第27話:公爵令嬢の贈り物
年越し迫る12月中旬、ゴーギャン事件からも
飲み友達と時間が合わず全く会えないためだ。
いや、時間が合わないというのは語弊があるな。この前、バーボン・ハウスのマスター、ボンベイさんにイント君について聞いたのだ。
「そういやぁ、最近イケメンの弟子は全然顔見せて無ぇな。
こっちもサクリファス家様のおかげで繁盛させてもらってるから、いざ来たとしても中々あいつだけ相手をしてやるってわけにもいかないんだけどな。
へへっ、しかし、その節はどうも有り難う御座いましたね。…お、そうだ。
今日も良いヤツ仕入れてるからね、サービス食っていきなよ、別嬪さん」
「まぁ、有り難う御座います。本当、マスターのお料理はお酒に良く合う味付けで、このお酒もより美味しく感じるんですよね」
いやぁ、あの黒焼きは香ばしくて美味しかった…。
あれ? 脱線したな、すまない。
とまぁ、最近めっきり顔を出していないらしいのだ。そんなに忙しいのかなぁ?
しかし、こういう時には携帯電話という便利グッズの有り難味を切実に感じるね。記憶の限りでは、使った経験はほぼ無いんだけどさ。
あら、目にゴミが…。
確かに、司書の仕事が忙しいとか色々有るのかも知れないんだけどさ、こう何ヶ月も音沙汰なしとなると、ちょっと不安にもなるのよね。
自分からお友達宣言したものの、もう普通の友達には戻れなくて、気を使っちゃって逆に疎遠になっていってしまう…。とかさ、昼ドラなんかで良くありそうな話じゃない。
まぁ、そんなわけで、昨日もボンベイさん曰くあれから来てないって事で、色々考えてしまっていたわけだよ。悩めるお年頃だしね、俺ってば13歳だし。
実はそれに付随して、もう一つ俺を悩ませているものがあるのだ。むしろそれについて相談したくて、わざわざイント君を探していたと言うのも無いわけじゃない。
それと言うのも、もうすぐお兄様の18歳の誕生日なのだ。
そこで、誕生日プレゼントを一体何を上げて良いのか、全く想像がつかなくて悩んでいるというわけだ。
お兄様にそれとなく聞いてみても、欲しいものは特に無いというのだから、もう困っちまうよな。いや、ここは本人に欲しいものなんか聞くなって突っ込みは置いておいてだね…。
まぁ、俺が何をあげたってお兄様はきっと喜んでくれるだろう。でもやっぱり、折角の誕生日なんだからさ、来年まで記憶に残るものを渡してあげたいじゃないか。
正直、お父様よりも直接的にお世話になってるしね。パートナーだったりマナー講座だったり。
当然、公爵家として歳若い未婚の息子の誕生日なので、盛大にパーティーを催すのは決定事項だ。もう既に、王族や大公家にも招待状は送ってある。
ともすると、様々な貴族達が集まるわけで…。当然、皆何かしらの贈り物は持ってくるわけで…。それだけの人数が用意すれば、十人十色。文字通り何だって揃うだろう。
そんな中で、如何に覚えてもらえる贈り物を選ぶか…。
いっそふざけて
「贈り物は私よ!」
とかやろうかとも思ったのだが、本気で受け取られるような気がした上に、妙な悪寒がしたので、やめておいた。
いつもの俺だったら手近な人に相談してああするこうすると決めてしまうのだが、事このプレゼントに関しては俺の中の何かが聞いてはいけないと叫んでいたため、結局アセーラや使用人達に何も相談できないまま数日が過ぎた。
結局タイとかベルトとか、ありきたりなものしか思い浮かんでいない。
こういう所で普段の親交の仕方がボディーブローのように効いて来るな…。広く浅くしか付き合いの無かった俺だとプレゼントなんてする事まずなかったからなぁ…。
そして今、またもやバーボン・ハウスへ来てしまっている。
いや、自棄酒とかそういう非生産的な事をする為じゃないぞ!?
