第35話:公爵令嬢の里帰り 6

 翌朝、昨夜言われたことが気になってあまり寝た気にならないまま起床。


「あの、お祖母様…? 昨夜の夕食でのお言葉は、どういう事だったのでしょうか?

 もう、気になってしまって夜も寝られず…」


「あぁ、まぁ…。行けば分かるさ。そもそもあの異界鉱山がどういう場所なのか見て理解してなきゃどうせ何を言ってるのか分からないだろうさ」


 朝食の席で追い打ちをかけてもこんな感じ。けんもほろろとはこの事だ。


 相変わらず釈然としないまま大型馬車に乗って鉱山区へと向かって行く事になってしまった。


 向かっている馬車内でも、家族は静かで珍しくとても静かな馬車内となった。


 しばらくそんな状態で馬車は走り続け、鉱山管理事務局という建物前からは徒歩になるという。

 一旦事務局へ寄って最近の鉱山様子等を聞くみたいだ。


「公爵様、お久しぶりでございます。本日は、ご一家様で鉱山のご視察とお伺いしてますが…」


「あぁ、久しぶりだね。案内役には少し待ってもらっていてね、最近のアレの状況はどうかと思ってね」


「あぁ…、アレでございますか。最近は基準の厳格化と、チェック体制に人員を割けているので、ここ四ヶ月は0人です。多少コストは掛かっていますが、いざ出た時の被害から考えれば、微々たるものです」


 何やら、また難しい話をしているようだ。

 0人って…何が?

 鉱山だから、落盤事故とかそういう物だろうか?

 確かに事故は事前の対策と労働環境で九十九%は防げるだろう。

 軍艦島という所の労働環境は酷すぎたからな。

 事故が多発していたと言う話をテレビとかいう箱で見た記憶が残っている。

 とんでもない頻度で、人が死んでいたらしいからな。


 以後の会話は此方に聞き取ることは出来なかったから、全ては憶測でしかないけどな…。


 しばし別室のお父様を待ち、全員揃ってから鉱山入り口へ移動する。


 入り口で、案内役の人と落ち合い、坑道へと入っていく。


 ここまでは、俺の遠い記憶にある鉱山の入り口と通路に似たような感じだな…。


 すぐに大きな車輪を付けたトロッコみたいなのを押している作業員の方たちとすれ違った。

 中は何故こんなに綺麗な状態、純度の高い状態なのか不明な金・銀鉱石に、ほぼ土の付いていない宝石類が満載されていた。

 すっげぇ~……。

 あんな状態で採掘されるの!?

 優良鉱山なんて生ぬるい表現じゃ収まらないレベルやんけ…。

 そりゃ公爵家以上が管理するはずだよな…。


 俺のあまりの驚愕の表情を見て、嬉しそうなお父様から補足が入る。


「すごいだろう? この国には他にも金が取れる場所は確かにあるんだけど、この異界鉱山ほど異様な純度で取れる所は一つもないよ。

 大体…さっきの荷車1台運んだら、指輪一つ分くらいかなぁ」


「へぇ~……、少ないですわねぇ。

 それで採算は取れるのでしょうか? どうにかしてその土等の塊から金を取り出すのに、お金も掛かるんですよね?」


「そうだね、よく気づいたね。ランドグリス王国には、昔々から分離術式って言う陣が伝わっていてね。

 それで他国では再現しようもないほど低コストで金や銀を土から分けることが出来るんだよ」


 おいおい、我が国の治安の良さは、このチートから来るものだったのかい…。

 こんな高品質の鉱石類が超低コストで生み出されてたら財政で困ることなんて全く無いよな。

 あれ? でも、この間お父様が言ってたような……?


 疑問符を浮かべながらも、さらに奥へ歩いていく俺たち一行。

 五百メートルほど歩いただろうか、案内役の人が止まって、此方に振り返った。


「こちらの左手が、”泉”となります。ここ周辺で一定量の鉱石を掘って持ち帰ります」


 んん…??

 金鉱山ってそういう所だったっけ?

 もっとこう、すっげぇ入り組んだ坑道をどんどん広げてガンガン土を掘り返すイメージだったんだが。


 またも、俺の驚愕と疑問が綯い交ぜナイマゼになった顔を見たのか、案内役の方が微小を浮かべながら説明を続けてくれた。


「この中では、エアリース様がよくわからないという顔をされておられるようですので、ご説明させてください。

 他のお方々は少々お時間を頂けますか。

 此処と、あと右手に戻ってもう少し行った所が異界鉱山と言われる所以なのですが、まずはこちら。

 ここは、掘り返してもある程度までなら、翌日には修復されるのです。

 それはもう、この岩肌がせり上がるようにムクムクと同じ位置まで戻ってくるのですよ。

 この時間は無作為で、最大丸一日で突然その現象が起こるという事までは分かっています。

 そして、一日に戻る量も大体同じで、四日分までは戻ることも分かっております」


「ほへぇぇ………」


 あ、バカな顔しちゃった。

 俺は、顔を真赤にしながらも慌てて取り繕う。


 家族の生暖かい目が鬱陶しい!!

