第28話:公爵令嬢の再会 1

 師走も過ぎ睦月に入ってすぐの事、朝食の席でお父様からまた舞踏会が開かれると聞かされ朝から辟易としている俺。

 はぁ…、あんなモン半年くらい前にやったばっかじゃねえか…年内にそう何度も開くもんじゃ無えだろう、王族主催なんざよぉ。

 あ、もう年越してるか…。

 いやいや、それでも年1回で十分だわ。それでなくてもお母様は相当な数のパーティーに出席してるから、日々心休まる日が無いだろうし。

 まぁ、それもこれも俺が引き篭もってるから出なきゃしょうがないんだけどな。てへぺろぉ。

 …いや、マジすんませんです。これでも結構お母様の体調は気になってます。


 話を戻そう。

 まぁ今回も7日後という事で、すぐさま仕立て屋を手配する事に。


「…お母様、お母様は日々晩餐会等の夜会からお茶会に参加されていますからご用意せねばならないのは分かるのですが…何故私の分も一緒に頼まれるのでしょうか? 半年ほど前の舞踏会でいくつか買っていただいたので、そちらから流用すれば事足りると思われるのですが…」


「はぁ…リース。貴方は本当に自分の事について無頓着で宜しくないわ。サクリファス家の長女が半年前の暖気用の生地のものなぞ着て行けますか。それに王都の流行の移ろいは速いのよ?

 一定周期で戻ってくるとは言え、流行を外したドレスなんて着て行ったら他の貴族方が扱いに困るでしょう」


「そう、ですか…。申し訳有りません。私ももう少し女らしい事に興味を持つべきですね…。我が家に迷惑は掛けられませんものね」


 そういうものか。まぁ言われてみればその通りだよな…。

 真冬に半そででウロチョロされてもそいつの扱いに困るわ。


 しかしまぁ、エアリースとして、女として、今後の人生を全うすると決めた以上、この立場の女性達の思考に追いつかねばならんよな。

 実際もう俺は女になったんだって目を覚まして3ヶ月過ぎた辺りには自分に言い聞かせた上で自分の中である程度納得もしてるし。その時に体の造りだって如何に違うか見て触って確かめた事もあるしな。

 …あぁ? 何見てんだよ。触らない人間がこの次元に居るわけないだろうが!


 それに、このまま剣術鍛えたところで本職になれるわけでもなし、手に職を作戦もこの立場のせいでぶっちゃけ頓挫してるしなぁ。

 その状況に甘んじてる俺の弱さもあるんだがね。

 何をしてでも生き抜く覚悟って奴をこの齢から持って置いても損はあるめぇ。


 という事で刹那的ではあるが、まずは目の前の家としての仕事を全うしようじゃあないか。

 仕立て屋さんは今日の昼過ぎには来てくれちゃうとの事だったので、それまでに日課を終わらせておく。


 お母様と二人での昼食を終え、昼過ぎとは言えどのタイミングかは分からないので特別何かをする訳にもいかず、庭で使用人達とおしゃべりに興じていると、ホールの使用人が仕立て屋さんが来た事を報告に来た。

 応接間へ入ると、既にお母様も来ていたので、早速打ち合わせに取り掛かる。


「何時も急な呼び出しで御免なさいね。直ぐに来てくれて本当に助かるわ。

 それじゃ早速だけど、直近で伺ったお茶会迄では首を隠す方が多い感じだったけれど、線はどうなのかしら?」


「いえいえ、毎度私共を贔屓にしていただいて本当に有り難い限りですよ。他に負けないブランド力をこれからも鍛えさせて頂きますとも。

 …えぇ、えぇ。…流石は奥様ですね、相変わらず目敏くていらっしゃる。確かに今期はハイネックが主流ですね。露出を控えて大人しげに見える線を意識されている方が多いですね。

 下町でギャップ愛だとかいう造語が流行っているようで、そちらの流れを汲んだ今の状況みたいですねぇ。

 線としては、首がその状況ですから、案外遊ばれる方も多いようですよ。齢若いご令嬢はクルブシを出したりなどされる方も多いみたいですねぇ。いやはや、若いとはうらやましい事で御座います」


