第4話 狩られる森の美女
一時間はあるいただろうか。城下町らしき街も、だいぶ近づいてきた。
見るものすべてが美しい。空も山も川も。道ばたに空缶やレジ袋なんて落ちていない。自然のままの景色がこんなにもすばらしいなんて。
こんなにあるいたのは、中学生のころの遠足以来だ。この“体”の体力も相当だ。まったく疲れない。むかしのひとはよくあるくと聞いたが、自動車がないこの世界のひとたちも、よくあるいているのだろう。
街に近づくにつれ、荷馬車を頻繁に見かけるようになった。経済が活発なんだろうな。もっとも、荷馬車が近づくたびに、オレは物陰に隠れるのだけれど。
一回、貴族の馬車を見かけた。キレイでオシャレな服装をしていた。美人なオレも、きれいな服を着てみたいと思った。
また、たしかなことは、この“彼女”は貴族ではない。質素な服を着ている。RPGでの村人が着ているような服だ。さらにそれがやぶれて結んでもいるので、乞食と思われてしまうかもしれない。
とにかくいまは、服装をきちんとしたい。街に行けば、どうにかなると思ったのだ。なんにするにも街に行くしかない。RPGといっしょだ。
それに、握らされたチケットの半券の裏の、文字の手がかりを知るためでもある。裏には、地名らしい文字が書かれていた。街のひとにこれを見せれば、なにかわかるかもしれない。
オレはいま、
ところでこの文字は、日本語ではなかった。でもオレは読める。あたりまえのように読める。日本語の文字を読むかのように読める。でも、日本語がどういうものなのかは覚えていない。不思議なことだが。
言葉もそうだ。いつも話すように声に出すと、それは日本語ではなくべつの言語だった。聴いたことのない言語のはずなのだが、オレは“あたりまえのように”認識している。
さっきも畑の手入れをするおばあさんたちの会話を聴いたが、聴いたことのない言語のはずなのだが、なにをしゃべっているのかがわかった。
だから、普段のように話せば、この言語が口から出てくる。日本語の存在を知ってはいるけど、言葉に出せなくなっているし、どういうものなのかさえ、思い出せない。いままで話していた記憶はある。薄っすらとだけど。それはまるで、ヘブライ語っていう存在は知っているけど、話せないことに似ている。
自分の名前も、いまだに思い出せない。きのう食べたものと同じで、まったく記憶にない。
あのビー玉外人が、しきりに名前を書かせようとしたのは、このためだったのかもしれない。まるで、「千と千尋の神隠し」の契約書にサインする千尋みたいだ。
名前を忘れてはいけない理由があるのだろう。いまのところ、なんの不自由もない。
それにしても、あのビー玉外人は何者なんだろうか。ちゃんと名前を書いていたら、どうなっていたんだろうか。
オレを進化させるとか言っていた。名前を書いておけば、オレは「進化」していたんだろうか。でもなにに?
おそらくだが、このチケットは、この“ファンタジー世界に入れるチケット”なんだろうと思う。シュワルツェネッガー主演映画「ラストアクションヒーロー」の魔法のチケットのように……。
主人公の子どもにチケットを渡すおじいさんの名前は“ニック”だった。そうだ。あのビー玉外人も“ニック”って言ってたな。
ニックもニックだ。ちゃんとした説明もなく、ただ「書け」だのと……。だれが「はい、わかりました」と書くっていうんだ。
でも、オレは自分の名前なんてどうでもいい。金銭問題ばかりの政治と、消費税10%のあの世界の自分には、もどりたくもない。ただ、ツイッターのフォロワーさんは気がかりだけど。
まあ、更新が途絶えても、だれもオレを気にはしないだろう。オレだって、フォローしているひとがある日いきなり更新が途絶えても、気にならないことといっしょだ。軽薄な関係でしかないのだ。
オレはこの世界で、なにかべつの名前をつけて、美女の人生をあゆむんだ。
この美しい世界で……。
「!?」
「ねーちゃん、なにしてんの?」
気がつくと、うしろに二人の男が立っていた。
男たちは、オレの胸元や、あらわになっている太ももを舐めまわすように見ている。
狩人のような格好をしている。腰にはウサギを吊るしている。
どう見ても、いっしょにランチをしようという雰囲気ではない。
オレは胸元と太ももを手で押えた。恥じらいではなく、さらに興奮させないためだ。
オレも、こんな血走ったいやらしい目つきで女を見ていたのか。どうりで女のコンビニ店員は、無表情な顔でオレに対応するわけだ。
無視して去ろうとすると、腕を思いっきりつかまれた。
「なにをする! 離せ!」
「おー! 男まさりの口調はたまんねぇ!」
二人の男の股間を見てびっくりした。すげえ勃起している。
振りほどこうにも、男の力が強い。いや、この“女のオレ”に力がないのかもしれない。
腕をとられたまま、道に外れた森のほうへ連れて行かれる。
まわりに民家などない。大声出してもだれも助けにはこないだろう。
暴れていると、もうひとりの男に思いっきり殴られ、オレはその場で倒れた。
殴られると、その痛みで恐怖を感じた。力で勝てない現実を知る。そして、抵抗しようという気持ちがなくなっていく。
男はなんてひどい生き物なんだ。力で女をねじ伏せる。
むかし、テレビで占い師のおばさんがが言っていたのを思い出した。
“女は男に逆らってはいけない。力で勝てないからよ”
では、このまま男の思うがままにされていいのか。でも、抵抗しようものなら殺される気がする。
“だから、逃げなさい”
そうだ。ここは密室ではない。逃げることができるはず。
でも逃げたら、腰のボウガンで撃たれるかも……。こいつらは狩人で、その道のプロのはず。
どうやって逃げようかと考えていると、男はズボンをおろし、オレのスカートをまくりあげる。
なす術がない……。
男は両手でオレのひざをつかんで股を広げる。
もうひとりの男が、べつの方向からオレに覆いかぶさってきた。
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