第30話:公爵令嬢の里帰り 1
舞踏会が終わり、さあ問い詰めようか!と意気込んだものの、自分自身の普段使わない表情筋と気の疲れから屋敷に着くまでに船を漕いでしまっていた。
上が居なくならないと中々下が帰れないと言う事もあって、興奮冷めやらぬ内に会場を後にしたものの、王都は夜にどっぷり浸かっており、流行り言葉で言うならトバリがどうたらこうたらという時間だったのもある。
「それでは、お嬢様も本日はお疲れ様で御座いました。ゆっくりお休みくださいませ」
いつの間にかアセーラに連れられ、いつの間にか着替えさせられ、いつの間にか体まで拭かれて、フッと意識が戻ったときにはこんな言葉を残し、舞踏会のドレスを抱えたアセーラと二名の使用人さんが出て行くところだった。
なんてこった…。
俺はアセーラが初めて恐ろしいと感じてしまった。
いつの間にか脱がされててぇ…とかテレビ…? で言ってたお姉さんを笑えなくなると言う物だ。
ガクブルしてた割りに寝覚めは良かった。
日課をこなした後、着替えて朝食の席へ向かう。
昨日聞けなかった分、どういう事か問い詰めてやるぜ…。とか思っては見たものの、別に聞くことってそう無いよな…、まぁ一応話は振るけどさ。
「おはよう御座います、お父様、お母様にお兄様も。昨日は馬車でうつらうつらとしてしまい、夜のご挨拶もせず申し訳ありませんでした」
「あぁ、おはようリース。何時もの様にちゃんとお先に失礼させて頂きますって言っていたぞ?」
「えっ…?」
「あら、あなた。目の焦点が合ってなかったじゃないの。あの場で追求されなかった事に安堵しすぎて、ご自分の娘の顔をちゃんと見ていなかったわね? ふふっ」
「あ、あれー? そうだったかな。はははっ、昨夜は僕も少し疲れていてちょーっと見逃しちゃったカナー」
すげぇな俺!寝ながら貴族として最低限の事をしてたとか。自分で自分を、褒めてあげたい。
「私もどの道よく覚えておりませんし…。ところで、丁度良かったです。昨夜のイントく…様のご発表は一体どう言う事だったのでしょう?」
「い、いやぁ…ははは…。…しょ、しょうがないじゃないか。例え家族であろうとも何処から情報が漏れるとも知れないんだ、迂闊に口に出来るわけないよ。別に面白がって隠していたとかでは無いんだ。信じてくれないかリース…」
そう、そうなんだよな。新王子なんて発表前に半端な情報が出てしまったら、最悪暗殺されかねない。正式な王族は発表をもって、だったからそれまで表立って護衛や暗部を付けるに付けれないのだ。
それに、平和でお花畑なお頭の俺でもわかる。どう考えても次期国王を再考する為か、当て馬の為に呼び戻したんだろう。
たった一晩で王都の市場で新王子についての瓦版が売られていたと、朝使用人が言っていた。一体どこから仕入れたのか巨大電脳世界が無くとも、なんだかんだで風のような速さで情報が駆け抜けてしまう。
そんな中で半端な情報は返って危険だ。だからこそ厳重な情報規制が為されていたんだろう。
「分かりました。勿論、お仕事の邪魔をする様な事は私も本意ではありません。お父様の言は信用していますわ。ですが、何故戻ったのかなどもお教えくださらないのは詰まらないです。折角仲良くなれたイント君が遠くへ行ってしまうというのに…。その点ではお父様を許す事は出来ませんわ!」
「あっははは。そうだねリース。もっと父上に言ってやれ。家族に対して隠し事なんてねぇ。こういう所からまた違う煙もちらほら…?」
「まぁ…! あなた、そうですか、そう言う事ですか…」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ! おい、クローズ、そういう根も葉もない何がしを言う物じゃないぞ!
まてまて、マルシャ。僕が君一筋なのはどう考えたって、誰が見たって明らかだろう?」
「ふふふっ、あはははっ。冗談ですわお父様。でも、そうですね…私のお願いを何でも一つ聞いて下されば許して差し上げましょうかしら」
「えっ…、リースが僕にお願い…、僕にお願い……お願い…」
「ちょ、おいおい。何だい、リース? お兄様にもお願いしてくれていいんだよ? しかも僕は何時だって君の願いを叶えてあげるよ?」
何か男衆が勝手にトリップしてるとか痛々しい。
そしてお兄様やめろ!そうやって俺の髪を指に絡ませるんじゃない。朝っぱらから触り方の所作がいやらしいんだよ。そういうのは彼女にやってあげなさい。
「あら、そんな事言って大丈夫ですか? 私の言う事を何でもと言う事は、私の奴隷になれと言ったら奴隷落ちすると言う事なんですよ?」
「………」
「…ふふふっ、お父様もお兄様もお静かになってしまいましたわね。…冗だ」
「お嬢様、それは流石に酷と言うものです。ご歓談中差し出がましいようですが、此処は私が身代わりになると言う事で、是非っ!」
何が是非なんだ何が。
完璧侍女のアセーラが珍しくも食い気味に口を挟んできたと思ったら何か盛大な勘違いをしてやがる。身を呈して主人を守ろうとするその心意気は大変美しいものだがね? 違うんだよ。
その、血走ったような目も何か違うんだよ。って、近い!近い!