「へぇ…じゃあ私のドレスも踝丈にしようかしらねぇ」


 お母様がニコニコとそう言った後、辺りに微妙な沈黙が流れた。

 いやそれは…と言える相手でもない、というのもあるのだが、40越えてるくせにマジで若さを保っているお母様ならもしかして似合っちゃったりするのかもとか考えさせられてしまう。


「…い、いやぁねぇ。冗談よ冗談! もう、やめてよ二人して何も返しが無いなんて」


「いえ、あはは…」


 え…? まさか本当に着る気だったのかよ。挨拶周りで奥様は放胆な格好をされてますね、なんて生暖かい目で見られるのは俺は嫌だよ? いくら見た目がアレでも40代だってのは国中の貴族が多分知ってるからね。


「お、奥様はご冗談がお上手でらっしゃる、ははっは…。ぅおっほん!

 さて本題ですが、今回の線は奥様の体形を出すように細身の縦線で、如何でしょう? 裾の方だけ少し広げて蕾の形でしたら動きやすいかと思われますよ。」


「まぁ、それはいいアイデアね! では早速詰めてしまいましょうか。それで肩の辺りなんだけどね、ここが───……」


 相変わらずお母様は決断が早い。多分聞いている段階でもうほぼ完成形が頭に浮かんでいるのだろう、知識の下地がしっかりしているからできる芸当だよな。

 などとぼんやり考えながら白熱し始めた二人の打ち合わせ風景をぼへーっと見ている。


 暫く優雅にお茶を頂いていると、漸く打ち合わせが終わったようだ。

 あれだけ激論を交わしていたのに、二人とも良い笑顔で硬い握手を交わしている。仲の良い事だ。


「それでは、今回はこんな感じの3着をご用意させていただきますね。いやぁ、とても良い物が出来ると今から既に興奮しておりますよ」


「うふふ…是非宜しくね。リースのも、思いっきり大胆にね」


「えっ、私のドレス、もう決まってしまったのですか?」


 何と言う事だ。にたぁっとしたお母様の嫌らしい笑顔に、良い予感が全く沸いてこない。


 翌日からは、またもやダンスの特訓が開始された。


「お嬢様。お嬢様は、令嬢側なのですから、そんなリード側のような猛々しい動きではなく、もっと優雅に、柔らかく踊ってくださいませ。

 半年前とはスキルが違う方向に成長してしまっています。これは再調教の必要ありですわね…」


「ひぃぃぃぃ……」


 仮入隊からの剣の訓練がこんな所で弊害を生むとは思わなかった…。

 幸いにして体力はそれはもう別人のように上がってるから難なく特訓にも付いていけるが、染み付いた動きの矯正は大変そうだなぁ。


 それから、毎日ほぼ決まった動きを続け、何とかダンスの動きも矯正できた。

 ドレスは2日前に届き、最終的な細かな手直しを加え、その翌日に完成した。

 今回の俺のドレスはAラインの一般的な形だが、今までお目にかかったことが無い胸を全部隠すタイプだった。胸を全部覆い、チョーカーのようにその先に付いた紐で結んで上半身部分を止める。肩は全部露出され、脇から背中にかけてを覆う形になっている。

 胸、もしくは背中どちらかをしっかり露出するドレスばかりなのに対して、今回はかなり露出が控えめだ。俺としては嬉しいのだが、これは流行とやらを考えてどうなのだろうか?

 アセーラにふと問うた所、今までにまず見たことが無いタイプで、体のラインが強調されるから、線に自信のある人にはむしろ好まれそうな良い形なんだとか。

 はぁ、女性ファッションは奥が深い…出せば良いってもんじゃないんだな。日々勉強だな。


 そしてついに当日、本日も使用人達は朝から大忙しだ。

 俺もアセーラにチェックをしてもらっている最中だ。

 一通りのチェックが終わり、アセーラの太鼓判をもらったため、ホールへ出ると、珍しくもう既に全員集まっていた。

 御者の方が未だ準備が整っていないとの事で、皆で隣のサロンへ移動し、一心地付く。

 いつものようにお兄様のべた褒めからの注意点の流れを何ループか聞き流し、4時ちょっと前くらいに皆で王宮へ向け出発した。

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