第32話:公爵令嬢の里帰り 3
どうしようかねぇ…と言った所で、俺は頭がそんなに良くはないからただただ、通うだけだ。
もう薄れてきている記憶の中でも、愚直に通い続け、新規商品を案内し、とにかく足を運んだ
っていう記憶がある。
もっと効率の良いやり方もあったんだろう。
でも、俺はこれしか出来なかったし、知らなかった。
今回も同じことだな!
それに、嫌われてるくらいのほうが、俺は燃えるんだよね!
翌日から、お祖母様のいる離れへ、只管通い続けた。
「お祖母様! 今日も天気が宜しいですわね。お加減は如何ですか? 何処かお散歩などどうでしょうか?」
「………また来たのかい。いい加減にやめたらどうだい? 私ゃ何も頼んでないし、そう何回来られたって迷惑なのさ! 始まりの街にでも観光へ行ってきたらどうだい」
けんもほろろだった翌日から比べると、大した進歩ではなかろうか?
これと言って話題なんて、もはや無いのだが、お祖母様から何かしらの話を引き出せればまだまだ尽きることなぞ無いはずだ。
それに、何だかんだ言ってお祖母様は、俺の話を遮らない。
きちんと聴いてくれるのだ。
という事は、まんざらでも無いと思っているってことだ。
バーボン・ハウスのお酒が美味しかったとか王都では何が流行っているのか、何が新商品で出始めたのか。
はっきり言って、アパッサンから体力的にも心情的にも出る気がないお祖母様にとっては、まるでどうでもいい話だろう。
でも、決して「そんな事はどうでも良いんだよ!」 とはならない。
根がお優しい方なんだろうな。
何となく、古株の近侍や使用人の人たちは感じ始めているような気がする。
取り憑かれたというよりは、お祖母様はどこか無理をしているのだってね。
「お祖母様、いつも此方にお食事を運ばれてお食べになっていますよね。たまには、広々とした場所で頂きませんか? 何を話す訳でも無いのですけれど、少し気分が違って来ますわ」
「何だってわざわざ見たくもない顔見ながら食事しなくちゃいけないんだい。食事が不味くなるってもんだよ。私ゃ嫌だね」
「え~…、そんな事おっしゃらずに~。一回だけ! 一回だけで良いですから~」
「ふんっ…」
「ねぇねぇねぇねぇねぇねぇお祖母様~。ねぇねぇねぇねぇねぇねぇ────………」
「………──~~っ、分かった! 分かったよ全く!! 何時までもうろちょろされちゃ敵わないよ! この強情さは誰に似たんだろうね、本当に…」
はい、根気勝ち~。
さてさて、今夜が楽しみだね!
家族は気まずいかもしれないけど、多分…。いや、きっと良い方向に行く気がするんだよね、何となく。
同日の夕食の席は、予想通り少し張り詰めた空気が流れていた。
俺が皆に今日の晩餐にはお祖母様も来るよと伝えまわったら、お父様もお母様も一瞬固まってたからね。
そんな今までにない空気の中、近侍に連れ添われてお祖母様が部屋へ入ってきた。
「あら、何だろうね。私が来るのが場違いだったかねぇ」
「いえいえ、母上。本当に久しぶりの食事なので、流石の私も少々緊張はしてしまいましたが、母上との食事は大歓迎ですよ。本当は毎日こうしたいくらいです」
「はっ…、下手な世辞は良いんだよ。私が歓迎されてない事くらい、私が一番分かってるさね」
「お祖母様、そんな斜に構えた事をおっしゃらないでください。私もお母様もお父様もお兄様も! みーんな楽しみにしていたのですよ!」
「っ……、ふ、ふん。まぁ良いさ。さぁ、さっさと食べてしまおうかね」
最初は、とても静かな始まりだった。
だが、そこは百戦錬磨の現公爵家当主、お祖父様の事だとか最近の領地の事だとか、返答しやすい話題を繋げて、会話を成立させていく。
お母様やお兄様も、社交で慣れているのか、ふわりと話題に乗っかってキャッチボールに参加していた。
流石は、公爵家…。
俺はと言えば、別に参加出来ている訳ではないが、何とか会話という形になっていることが嬉しくて、ついニヤけて皆を見てしまう。
「エアリース。そのだらしない顔で眺めてくるんじゃないよ」
「えら、申し訳ございません、お祖母様。ですが、つい…。それから、私の事は是非リースと呼んでくださいまし」
「ふんっ…。……リース、あんたは何か聞きたい事何かは無いのかい。どうせ領地の収穫高なんて聞いてたって、毛ほども興味は無いだろう」
「まぁっ、私だって、領地の不作は心配ですわよ。領民の皆様の生活が掛かっていますものね。ですが、そうですね…。昼間、お祖母様が仰られた始まりの街について聞いてみたいですわ。どういう所なんですか?」
「ふむ…。始まりの街、サクリファスか。ランドグリス王国として国を興してしばらくして、王都が完成した後に作られた領都さね。
王国貨幣を作るための金と銀が取れる重要拠点だからね、三大公爵家の直轄として管理された鉱山都市さ。
国を興してもう千二百年になるが、まだ金と銀が採れ続けている異界鉱山があるおかげで、栄え続けたままだ。
鉱山労働者と買い付けの商人、細工師が住人の大半だからね、そいつらに合わせた娯楽も多い娯楽街でもあるのさ」
「へぇ! 凄い歴史のある街なんですのね! でも、そんなに栄えた街なら、何故領都がここ、アパッサンへ遷都されてしまったのでしょう?」
「それは僕が答えようか。と言ってもそんなに大層な理由があるわけでも無いんだけどね。
サクリファス都市は、先程母上が仰っていたように、鉱山労働者達の為の街なんだ。
一般人が暮らすには、農業に向いた土地があまりに無かったんだ。
いくら採掘される品が高くても、食料自給率が0なんて領都は、普通は無いからね。
それで、川なんかが比較的近くて、肥えた土が広がっているこのアパッサン周辺に人が暮らす為の街を作り直したってわけさ」
そんな事を話しつつ、この日の夕食は後半は穏やかな空気で会話する事が出来た。
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本当に久方ぶりの会話のある食事を終えて、休むための離れへと戻ってきたメルザ。
「大奥様、久方ぶりに柔らかな空気でございましたね。如何でしたか」
「ふんっ…。煩いからちょっと付き合ってやっただけさ」
そう言いつつ、ここ数年見なかった柔和な微笑みを侍女は見逃さなかった。
(メルザ様…。宜しゅうございましたね…。
エアリース様がこのまま、氷の棘を溶かし抜いて頂ければ幸いなのですが…)
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