 せめてもの抵抗に、ジト目で全員を睨んでおいた。


 結構広めな空洞に見えたそこは、過去戻る量が分かっていないのに採掘しすぎて、戻らなくなってしまった広場らしい。

 本来はもっと狭くて、六人くらいがツルハシで作業したら一杯になってしまう程度の広さだったんだとか。


 今も奥の方で四人くらいが作業しているのを横目に見つつ、もう一箇所と言っていた方へと向かうことにした。


 作業をしている泉と呼ばれている場所から右へ右へ…。

 それなりに同じ景色の舗装された坑道を歩いたなぁと思える頃、小部屋と思われる所からほんのり光が漏れ出ている。

 怪訝に思いつつも、皆特に何も言わないので異常は無いという事なのだろう。


 光が漏れ出ている部屋へ入ると、光の正体は、地面の模様だった。

 何だこりゃぁ……?

 不思議すぎて、もっと近くで観察したくなって、ゆっくり近づいていく。


「リースっ!! ダメだ!!」


「えっ? ひゃぁっ!」


 模様に触ろうとしたその瞬間、お兄様に抱え込まれ、後ろに引きずり倒された。

 いってええなぁ、この野郎!


 後から案内役の方や家族も近づいてきて、皆心配そうに見ている。


「クローズ、リース、大丈夫?

 もう、クローズったら、そんなに過保護にならなくても大丈夫ですよ。

 中心に物を置いて、発動させたらもっと光が強くなるでしょう?

 この状態の時にちょっと触った程度で連れて行かれるもんですか」


 疑問しか浮かんでこず、混乱しまくりの俺に説明するかのように、お父様が何かの塊を手で持って陣と呼んでいた模様の中心に置いてきた。

 そして、陣が目に付きすぎて全く気づいてなかったが、横手になにやら石柱があり、その側面、此方から見える位置には大陸文字で『異界変換』と書かれ、それが光り浮かび上がっている。

 お父様が何やら呟いた後、その書いてある文字を触った。

 すると、何か…名状出来ない光のようなものが腕からその柱へ入っていき、陣が結構強めの光りを放ち始めた。


 お兄様に抱きかかえられながら、じりじりと後ろに下がった俺は、陣の中央付近にあった塊が、光に溶けて行くように消えていくのを見た。


「お、お兄様…、見まして? 何かの塊が光の粒になって消えていってしまいましたわ!」


「あぁ、リースは”視える子”なんだね? 僕にはその光は見えないんだ。

 石柱は操作できる程度には力があるらしいから、安心はしているんだけどね」


 曰く、ここは沼と呼ばれている場所である。

 此処に物を置いて石柱を操作すると陣の中にある物は全て光に溶け消えてしまう。

 学者さんが調査したところ、異界と書いてはあるものの、この鉱山の中の空気に溶け消えてしまっているようだ。


 その際、沼で溶かしたものの重さに比例して瘴気が発生するとの事。

 今回程度なら何ら問題ないが、これがトロッコ2台分以上の量を溶かすと人体に影響が出る量の瘴気が発生するらしい。


 では何でこんな危険な事をするのか?

 ここで溶かした物の量に応じて泉と呼んでいた場所の採掘可能な場所が復活するらしい。

 え、錬金術やん…すっご。


 この説明をされている間も、比較的足早に出口に向かって歩いている最中だ。

 

 いくらあの程度問題ないとは言え、瘴気なんてものを浴びすぎて良いことなんて無い。

 しかも、瘴気は一度吸い込んでしまうと、しばらく体の中に居座るらしい。

 これがその人の限界を越えると、それでもまた影響が出てしまうのだとか。


 だからこそ、あの沼と呼んでいる装置を操る者は管理されるし、浴びたであろう瘴気の量も基準が設けられて、どんな人でも影響が出ない量に設定されている。

 異界鉱山全体に循環される事が分かっているので、基準値に迫った者は鉱山に入れてもらえもしない。

 その間仕事が出来ず、収入が無くなってしまうが、その為にかなり高い給金に設定されているようだ。


 異界鉱山の仕様上、取れる量も莫大と言えるほどでは無いらしく(それでも他の一般的な鉱山に比べれば遥かに多い)さらにこの瘴気のおかげで人員も必要な為、結構な経費が掛かるんだとか。

 だから、他の鉱山よりも極端に安く金を出す事は出来ない為、金の値崩れを防いでいるとの事。

 色々考えてるんだね…、お父様も。


 長々と話を聞きながら歩いた為、すっかり出口に着いてしまっている。

 今日は、与えられた情報が多すぎるだろうからと、少し早いがこれで屋敷に戻るらしい。


 確かに、一気に色々教えられすぎて、正直ちょっと疲れたな…。

 帰ったらお休みさせて頂こう…。

 と思いつつ、馬車で船を漕いでしまうという失態を犯し、また赤面させられる俺であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る