「あ、アセーラ…少し離れてくださいまし。主人愛は大変結構ですが、勘違いをしていますよ。冗談ですよ冗談。私は流石にそんな外道に育てて頂いた覚えは御座いません」
「えっ…」
え、いやなんで二人がその反応な訳? いやいや、百歩譲ってアセーラ自由にしていいとかだったらおいちゃん考えちゃうけど、おっさん貰って俺はナニを楽しめばいいって言うんですかねぇ…。
「だから冗談ですわ。実際、お父様が第一ですが、お母様やお兄様にも同様にお願いがあるのですよ。
もう幾許かすれば、私も十四となります。そこで、もう何年戻っていないか分かりませんが、サクリファス領地に久しぶりに行ってみたいのです。どうか都合を付けられないでしょうか?」
「ふむ、領地か…。確かに、リースは先代が亡くなって直ぐに此方へ来てから一度も戻っていないな。もう七、八年といったところだろうか? マルシャ」
「そうねぇ…、もうそのくらいにはなるかしら。おじい様に懐いていたものね、同じ地で暮らさせるには辛いだろうと連れて来たけれど、…その希望が出ると言う事は、もう大丈夫なのね? リース」
「はい、流石に之だけ年月が過ぎて居りますので、私も吹っ切れています。むしろ、大好きだったおじい様の墓前に祈りを捧げていない事が心苦しいくらいで…」
「リース……しかし父上、大丈夫でしょうか? その…、祖母様とか」
「あっ、あー…。まぁ、その辺りは大丈夫だろ。最近は離れでお静かにして居られるのだろう? 母も月日が落ち着かせてくれているとは思うしな」
そんなこんなで、誕生日を先に控えて里帰りが実現できる運びとなった。
漸くだよ。そこらの転生者は数日や数ヶ月もあればあちこち旅をしてるってのに、此方に来てから約一年、記憶の中では八年も王都を離れてないって、俺ぁ、どうにかなっちまいそうだよ!
お兄様は、実務で領地に帰ることもあるので、直ぐに
同位のエシャロッツ家とグーテンバーグ家に不在の間の事を頼んだりと何時もよりも若干忙しなさそうにしている。
それでも、大変そうに見せないのは流石だね。
この間約一月だったが、その間に茶会へ行っていたお母様から、上記の家の家督に「リースからおねだりされちゃったもんでねぇ。全く参っちゃうよねぇ」と嬉しそうにやたらと自慢していたとタレこみが入った。
両家の苦笑いが目に浮かぶようだよ。
さっきまでの尊敬の念を返してくれまったく!
それから、家の中でも同行する使用人選定でまた何やらあったようだが、今回は俺は絡んでいない。前回のお出かけの時のクジにメッセージが、存外に重荷になったっぽい。主人にこれをさせるのは流石にまずいってね。
さらに言えば、領地は領地で屋敷にきちんと使用人と私兵団が居るため、選定に参加できる人数がそもそも少なかったというのもある。
事情が事情だけに、各人についている侍女・近侍の同行は確定してるしね。
旅立つ前からメイド長に何時帰られますか? としきりに聞かれたのには参るね。そんなん俺が決めれる事じゃねえだろと。
苦笑いを持って答えたら、すごく寂しそうな目で見られて「お早い、お帰りを…」とか言われるもんだから、何か悪い事してる気になってきちまったのは余談だ。
そうだよね、彼女は王都側の家令役みたいなもんだしね、絶対に同行なんて出来ないしね…。
サクリファス領までは、早馬で一日半、馬車で野宿すれば四日ほどの距離だ。三大公爵家領の間に王都があるにしてもサクリファス家が一番近いから、気軽な旅だ。
だが、領地を横断しようとすれば馬車で七日は掛かる為、ちょっと長期滞在になったとしても、やる事、見る場所が尽きることは無いだろう。
こうして未だ厳しい寒さの抜けきらないある日の朝、大型馬車二台で家族旅行へ出発した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます