第38話:公爵令嬢の里帰り 9

 また二日掛けて、漸くアパッサンへ帰って来た。


 今回は流石にパレードは無いようだ。


「長旅は流石に少し疲れるね・・・。

 八年屋敷周りしか歩いてなかったからね、年甲斐も無くはしゃぎ過ぎちまったかね」


「何を言っているのですか、お義母様。

 無理を言ったのはこちらなのですから、お気になさらないでくださいな」


 お母様のフォローに何だか弱弱しく見える笑みで答えたお祖母様は、侍女に付き添われながら離れへと戻って行った。


「本当にお元気が無さそうでしたね、お祖母様・・・。

 大丈夫でしょうか・・・」


「なぁに、大丈夫だよ。

 実際、疲れたとは思うけどね。だからゆっくり休ませてあげよう」


 それから、お祖母様が顔を見せられたのは、翌々日になってからだった。


 二日振りに見たお祖母様の顔は、すっかり元気を取り戻したような、すっきりとした顔だった。


「おはようございます、お祖母様。もうお加減は宜しいのですか?

 二日もお顔を拝見出来ませんでしたから、皆で心配していたんですよ」


「あぁ、おはようリース。それはすまなかったねぇ。

 そうさね・・・、すっかり、元に戻ったような気分だよ」


「そうですか・・・。それは宜しゅうございました。

 何時までも元気でいてくださいね」


 何だか引っかかる言い回しだが、元気になったのならまぁ、良いか。

 余計な質問で藪を突く事も無いだろうさ。

 お祖母様、みょうに良い笑顔だしね。


 何やかんやと話しつつ、王都へは明日帰るという話をした。

 大層寂しがっておられたが、王都の屋敷の使用人だって待ってるだろうと、止められる事は無かった。


 その日の夜。

 明日は朝から出ないと予定通りに間の宿場町に着かないと言う事で、今夜部屋へ来るようにとお祖母様に言われていたんだ。

 離れにあるお祖母様の部屋へ行くと、中には近侍とお祖母様の二人だけであった。

 しかも、俺が来たのを皮切りにして、近侍まで部屋の外で待つと言う。

 何だ何だ?

 そんなに深刻な話があるんだろうか?


「夜分に良く来てくれたね、リース。

 今日お前を呼んだのは他でもない、先日の聖女案件についてさ」


「ごきげんよう、お祖母様。

 あぁ、サクリファスでの事ですね、あれがどうかなさいましたか?」


「あの日、あの時は緘口令を敷いたが、ああいった噂はどうしたって止められやしない。

 例えそれが公爵家の暗部だろうがね。そこでお前に問う。

 これから、聖女のチカラを持ったと周りに広まったら、あんたはどうする?」


「別にどうもいたしませんわ。

 それでどうしても治療が必要だとやってこられた方が居たら自分の出来る範囲でするだけです」


「だが・・・・・・っ!!

 それでは、本格的に広まるのは時間の問題だ!

