第12話 王国情報捜査局のグロスとガミカ

 ニックが誘拐された?


 けさ城に向かう途中、賊の襲撃に遭ったらしい。護衛もいたが、あっという間にやられたという。遠くから見ていた牛飼いの証言だ。


 けさってことは、オレと話をしたあとすぐってことだ。寝ずに城……つまり国王に会うために向かったのか。もっとも、馬車のなかで眠ればいいのだろうが。


 「ビアンカさんだね?」


 住民も混じって、公示人のまわりには大勢のひとが集まっていた。うしろから肩を叩かれた。一般人の男が二人だった。身分証らしきものをオレに見せてきた。


 「わたしたちは王国情報調査局のグロス。こっちはガミカ。ちょっとお話してもよろしいでしょうか?」


 王国情報調査局? オルファがいるところは、たしか管理局だった。縦割り行政の臭いがする。官僚組織の実態は宇宙共通か?


 「なんの用?」


 「今朝まであなたは、侯爵といっしょだったと聞いています。あなたは侯爵となにを話しましたか?」


 「オレ……いや、わたしって疑われているの?」


 動揺してしまった。慌ててつい刑事ドラマにあるようなセリフを言ってしまった。


 「形式的な質問ですので」


 てめえも刑事ドラマ見てんのか?


 「王国情報捜索局? ちょっと待って。管理局っていうところには、オルファっていう知り合いがいる。まずはそいつと話させてくれ。呼んでくる」


 オルファは食事でいない。たしか、あのレストランに入ったはずだ。


 「管理局と捜索局は別個の組織で、呼ぶ必要はない」


 もうひとりのガミカという男が、にらむような目つきでオレに言った。お前の顔を、縦に割ってやろうか。グロスがガミカをさえぎり、やさしく言う。


 「ちょっとこちらに来てもらっていいですか? 美味しい紅茶でもいかがでしょうか。時間は取らせません。話の内容を聞くだけです。捜査に協力してください」


 まいったな。内容なんて、話せるわけがない。「オレは異次元の世界から来た男だ」なんて答えたら、間違いなく容疑者にされてしまう。


 王国情報管理局や捜査局にしても、公的機関と思われる。近隣の地域を調査したりするんだろう。お役所と警察みたいなもんか? でも、情報っていう単語が入るのが気になる。


 人通りが少ない路地に入る。グロスによると、「美味しい紅茶のお店は、知る人ぞ知る」らしい。隠れた名店なのだと。


 人気ひとけがまったくない路地に入ってすぐ、後方のガミカがハンカチでオレの口をふさいできた。ハンカチからは、甘い匂いがする。


 まったく。あいかわらず男ってのは、女にやさしくする文化はないのか。


 そのとき、きのうの暴漢に襲われたときと同じく、あたりがスローモーションになった。よし。きのうと同じだ。またボコボコにしてやる。


 しかし、このガミカの“締め”は、思いのほか強力だ。振りほどこうにもなかなかできない。こいつ、プロか? それに、口に押しつけられているこの匂いは、おそらく眠らせるなにかだろう。


 そこでオレは、気を失ったフリをして、全身をダラッとさせた。ガミカの力が弱まった瞬間、しゃがみ込んでガミカを足払いしてこかせる。


 同時に腰からダガーを抜き、ガミカのノドに突き立てた。


 ガミカは険しい顔をして、かたまったままだ。グロスは眉間にシワを寄せて、ただこちらを見つめているだけだった。そして、グロスは口を開いた。


 「そのダガー……。やっぱり、きのうの男たちを殺ったのはお前だな?」


 「!」


 「少女がしゃべったのだ。パンをもらった女の子だ。覚えているだろう? その男たちからパンをもらうため、青い髪の毛のキレイなお姉さんを連れてきた……とな。遺体の傷口から判断すると、武器はダガーと判明した」


 オレは観念した。


 「……正当防衛だ。あいつらはオレを殺そうとした」


 ……殺そうとしたかはわからないが、死人に口なしだ。そういうことにした。


 「昨晩、エルビィの酒場にいたほかの捜査員数名が、お前を見ていたのだ。侯爵とVIP席に入ったところもな」


 「……」


 「奇妙な偶然だ。男三人をほぼひと刺しで殺すほどの者が、侯爵と深い話をして、そのあとすぐに侯爵は誘拐される……」


 “現実は小説よりも奇なり”だろうな。誘拐なんてオレは知らない。かといって、「そうか、誘拐の件は知らないか。わかった。キミを誘拐犯の線からはずす」とはニ万%ないだろうな。


 やり口といい、やはりこいつらはプロにちがいない。逃げなければ殺される。


 「なにを言っても信じないと思うが、誘拐の件はわたしは知らない。侯爵には……使用人にならないかとしつこく迫られただけだ。おっと動くな。ガミカがしゃべれなくなるぞ」


 「うっ……」


 ガミカののど仏のてっぺんにダガーの剣先をあてた。


 グロスはなぜか余裕な顔をしている。


 「ビアンカくん、残念だが、ガミカは殺せない」


 「?」


 そのとたん、意識が朦朧としてきた。


 そうだ。薬草かなんかを嗅がされたのを忘れていた。ダガーが石畳に落ち、その金属音が脳を駆けめぐる。となりでガミカは起きあがり、のどを手でさすっていた。


 「おい、いいぞ」


 グロスがどこでもない方向に顔を向けて声をかけていた。すると、何人かの住民が、建物のすき間などからゾロゾロ足が出てくるのが見えた。


 以前、仕事場で熱中症になったときと同じだ。見るものすべてがグワングワン回転している。立っていられない。空と民家の軒先と、吊るされた洗濯物が回転している。何人かがオレを見下ろしている。


 「用意しろ」「運べ」「報告しろ」などのグロスの命令する声がバラバラ聴こえた。慌ただしくひとが動く。


 オレは誰かに担がれた。何回か胸を揉まれる感覚があった。こいつら……。動けないことをいいことに、堂々とセクハラしやがる。男ってやつは……。


 つぎに、ゆらゆら揺れていた。馬車の中っぽい。そしてまた、意識がなくなっていった。

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