を上げると、バケツを床に置くグロスが立っていた。そのとなりにはガミカもいた。オレは両手をうしろに縛られ、イスに座らされている。


 「ダガーは没収した。手もほどけまい」


 「……」


 「パンの女のコも、お前の顔を見て確認した。武器も証拠だ。争った形跡もなくつまりお前は、無抵抗の者を三人も殺した。死刑確定だ」


 「……」


 「もしくは、わたしがこのお前の似顔絵を、上の階の通信係の者に渡せば、この国すべての街や村の“掲示板”に貼り出される。賞金額は、お前が持っていた所持金の額だ。条件は生首。酒場にいる腕っぷしのいい連中が、一斉に襲って来るぞ」


 「……」


 「ビアンカくん。取り引きをしないか?」


 「?」


 「われわれの仕事を請け負って、きちんと目的を果たしてくれれば、死刑を免除する」


 「これは……脅しか……?」


 「脅しではない。お前のためでもある。死刑を免れるのだ。悪い話ではないだろう?」


 「お前の腕を見込んでのことでもある」


 黙っていたガミカが話しだした。オレにのどを突きつけられて恨んでいるのかと思いきや、担いできた。


 「断っても死刑か賞金首か。それなら賞金首のほうかいいな」


 そうオレはニヤけて言った。


 「一晩、考えてくれたまえ」


 グロスが言い、二人は部屋から出て行った。


 窓がない部屋だ。地下のようだ。牢屋ではない。


 オルファとの約束を果たせなかった。いまは何時だろうか。あいつは噴水広場でまだ待っているのだろうか。自分で約束しておきながらやぶるのは腑に落ちない。


 声を出してひとを呼んだ。すぐに男が入ってきた。ドアの向こうに見張りで立っていたようだ。オレは聞いた。


 「ここは情報捜査局か?」


 「……それは言えない」


 「お前に管理局の知り合いはいるか?」


 「……いないことはない」


 「管理局に、わたしの知り合いのオルファってのがいる。そいつに伝言を頼みたい」


 「ダメだ」


 「なにも助けを求めるとかじゃない。彼と約束したんだ。噴水広場で会うと。でもお前らに拉致されてこのザマだ。彼に『すまなかった』と伝えてほしい。それだけでいい」


 「……オレも、噴水広場で待ち合わせをしたのに来てくれなかったことがある……」


 「女のコに?」


 「ああ……女のコにだ」


 「それは……つらいな……。いまのわたしのように、なにか事情があって来れなかったんじゃないの?」


 「……その後、彼女はほかの男と結婚したよ……」


 「……」


 「オルファ……だったな。知り合いを通してやつに伝えておいてやるよ」


 「そ、そうか……ありがとう……」


 わりといいやつじゃないか。部屋を出ようとするその見張りに言った。


 「ところで、このままこの格好で寝ろってのか?」


 「残念だがそれが決まりだ。気が変わったらいつでも話しかけてくれ。オレはすぐそばにいる」


 「トイレは?」


 「……そこでそのまましてくれ。いやなら、仕事を請けることだ……」


 マジかよ。


 ドアが閉まり、カギがかかる音がした。


 どうも、逃げれそうもない。あきらめて仕事を請けるしかなさそうだ。


 そう思った瞬間、この部屋の灯りであるローソクが消えた。真っ暗になった。


 「おい、ローソクが消えたぞ。新しいのと交換してくれ」


 「交換はあす、グロスが来るときだ」


 ドアの向こうから乱暴な返答があった。


 暗所恐怖症ではないが、不気味だ。ドアの枠からかすかに光が漏れている。


 さっきまで眠らされていたし、眠気もあるわけない。ずっとこの格好はしんどい。これが拷問というやつか。


 それから数分経ったくらいだろうか。一瞬、ドア枠の光がゆらいだ。そして、光が消えた。


 見張りに声をかけたが返答はない。


 すると突然、部屋のローソクに火が灯った。いつもの火ではない。黒い光だ。そしてドアが開いた。


 カギを開ける音はしなかった。中年の男が入ってきた。


 「ここだと聞いたんですけど?」


 「?」


 「キミがあの……?」


 「?」


 「キミの名は?」


 べつの取り調べか? 「ビアンカだ」とオレは言った。もうめんどくさいから、仕事を請けようと決めた。


 「……ちょうどいい。グロスを呼んできてくれないかな?」


 「ああ、そうかキミかぁ……で、仕事は請けるの?」


 「そうだ。請けることにした。さあ、手を解いてくれ」


 「そうかそうか……」


 男はくうを見つめながら考えごとをしている。おかしな男だ。


 男はうなずき話した。


 「よし、決めた。キミについて行くことにした」


 「?……なんだって?」


 「キミについていくほうが、一石二鳥だ」


 「さっきからなにを言ってるんだ? はやくグロスを呼んできてくれ」


 男はすこしニヤけて部屋から出て行った。するとすぐ、ドアの枠からいつもの光がもれてきた。黒いローソクの灯りも同時に消えた。


 魔法使いかなんかか? そう思った直後、グロスとガミカが入ってきた。


 「魔法でわたしを脅そうとしたらしいが、べつにそれに屈したわけじゃない。仕事を請けてやる」


 二人は顔を見合わせて、不思議そうな顔をしていた。グロスの手には新しいローソクがあった。

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