第36話:公爵令嬢の里帰り 7

 案の定、帰ってから少しして夕食を食べ、そしてすぐに眠ってしまった。


 ない頭は使うもんじゃないな…。

 疲労度が半端ないわぁ。


 翌朝目覚めると、お父様達に呼ばれているのを教えられた。


「お早う御座います、皆様。お待たせしてしまいましたね」


「おはようリース、ほとんど待っていないよ。皆さっき集まったばかりさ。

 その証拠に、まだ紅茶も湯が湧き上がっていない程度だね、だから安心しておくれ」


 あぁ、良かった。あんなに早くに寝たのに、結局起きるの一番最後なんだもんな。

 よっぽど頭がパーンしそうだったに違いないね。


「それでねリース。昨日の鉱山での事なんだけれど…」


 お母様が何やら言い淀んでいるな。どうしたと言うのだろうか?

 疑問に思いつつ辛抱強く待っていると、数秒しっかりと間を持たせて、漸く口を開いた


「鉱山で、沼に溶かした素材が消える時に、光の粒になったのが見えたって言っていたわね?

 それなんだけれど…外では口外しないようにしてくれるかしら」


「それは、もちろんそうしないさいと言われればしますけれど…。

 差し支えなければ何故なのか教えていただいても?」


「やはり言うべきだよ、マルシャ。

 通常あの沼を操作したりするのはある程度の人数が出来るんだ。

 割合で言えば七割の人は出来ると思われているね。

 でもね、その光が見えたと言う人は、誰一人居ないんだ。

 具体的には二〇〇年くらい前に一人居たきりだね」


「そ、それは…大層珍しい体質なのですね、私…。

 有り難いと申しますか、何と申しましょうか」


「うん、本当に珍しい事だよ。

 そして、その体質を持っている人が二〇〇年前と同じ体質だとするならば

 瘴気を受け入れる容量が非常に大きいだろうね。

 さらに、その瘴気を他人から吸い取る事が出来る力を持っている可能性が高いね」


「へぇ! それは素晴らしいですわね! 瘴気を浴びすぎると、人体に影響が出ると仰っておりましたものね! それを治せるなんて、とっても有り難い才能ですわ!」


「えぇ…そうね…。その通りなのだけれどね…。

 記述として残っているのは七〇〇年前と二〇〇年前の二例のみだから、何とも言えないけれど…

 どちらも、見えない人たちが少しずつ中和出来るのに対して、圧倒的に瘴気を中和する力が弱いみたいなの。

 そして、どちらの方々もね…、瘴気に侵されて短命で亡くなっているの…」


 そこで俺の表情は固まってしまった。

 何ともまぁ、衝撃的な内容ではないか。だから、だからあの時、少量なのにあんなに急いで外に出たのか。

 俺が、過去の二人と同じならば瘴気をほぼ体内から出すことが出来ないから…。


 追加でお父様から齎されたその方の情報。

 二〇〇年前の視える人は俺と同じ女性であった。

 その方は聖女と呼ばれ、瘴気に侵された人からその瘴気を吸い取り、変異した体を戻していった。

 色んな所でそれをこなし、ずっとずっとずっと直し続け、そして、自分が瘴気に侵された。


 あまりに濃い瘴気に侵されたその聖女は、濃すぎるために空気が流れを作るがごとく微量に漂う瘴気や吹き溜まりになっていた瘴気をも集め始めてしまった。

 そうなると、聖女の周りにいるだけで瘴気に侵されてしまう。

 故に国は、人々を助け続けたその聖女を、人里離れた湖に生きたまま、沈めた。


 人ならざる選択だったが、当時の人々にその瘴気をどうにかする手立ては無かった。

 その決定を下したのは、当時の三大公爵家と王家の四家。

 同年に、全ての公爵家と国王が代替わりした。

 責任を取ってやめたのか、何かしらの天罰があって交代を余儀なくされたのかは、どの家にも記述が残っていないらしい。


 その聖女さんが沈められた湖には、代替わり直後に祠が建てられ、多くの人が感謝の祈りを捧げている。

 その湖は、グーテンバーグ家の領地に、今もちゃんとあるそうだ。


 祈りが通じたのか、その聖女さんが根っからの聖女さんなのか、湖の周りは超希少で効果の非常に高い薬草や、そこにしか生えない少しだが瘴気を吸い取る効果を持つ花が採れるんだとか。


 さらには、その湖から流れる川の水で育てる作物はとても品質や採れ高が良く、グーテンバーグ家の一大産業になっている。


 何となくだけど、そんな事をされても尚、人々を救い続けたいと願ったんだろうなぁと思ってしまった。

 平和な脳みそだな、我ながら。自分だったら恨んで恨んで恨みぬいてしまうだろうなぁ。

 そう考えると、俺は聖女さんにはなれないな!


「その聖女が、自らそういう旅をしていたのかは分からない。

 でも、瘴気症が進行しすぎてしまうと、どうにもならないのは事実だ。

 だから、もしリースが視えることを公表してしまうと、そういう人が確実に押し寄せるだろう。

 それで、仕方なしでも治療をしてしまえば、更に人が集まる。

 そうなったら、リースが犠牲になるのはおよそ見当が付く。

 それを僕らは見過ごす事は出来ない。すまいないがわかってくれるかな」


「分かりましたわ、お父様。

 確かに、私に聖女様のような事をしろと言われても、正直目の前の事で精一杯です」


 いやぁ、無理無理。自分が犠牲になるのを分かりつつ、いつ許容限界が来るのかビクビクしながらなんて、俺には出来ないな…。


 長々と話し込んでしまった。

 そろそろ出ないと、間の宿場町に明るいうちに着かないかもしれないね、なんて話しながら出立の準備をしていると

 あぁ、テンプレか…緊急事態を報せる鐘が、何度も街中に鳴り響いたんだ。

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