クーデレ幼馴染と高校の部活仲間が鉢合わせして修羅場なんだけど

逸真芙蘭

第一話

 『大日本航空の墜落事故から明日で五年になります。追悼の儀式が明日の正午から中部国際空港にて執り行われる予定です』

 テレビから流れてくるアナウンサーのフラットなナレーションを聞き流しながら、俺は朝食をとっていた。


 今はお盆前。夏休みの真っ最中だ。

 大学生の休日というものはかなりのんびりしたものだ。予定がなければなおさら。朝食を食べた後、さて何をしようかと考えながら、二枚目のトーストに手を伸ばす。


 モサモサとしたパンをコーヒー牛乳で流し込みながら、最近彼女と電話をしていなかったことを思い出した。

 俺はスマホを手に取り、電話をかけて耳にあてがった。


「もしもし。藤花です」

 電子的な変換を経ているはずなのに、心地よい声が鼓膜を震わせる。


「俺だ」

「俺だ、じゃ分かりません。一体どちら様ですか?」

「藤花みゆきの彼氏の、魚々丸ととまるもときだ」

「あら、もしかして私に変質者紛いの告白をしてきた、あの魚々丸ととまるくんかしら?」

「……いい加減、あのときのことは忘れようぜ」

「いいえ。一生覚えているわ」

「えぇ……。やだなぁ」

 

 藤花はそっけない口ぶりで尋ねてくる。

「……それで何の用?」

「世間一般の恋人は用がなくても電話するものなんだぜ。話題は何でもありだ。今日食った朝飯はトースト二枚だった、とかな」

「つまりあなたはそんなくだらないことのために、無線基地局の容量を圧迫しているということ? こっちはもう夜よ。眠いのだけれど」

「……な!?」


 あまりに冷たい態度に、唖然としたところで、すぐに彼女は

「冗談よ。電話してくれて嬉しいわ」

 と言ってきた。


「……時々お前が本当に俺を好きなのか疑ってしまうときがあるよ」

「あら。私は一瞬たりとあなたを愛していなかったことはないわ」

「……お前時々すごく恥ずかしいこと、さらっと言ってのけるよな」

「恥ずかしくないわ。だって私はあなたの恋人なんだもの」

「……」

 ……いやそういうところなんだよな。


「ところで魚々丸くん」

「なんだ?」

「明後日時間ある?」

「……特に予定はないが、それがどうした」

「セントレアまで迎えに来てくれるかしら?」

「……え、は? なに、お前帰ってくるの?」

「ええ」

「……まじか。…………まじかよ」


 藤花は海外の大学に進学して、日本に帰ってくることは稀であった。今回の帰省は一体いつ振りになるだろうか。


「ええ。いけない?」

「いや、いけなくはない。嬉しいに決まってるだろ。でも唐突だな。もっと前に教えてくれればよかったのに」

「ちょっと驚かせようと思って。びっくりした?」

「ああ。何時ぐらいにつくんだ?」


「明日の朝出て、半日かかるから、それで時差が九時間で……。詳しい時間とかはメールするわ」

「分かった」


「そういうことだからよろしくね」

 そこでぷつっと電話は切れた。


 なんとも嬉しいニュースだ。ありふれた休日が途端に嬉しいものになる。


 俺がうきうきしながらテーブルを片付けようとしたところ

「……お兄ちゃん、何してるの? 大丈夫?」

 俺が嫌にハイテンションなのを訝しんでか、妹がこわばった表情で俺のことを見つめていた。


「大丈夫に決まってるだろ」

 いや、大丈夫じゃないのか? 心が浮ついて、いま外に出たらなにかしでかしそうな気分だ。今日は家でおとなしくしておこう。


 穂波は心配そうな顔のままだったが、ゆっくりと後退りして自室へと戻っていった。


 俺は皿をシンクに置いたあと、高校の時、俺や藤花と同じ部活だった、安曇野に連絡を取ることにした。

 

 数コールしてから、彼女は電話に出た。


 俺は挨拶をしてからすぐに

「藤花が帰ってくるから、お前も会いに行かね?」

 と伝えた。


「……そっか。もうそんな時期か」

 意外にも安曇野は落ち着いたままで、あまり驚いていない。


「午前中に俺空港まで行くけど、お前はどうする?」

「……空港行くんだね。ごめん、午前は用事あるから。その代わり、私途中で花屋寄るね」

「花? あいつに渡すのか?」

「だって、それ以外渡しようがないじゃん」

 まあ、確かに帰国した友人に対し、花以上に相応しい贈り物はないかもしれない。


「市営墓地の近くにカフェがあるじゃん。そこで待ち合わせしよ」

「分かった」


 それから当日を迎えた。


 俺が外出する支度を済ませ、玄関で靴を履いていたら

「どこ行くの?」

 と妹が尋ねてきた。


「空港だよ」

「……なんで?」

 妹は不思議そうな顔をする。


「なんでって、そりゃ」

 だが俺が説明する前に合点がいったのか

「……あ、もうそんな時期か。……ちょうどお盆だしね」

 と一人で納得していた。


 それから心配するように

「ちゃんと帰ってきてよ」

 妹ながらませたことを言うようになったものだ。


「馬鹿野郎。俺が朝帰りするような玉かよ」

 あいつは長旅で疲れているのだ。帰国早々、そんなアグレッシブなことはできない。無論彼女がマッサージによって旅の疲れを癒やしたいと自ら申し出たなら、夜すがら彼女の体を癒やしてやるのは俺としてもやぶさかではない。

