第31話:公爵令嬢の里帰り 2
朝から出発した馬車の旅は、それはもう順調に進んでいた。
まぁ、順調に進まない方がおかしいんだけどな。こちとら公爵家だよ?
護衛だって馬車一台に周りを馬で囲んでの大名行列の簡易版みたいな状況だ。
さらには、このランドグリス王国は、かつて自分が暮らしていた日本ほどではないにしろ、時代を遡って江戸時代ぐらいには治安が良い。
主要都市への連絡道は大凡五十km毎に宿場町が造られている。国とその先へ至る領土を持つ貴族の出資でできているその町は、万が一にも破綻する事も無い安心・安全な町だ。
しかも、国が一枚噛んでいるため、国からも兵なんかが寄越される為、その度合いに拍車を掛けているというものだ。
もう二つほどの宿場町を後にした俺は、道中飽きもせず移ろう旅の車窓に胸を躍らせている。
農作業の手を休めて稀に見る仰々しい馬車の列を何事かと見ている農夫の皆さんに手を振る余裕までかましている。
奇妙な視線を車内から感じたが、舞い上がってるのを悟られたくないので気付かないフリをしつつお澄ましして座りなおした。ふんふふーん。
「リースがこれほどはしゃぐのは珍しい事だね。去年の馬車の時もかなりはしゃいでいたからねぇ。…おっと…。と、ところでリースはそんなに馬車が好きなのかい?」
お父様が苦笑気味に聞いてくる。あ、例の事故は我が家では…ほら、お母様に途轍もないオーラで睨まれた。ざまあないね。
「ち、違いますわ。家族揃って遠出なんて中々出来る事ではではございませんもの。お父様やお母様、お兄様とこんなに長い時間お喋り出来て、それが嬉しいだけですわ」
あっぶねぇ…。何とか笑顔で切り返せたが、いい年こいて旅先の空に無邪気に感動しちゃいましたとかとてもじゃないけど言えねぇ…。
「リ、リース!!!」
「まぁ、なんと嬉しい事を言ってくれるのでしょう愛し子は! いいのよ、何時だって私の部屋にお泊りに来てくれて構わないんだから!」
「ひぃぃゃぁぁ……」
あ、返答間違えた…。
思うが早いか、三方向からもみくちゃにされた。ぎゃー!
だからやめろお兄様! 背中の撫で方がやらしいんだって! 鳥肌立つわ。
時折揺れすぎる二番馬車を不審がられて、外から護衛兵にコンコンされる場面はままあったが、何とか無事に四つ目の宿場町も過ぎ、サクリファス領への関所へと辿り着いた。
別にどこぞの赤い壁のようになってるわけではないし、通行税を取ってるというわけでもないのだが、一応の形として我が家の様に正規ルート上に関所を設けている領主は多い。
この世界は歪だ。変な所で栄えていたり、平和だったりする反面、領土なんかの境界線の取り決めが曖昧だったり、開拓がてんで進んでいなかったりする。
そのあやふやな境界線を気持ち程度明確にさせるために、こんな手法がとられてるのだ。
まぁ、有ってくれた方がここから県境! みたいに『おぉ、越えた~』感が湧くので個人的には有り難い。
早馬で連絡も行っていたようで、駐屯する私兵の皆さんが勢揃いで敬礼してくれてる花道をしきりに頭を下げながら通る。この辺、平和すぎる国で育った記憶のせいで偉くなりきれない自分が辛いものだ。
関所からもう一つ宿場町を過ぎた所に、公爵家邸のあるサクリファス領最大の都市"アパッサン"がある。
サクリファス領の中心都市ならサクリファスじゃないのか、なんて思ったが、それは始まりの街である鉱山都市に使われてるそうだ。後日そっちにも行く予定なので、それもまた楽しみだ。
最後の宿場町を出て数刻、石畳がまばらに敷かれ始め、大きな外壁も見えてくる。
鉱山から始まった領だけに、というわけではないが、アパッサンは石造りの町並みと近くを流れる川から引っ張った都市内の人口の川が売りの観光都市だ。
此処でも大門の前に道を作るように私兵の皆さんが整列している。
いやぁ、圧巻だよね…。
正直言います。ぶっちゃけ居心地悪いわ。
こちとら常に衆目に晒されて、何かあれば赤い絨毯の上を笑顔で闊歩するような職業に着いてたわけじゃねえのよ。ごくごく一般的な外回りの営業ですよ、営業。
その流れのまま、何処からともなくファンファーレが鳴り響いたと思ったら楽隊の皆さんが登場し、それに先導される形で公爵邸まで凱旋パレードが始まってしまった。
なんだよこりゃあ……。
もう俺はね、どんな顔すりゃあいいのかサッパリだよ…。
なんで家族がこれぞ当然みたいにドヤってるのか全く理解出来ない。何なのこれ?
