第37話:公爵令嬢の里帰り 8

 カンッカンッカンッ!

 と、三連の鐘が何度も打ち鳴らされている。

 これは、鉱山で異常があり、緊急性の高い時に鳴らされる鐘の音だ。

 つまりは事故。


 一応、着衣の準備は出来ている為、急いで馬車に乗り込み鉱山管理事務局へ走らせる。

 乗り心地は考慮せず、とにかく速く、早くと御者の方に頑張ってもらった。


 事務局に着くと、入り口横にお兄様が先に乗っていった馬が繋いであった。

 俺の内心の逸る気持ちとは裏腹に、外から見た限りではあるが、中はそんなに慌ただしい喧騒に包まれている訳ではなさそうだ。


 お父様を先頭に扉をくぐり中へ入ると、やはりそこまで大騒ぎにはなっていなかった。


「続報は? 犯人は何処のどいつだ?」


「四日前に上限指定を受けた、ダイキリだとの続報有り!

 他の発症者は確認されず! 協力者共も一緒に入ることはしなかった為、瘴気を吸っていません!」


 丁度、続報が届いてきた時だったようだ。

 こちらの一行に気づいた局長さんが、小走りに近づいてきて、平謝りして来る。


「よりにもよって御当主様が来られている時にこのような裏切り行為…真申し訳ございません」


「うん? 裏切り…かい?」


「それは、僕から説明させていただいて宜しいですか、父上?」


「おぉ、クローズ。さて、一体何の緊急事態だったんだい?


「はい、此処四ヶ月無かったのですが、瘴気症が発症した鉱夫が出ました。

 その直前に、基準値を大きく上回る瘴気が沼から発生した模様です」


「なんだって!?

 瘴気症は最悪仕方ないにしても、何故沼からいきなり…?」


「それが…。鉱山入り口の見張りを買収して、立ち入り禁止期間の人間が入り込んだ模様です。

 さらに、その人間は沼へ大量の土砂を持ち込み、異界送りにしたようです。

 現在治安維持の私兵隊が抑え込みをしているので、何故そのような事になったのかは、分かっていません」


 聞き取りや調査をする前に、目の前の瘴気症を何とかしないといけないという事で、鉱山入り口まで急ぐことになった。


「リース、この中で瘴気症の者を見たことがないのは君だけだ。

 こんな心構えもする間もなく彼らを見せるのは心苦しいが…覚悟だけはしてくれ」


 盛大な前フリじゃあないか、おい。

 それだけお父様が危惧するという事はよっぽどのスプラッタ画像みたいなのが出てくるに違いない。

 だが、遠い記憶でアングラネットを彷徨った事もある俺をなめてもらっちゃあ困るぜ!


 小走りに鉱山入口まで来た俺たちを待っていたのは、私兵の方達に押さえつけられている

 モンスターだった。


 なんじゃあ、こいつは・・・?

 本当に人間・・・なのか?

 筋肉のようなものは膨張し、左腕はシオマネキのように肥大化。

 顔の部分はただれて、髪などはほとんど残っていない。

 全身が、人肌の色ではなく、まるでゲームのようなピンク色に、斑な模様まで浮き出ている始末。

 四人がかりで必死に地面に縫い付けて、五人目が白銀に光る刀身をそのバケモノの首に宛がっている。


 うげぇ~・・・と顔をしかめようとしたら、自然とサッと口元を押さえて悲壮感漂う表情になってしまったらしい。

 それを見たお母様に、橫から抱きしめられ

「無理しなくて良いのよ。今回の方は稀に見る悪化具合ね・・・」

 と囁かれた。


 あぁ、普段は流石にこれほどヤバイ奴は出ないのか。そりゃそうだよな。

 だって、完全にロープレに出て来るモンスターだもん、あれ。


「あ、あれは・・・どうするのですか?

 瘴気を抜いたら元に戻るんですよね?

 あのまま押さえつけていたらいずれは抜けていくのでしょうか?」


「・・・」


 俺が思ったままを口にすると、周りの皆が沈痛な面持ちで黙ってしまう。


「え? 皆さん分からないのですか?」


 何となく、返って来る答えを察しながらも、それを悟らせないよう、努めて明るく疑問を口にする。


「・・・リース・・・。残念だけどね。一度発症してしまうと、もう瘴気が抜ける事は無いんだ・・・。

 だからね、今構えているけど、ああやって首を一思いに切り落として、元の姿に戻してやるしか無いんだよ」


 一番聞きたく無い答えが返って来てしまった。

 だからか・・・。だから、周辺と比べてかなり高い給金が支払われているんだ。

 鉱山夫の方達は、命を対価にしてここで金を掘っているんだ。


 妙に冷静な頭で他人事みたいに考えてしまう。

 これが、目の前で起こっているんだと理解したくないのだろう。

 まるで、テレビという箱を通した遠い世界の出来事のように見えてしまう。


 だが、これは現実だ。目の前で起こっている、治療法の無い患者の殺処分現場だ。

 涙が溢れそうになるのを堪えながら見つめていると、頭の片隅から一気に知識が湧き出て来る。

 まるで、最初からその方法を知っているかと錯覚してしまうほどに、自然と体が動かせる。


「お父様、お待ち下さい。これを治せと、頭の中で何かが騒ぐのです。

 自分がどれだけ”吸い取れる”のかも、何となく体感で分かります」


「なっ・・・!? ま、待てリース!

 やめてくれ! 君が背負う必要は無いんだ!

 それをしてはいけない!」


 一回やってしまったら、次から次に患者が押し寄せて来るんだろう?

 聞いたから覚えてるよ。

 でもさ、口に出した通り、やれ! と、何かが煩いんだよ。

 それに・・・。


「此処には、私たち一家とその私兵の皆様、それに患者のダイキリさんだけですよね。

 それならば、お父様やお兄様なら、どうにかして下さいますよね?」


 ニコリと振り向き様に笑いかけてやると、家族達は一瞬呆けた後、一斉に指示を出しはじめた。

 さてと、ではやっちまいますかあ!


 手順はとても簡単!

 手をかざします。瘴気にこっちに来い! と命令すれば、ダイキリさんの体に纏わり着いている瘴気が一斉に手のひらに集まって来ます。

 それを、掌から全身に巡らせるように想像すれば、ハイ終わり~。


 あっという間にすぐ解ける、エアリース♪

 花歌でも歌ってるうちに、ダイキリさんは元の好青年に戻っていた。


 周りから

「奇跡が・・・」

 という呟きとざわめきが広がる。


 すかさずお父様が、周りにいる部下の方達に緘口令をしいた。


 しばしして、目を覚ましたダイキリさんに涙ながらに土下座され、居心地の悪い気分を味わった後、ダイキリさんは私兵隊の方々と、お兄様に何処かへ連れて行かれてしまった。

 結局、お兄様が帰って来たのは夕方だったので、もう一泊する事になってしまった。

 その間、やたらと家族に心配されまくったわけだが、むしろ普段よりも元気で体が動く気分だよ。


 そして翌日、漸くアパッサンへ戻る為、事務局長や私兵隊に見送られながら馬車を発車させたのだった。

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