第34話:公爵令嬢の里帰り 5

「わぁあああぁぁ……」


 緑あふれる平野地帯から森をくり抜いた道を抜け、そこを越えると一気に地面の露出した山岳地帯に入った。


 岩肌が見え、舗装外は石がゴロゴロとしだして、まるで別世界に迷い込んだかと錯覚してしまうような、急な環境変化。


 それがしばし続き、斜面を登る事小一時間、立派な外壁が見えて、思わず感動の声が出てしまったよ。


「立派な外壁ですね! アパッサンや王都の外壁のようにレンガを積み上げてる風では無いのですね!」


「そうよ、リース。それこそ、貴方のお祖父様が当主になられてすぐに作られたものなのよ。ねぇ、お義母様」


 へぇ、そうなのか~! とお祖母様の方を見ると、それに気づいたお祖母様が少し恥ずかしげに目線を外にずらす。


「ふんっ…、まぁね。サウザが公爵になってすぐに、新素材が出てきたからね。老朽化も相まって大規模な外壁の建て替え工事があったってだけさ」


 どうやらこのサクリファス街の周りの土が、作物がまるで育たない土と石だけだと思われていた所、実はとても粘土質な性質を持っている事が分かったそうな。


 水を大量に混ぜて捏ねると、粘土状になり、接着剤のように使えるらしい。

 さらには、乾燥すればそのまま石のような硬さを保つということで、より建材に向いてるという事が判明。

 サクリファス街周辺は、極端に雨の振りづらい所らしく、今まで全くその事に気づかれなかったようだよ。

 接着させる石は街の周りにゴロゴロしてるから、全て現地調達が可能という事で、予算も一般的な外壁よりも遥かに低く見積もることが出来る為、これ幸いと建て替えを指示、実行したんだってさ。


 のっけから他の街とは空気が違いすぎてビックリしながら街へ入ると、街の右手側に華街を表す絵看板と、商店街のように奥まで続く誘い酒場やら個室風呂やらの看板と、客引きであろう独特な格好をした女性やら男性の姿が!


 なんだここ……、天国かよ?


「こ、ここは鉱山労働者がメインの街だからね。どうしても、需要が高まるからああいうお店が無作為に増えていってしまうから、それならいっその事と一つの区画に集めてしまったんだよ。

 だから、他の区画には1軒も存在しないから、安心しておくれ」


 俺の驚愕の表情が、怪訝な表情に見えたのか、お父様がそんな言い訳がましい事を言ってくる。


「へぇ、そうなのですね。他の街もこうした方が管理しやすいでしょうにねぇ」


「まぁね、しかし、王国法にはそういう事は書かれていないから、サクリファス領でしか適用出来ないんだよね…。王都なんかは本当に混沌としてるよ。

 だから近衛騎士隊が苦労するわけだけど…。

 でも、酒場も水商売に含まれてしまうからね。リースのお気に入りのあの店があの場所にあるのは、王都ならではではあるんだよ」


 あぁ、そうなのか…。

 バーボネラさん達に会えるのは、王国法のおかげでもあるんだなぁ。


 そんな事を話しながら、馬車一行は居住区画のホテル区画へと入っていく。

 その一番奥が、サクリファス家屋敷である。

 まだ日は高いが、メインの鉱山区画へ行っての見学は丸一日ほしいという事で、二泊四日の本日は商業区画へ見学へ行くことに。


 金鉱山なのだが、少量の宝石類も採掘できるらしく、貴金属を扱う商人がそのままここで店を開いたり、加工の工房も隣接させて売りつつ他の街へ商品を持っていくという事をやっているらしく、かなり新しいものを見ることが出来るそうな。


 そしてこの街では、作物は一切採れない為、全て外部からの輸入に頼るしか無い。そういった物全てがこの商業区画に集まるため、ここはここで結構なカオス具合だった。


 当然といえば当然だが、貴金属・鉱石類は安めだが、食材は結構高めな印象を受けた。

 これだと、日々の生活でもう辛そうだなぁ…と思っていると


「また少し値上がりしているようだね、何かあったのかい」


「おや、これはメルザ様。はい、申し訳ありません。昨今のアパッサン方面の取れ高が悪いのがやはり影響していまして…。こちらに回す分を確保するとどうしても他よりも値を付けないと買い取らせても貰えないのです」


「あぁ、なるほどね。……クローズ、今実務はお前がやっているね? 鉱山区で働いてる奴らの給金を少し上方修正したほうが良さそうだね」


「はっ、お祖母様。早速、今月分から賃上げを代官へ通達し、一先ず直轄の従業員は賃上げ致します。

 しかしながら、我々の直轄では無い者たちは手を出せませんので、賃上げのタイミングがもう少し遅れるものと判断します」


 何か、すげぇタイムリーに決まっていくな…。

 でも、賃上げされるならきっと生活もそこまで苦しくはならなそうだな。良かった良かった。


 その後は俺も安心して、別段興味も無い宝飾品を目をキラキラさせたお母様と一緒に冷やかしたり

 満十四歳にそろそろなるのだから、こういうものを見極める目を鍛えておけとお祖母様に店先で叱咤されて慌てて顔を隠したりと、賑やかにその日を過ごした。


 その日の夕食の席で、お祖母様がポツリと呟いた。


「明日は…鉱山区画の異界鉱山を見学する予定だったね。

 もしかしたら、もしかするかもしれないから、準備と覚悟だけはしておかないといけないねぇ。

 ここの所は流石に聞かないから安心だとは思うけど、こうやって普段しない事をする時っていうのは、街でも大体何かしら起こるもんなのさ」


「母上……。確かに、用心に越したことはありませんな。その為の高い給金と言えども、決して気分の良いものではありませんしな」


 隣のお兄様は難しい顔をして黙っているし、お母様は沈痛な面持ちでお父様の背中を擦ってる。

 お祖母様はそれ以降、目を瞑って此方を見ようともしない。


 何が何やら分からないのは俺だけのようで、悶々とした気持ちを抱えたまま、その日は床に着くことになったのだった。

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