「何時もこんな派手な帰宅を我が家はしておりますの?」
「うん…? あぁ、リースは凱旋は初めてだったね。そうだね、大体こんな感じかな。今回はちょっと派手にやってるけどね。何せ家族全員が揃うのなんてリースが王都に越して以来の八年ぶりだからね。派手にもなるさ」
あぁ、今回はそういう事ね。でももうちょっと規模は小さいにしてもこれ毎回やってんだ…。
どうかしてんじゃないの家の家族。いや、今更なんだけどさ。
そんなジト目を察したのか内に向き直り、苦笑交じりにお父様が更に言を続けてくれる。
「いやぁ、はは…。まぁそれだけでも無くてね。こうやって帰る度にパレードをしていたら、その度に準備の為の特別清掃員や、飾り付け、それを作る職人。さらには楽隊も演奏会を開いて日銭を稼いだりしなくてもしばらくは凌げるし…。この一つの事から色んな雇用をね、一時的にでも生むことができるのさ。自薦式にしたり、特定の地域からのみ採用とかで釣り合いをとったりね。お金は動かさないと増えないんだよ」
あぁ、なるほど…。公共事業って訳かい。そういう言葉は今まで聞いたことがないけど、そのような精神はきちんと育まれてるって事だな。
ほぉー、へぇー、と感心していると、外から「エアリース様ー!」と呼び声が聞こえたので、反射的に小窓を開けて顔を出して手を振っておく。
輪をかけて大きくなる歓声に顔の上気が留まることを知らない。隠れず営業スマイルで手を振れていることが既に奇跡な気がするわ…。
振ってから、何故俺が来てることを知っているのか不思議にも思ったが、先触れを回していたのを思い出した。
そんな羞恥イベントを何とかこなし、漸く公爵家邸へと辿り着いた。
今この屋敷に普段住んでいるのは、メルザお祖母様一人だ。いや、正確には住み込みの使用人から侍女までいるけどね。
「漸く到着出来ました…。何やら来るだけで疲れてしまった気がいたしますが、早速家主でもあるお祖母様へご挨拶に向かわないといけませんわね」
「ふふっ、お疲れ様リース。あっ、ちょっと待って。今日のご機嫌を確認してからの方が…」
お兄様が何やら止めに入ったが、奇しくも寄るまでもなく、向こうからやって来てしまったようだ。
「あ、メルザお祖母様! ご無沙汰しております、孫のエアリースです。覚えて頂けていたでしょうか?」
「うん…? はっ、こんな辺鄙な所までご苦労さんな事だね。うん? エアリース…? あぁ、何かそんなちんちくりんな名前の孫だかがいたような気もするね。あたしゃ一人が気ままでいいんだ。騒がしいのは嫌いだよ、さっさと目の前から消えとくれ」
……あ?
なんじゃあ、こりゃあ…?
唖然とする俺と後ろで額に手をやりアチャーな顔をするその他一同を残し、お祖母様は静かに離れへと消えてしまった。
「大変…大変に申し訳御座いません、リースお嬢様…。八年という月日が経つも、大奥様のご症状は回復する兆しを見せず…我ら使用人も日々このような有様で御座います…」
見れば、大概世代交代などとっくにしている筈の年齢の方まで使用人服を着て痛ましそうな目で此方を見ている。つまりは、そういう事なんだろう。
そりゃあ、あれされたらねぇ。若い子じゃあね…。
「い、いいえ。とんでもありません、皆様もご苦労なさっているのですねぇ…」
「リース……大丈夫…? 義母様も相変わらずだったけれど…きっと何か憑き物が着いているだけです。いつかきっとお目覚めになると思いますから、あまり気を落とさないでね」
お母様を筆頭に、しきりに皆が慰めてくれるが、俺は右から左で聞き流してただけだった。
はてさて、こりゃあどうしましょうかねぇ…。
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