 彼女の性格上そんなことはないだろうが。


 俺は空港までの道すがら、ウキウキした気分で車を走らせた。


 空港に到着し、国際線の出入り口で彼女が出てくるのを待った。

 

 人混みの中に彼女の姿を見つけたとき、自然と胸が高鳴るのを感じた。

 ゲートから出た彼女が俺の前に立ち、俺はその格好をまじまじと見て言った。

「その格好、初めてデートした時とおんなじ格好だな」

 淡い黄色のワンピース。季節感漂うその清涼な姿、あの日見た彼女と違わず凛とした立ち居振る舞いでそこにいる。より成長した彼女の、美しさが増していることは言うまでもない。


 彼女はなんとでもない風に言う。

「あら、よく覚えていたわね。全く同じ服ではないけれど、あえて揃えたのよ。……何年前になるのかしら?」

「俺らが高一の頃だからもう六年だ」

「そうなの。つい昨日のことのようなのに。時の流れというものは不思議ね」

「そうだな」

「六年もの間、私のことがずっと好きだったなんて、あなたもだいぶ気が長いわね」

「正確に言うと二十年だな」

「あら、あなたもしかして保育園の頃から私に惚れていたの?」

「……まあ、そういうことになるな」

「そう。……自分で言うのも何だけれど、よく私のことを好きになったわよね」

 確かに、二十年前から、特に俺達がまだ高校に入りたての頃は、彼女藤花みゆきは触れるもの皆傷つけるような、鋭さを持ち、それを隠そうとすらしていなかった。


 俺と彼女が出会ったのは、まだお互い自分の名前ですら満足に言えないような年齢のときで、それから東京に行っていた彼女とはしばらく会わなかったのだが、高校入学のとき奇跡的に再会したのだ。

 しかししばらく見ないうちに、藤花みゆきの性格は捻れてしまったように見えた。

 まさに傾国とも言える美しさのために、彼女のことを快く思わない人間は少なくなく、周りに冷たくされた彼女がいじけてしまうのは避けられないことだったのだろう。


 俺なんか高校で再会して初めて、彼女に言われた言葉が

「話しかけないでくれるかしら? 私、あなたみたいにヘラヘラしている男が大嫌いなの。というかあなた誰?」

 である。多感な男子高校生ならショックのあまり自殺してもおかしくないくらいだ。何がショックかってそもそも忘れられていたこと。


 そこから交際するに至るまでの経緯は、ありふれた青春小説でも想像してくれれば構わない。端的に言えば、紆余曲折を経て二人は結ばれましたとさ、という感じで収まる。

 

 自分が物好きな方なのは自覚してはいるが、それでも彼女という人間に惚れられたことは、俺の人生において最も幸せなことの一つだと確信している。

「そういうお前はどうなんだよ?」

「私は愛が深い人間だから、一人の男をずっと好きでいることくらい造作ないわ」

 捻くれていても、根が優しく、美しい心を持っている。俺はそんな彼女のことが大好きだった。



 それから藤花を車に乗せて、安曇野と約束している店へとやってきた。

「何名様ですか?」

 店員に尋ねられ、俺は指を立てながら答えた。

「三人です」

「お連れ様は後からいらっしゃるのですか?」

「あ、はい。あとから来ます」

「かしこまりました。テーブル席へどうぞ」


 しばらくメニュー表とにらめっこしてから、店員を呼びオーダーをした。


「アイスコーヒーとチーズケーキのセットを。彼女にも同じものを」

「……同時に、お持ちすればよろしいでしょうか?」

 店員が確認してきたので、不思議に思いながら答えた。

「はい。それでお願いします」

 コーヒーとデザートを別に頼む客のほうが少ない気もするが、マニュアルにでも書かれているのだろうか?


「店員さん妙な顔していたわ」

 藤花が店員が帰ったのを見ながら、俺に話しかけてきた。


「お前が同じもの頼むからじゃね?」

「だってあなたがチーズケーキを選ぶからいけないもの。私がチーズケーキを大好きなの、よく知っているでしょう」


 そんな折、カフェの扉が開き鈴が鳴った。


 入ってきたのは、待ち合わせをしていた安曇野だ。


 藤花はやってきた安曇野の顔を見て

「あら、安曇野さん。久しぶり。しばらく見ないうちに随分きれいになったわね。魚々丸くんが目移りしないか心配だわ」

 と軽口をいった。


「何言ってんだ。俺がお前以外の女に興味持つかよ」 

「あらどうかしら。私が向こうに行っていた間、たくさんの女の人とおしゃべりに興じていたんでしょう。私という可愛い彼女がいるのに、ほんと最低。滅びればいいわ」

「なわけ」


 そこで俺は安曇野が席につかずにぼーっと突っ立ているのに気がついて

「どうしたんだ、安曇野? 早く座れよ」

 と声をかけた。


 藤花に渡すであろう、菊やら鬼灯やらカーネーションの花束を携えた安曇野は、心底不可解そうな顔をして言った。





「……モトキくん。一人で何ブツブツ言っているの?」

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