 広まってしまえば、加速度的に救いを求める瘴気症の奴らが増えるだろう。

 そうなったら、あんたの限界を超えるのも時間の問題だよ。

 ”グーテンバーグの悲劇”の再来だ」


「お祖母様、そうはなりませんわ。

 私、自分の命を掛けてでも人々を救いたいというそんな聖女様にはなれません。

 もっと、悪い子ですのよ? ふふふっ」


「ふふっ・・・、はははは・・・、そうかい、そうかい・・・。

 ならば、大丈夫そうだね。・・・しっかりね。

 さぁ! 明日は早いんだろう? そろそろ部屋に戻りな」


「はい、お祖母様。では、また明日・・・。おやすみなさいませ」


 そう言いつつ、お祖母様の近侍の方と入れ替わりに部屋を出て、自室に戻った。

 はぁ~、十日間ほどか。あっという間だったなぁ。

 生まれて? 初めての旅行は、中々エキサイティングだったな。


 しかし、聖女か・・・。

 あの謎の突き動かされるような衝動・・・。

 我ながら、あれを突っぱねるには中々に精神力が必要だと思う。

 ごくありふれた女の子が振りほどけるとはちょっと思えないほど強い衝動だった。


 それを考えると、自ら旅をして人々を救済して周った聖女はもしかすると・・・、救済衝動に飲まれちまったのかもなぁ。


 そんな事をベッドに横になりながら考えていると、何時の間にか眠りに落ちてしまっていた。


 翌朝、早目の時間に最後の朝食を皆で一緒に食べ、今度はお祖母様も含めて出立のパレードを朝っぱらからした。

 うげぇ~・・・、となりながらも、領民に何も罪は無いし、むしろ朝から迷惑を掛けているのはこちらなので、必死に

「皆様~、朝から申し訳ありませ~ん!」

 と手を振った。


「エアリース様~! 帰っちゃわないで~!」


「うおおおお、エアリースさまああああ、結婚してくれええええ!」


 老いも若きも、素面も酔いどれも、真面目も変態も。

 皆一様に俺たちを送り出してくれる。

 何年ぶりかすらも分からない領主を、こんなに慕ってくれる領民がいるなんて、恵まれた封土を与えられたものだね。


 相変わらずの楽隊の盛大な演奏に見送られ、俺たちはアパッサンを後にした。

 二度目ののどかな風景を横目に、午後半ばくらいに一つ目の宿場町へと辿り着いた。

 お祖母様は此処までお付き合いしてくれた。

 此処からは別の宿屋に泊まり、明日俺たちとは会わずに領都へと帰るとの事だった。

 寂しいではないかと言う俺に対して、お祖母様には、そう言いつつ出発が遅れるのは良くないと、後ろ髪引かれつつは旅には良くないと諭されてしまった。

 うーん、そういうものだろうか・・・。残念だ。


 宣言通り、お祖母様は別の宿へ行ってしまい、それ以降会う事は無かった。

 家族に時々慰められながら、黄昏に身を任せつつ、もう一つの宿場町へ到着。


 行きと同じく帰りも非常に順調に、王都のサクリファス家屋敷へと辿り着いたのだった。


 帰り着いて早々に、ベアトリスを筆頭に熱烈すぎる歓迎を受け、もみくちゃにされた。

 あぁ~・・・あぁあああ、もう!

 髪もくっしゃくしゃだよ!

 お兄様は何を便乗して抱き着いてるんだ!

 いい加減にしろ!


 必死で振りほどき、また後程と自室へ逃げ込んだ。

 旅行中と違いアセーラ一人では無い為、とんでもない速度で動きやすいワンピースへと着替えさせられ、漸く一心地着くことが出来た。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 一つ目の宿場町で、エアリースが眠りに着いた頃、ユンゲ達公爵家はメルザの宿泊する宿屋へ来ていた。


「・・・・・・いい子に育ったね、ユンゲ。年齢の割に利発な子だ。いや、利発過ぎる子さね」


「はっ・・・、有難うございます、母上」


「やっぱり、お義母様にもリースの魅力はは分かっちゃうんですね~、罪な子だわ~、うふふっ」


「だが、そう冗談めかして居られるのも時間の問題だろう。

 どれだけ緘口令を敷こうが、必ず漏れる。

 今のランドグリスに、どれだけ瘴気症で外に出られなくなったものが居ることか。

 絶対に、そいつらは押しかけて来るよ。なんたって自分の命の為なんだ、その場で切られるのなんざ怖くもなんとも無い連中だよ」


「はい、心得ております。ですが、あの子の望むままにさせてみようかと思っております。

 リースは、かつての聖女が飲まれた救済衝動を飲み込んでいるようでした。

 患者を目の前にして、流石にあの時は使ってしまっていましたが、摩訶不思議か、自分の許容量を把握している素振りも見せておりました故」


 クローズは、其処までリースの所作を察知出来て居なかった為、驚きの表情でユンゲを見ている。

 マルシャは、表情、心情を窺い知れない微笑のまま、扇で口元を隠し、静かに椅子に座ったままだった。


「それはあたしにも伺えた。だが、仮にも公爵家だ。

 もしもの時は、きちんと推考しているんだろうね?」


「えぇ、それはモチロンです。大事な大事な愛娘ですからね。

 家族全員、犠牲になってでもリースは守りますよ」


 親ばか、兄ばかっぷりに、思わず笑ってしまったメルザは

「そうかい・・・」

 と微笑みつつ呟いたきり、先の件で何かを話す事は無かった。


「ところでお祖母様。随分と当たりがお優しくなりましたね、何かこの十日ほどで良い事が?」


 それをもたらした人物を脳裏に浮かべながら、にこやかにクローズが問いただす。


「別に、何も変わっちゃいないよ。ただ、孫に少々、気付かされただけさ」


 月明かりが差し込む窓の外を見ながら、その問いにメルザが呟いた。

 それは、年を感じさせない、凛としつつも、柔らかい頬笑みだった。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

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