丁度おあつらえ向きに家の親以外で仲の良い男女のサンプルケースがいるのを思い出したからだ。
しかも場所は酒場。秘密が漏れることがまず無いのが尚良い。
決してイント君を女々しく探しに来た訳じゃない。
「おう、いらっしゃい。別嬪さん、こんな間を空けずに来てくれるなんて初めてじゃないかい? …あぁぁぁ…、そういう…。でも残念だが、今日も、というかあれからやっぱり不肖の弟子は顔を出してないよ」
「マスター、御機嫌よう。…今日は違う用件で伺いましたので、ご安心ください」
危ねええ…、一瞬ムキになって返そうとしちまった。こういう手合いはムキになると付け上がりやがるからな…気をつけねば。
「それでマスター、エール一杯目から申し訳ありませんが、単刀直入にどんなプレゼントもらったら嬉しいですか?」
「え? あぁ、そんな事はいいんだけどよ…。プレゼントかい…? え、くれるのかい、俺に? いやぁ、参っちゃったなぁ、へへっ。俺には大事な妻もいるんだけどなぁ。でも別嬪さんがくれるなら…」
「あなた、あちらのお客さんがまかないのオーダーがあるようですよ」
「っひ、おっとぉ、仕事が入っちまったようだよ、いやぁ、残念、残念。別嬪さん、またな。」
いつの間にかマスターの裏に現れていた奥さんのバーボネラの声にいち早く反応して、風のように消えてしまった。あぁ、敷かれてるんだねマスター…。
俺の前で何やら目を光らせているように見えるが、丁度良い。本当はバーボネラさんに聞きたかったんだ。女の悩みは女に聞くべきだよな、やっぱし。
「丁度良かったですわ。バーボネラさん、殿方が喜んでいただけるプレゼントってどんなものでしょうか? お兄様の好みとか、これだけ近くにいるのに、実は全然知らなくて…」
「えっ…? あ、あぁ、そう言うこと…。そうねぇ…大抵どんなもの渡したって喜んではくれるけれど、確かに好みと真逆の物渡されたら流石に断られちゃうかもしれないわよねぇ…」
二人で一緒にうんうん唸って首を捻る。というか、いきなり物腰が柔らかになったな。ということは、つまりそういうことか…。勘弁してくれよ。人の物に興味はないのよあてくしは。
「うーん、でもそうね。私たち庶民は、予算を決めてその中で何ができて何が出来ないのかをまず考えるのだけれど…。リースちゃんは、貴族だからお金はあると思うから、それは外れる。でもあえて、お金があるからこそ、金額を使わないプレゼントも有り、じゃないかしら。
それでも、体裁を気にしなくちゃいけないのなら、別に1つしかダメという訳じゃないのだし、お兄さんが喜ぶ…いえ、普段使えそうなものを選んであげて、何か別の驚きというプレゼントを用意して置くと良いかもしれないわね? ほら、男の人って突然の事に弱いじゃない」
「おぉ! なるほど! 例えばどんなものでしょう? バーボネラさんは、マスターにそういった事をした事があるのですのですか?」
自分で言っておいてなんだが、もうちょっと考えろよと。完全に思考停止しちまってるな俺。言った後気付いた俺は、途端に自分が酷く矮小に見えて押し黙った。
「うふふっ、そんな俯かないで! 何日も悩んでいたんでしょう? コリブにも縋る気持ちなのは分かるわ。…そうねぇ、私がやったのは、子供が生まれて最初の結婚周年日だったわね。
直接言うのも気恥ずかしくてね、手紙にして…ほら、今向こうで着てるあのベストと一緒にプレゼントしたのよ。
直接はい、どうぞなんて渡すのもまた気恥ずかしいから、枕元に置いておいたのよね。
私が店を閉めた後に洗い物をしてたら、ドタドタと大慌てで降りてきてね。結婚周年日を忘れてた事しきりに謝られた後、ベストよりも手紙について熱くお礼を言われたわ。
ふふっ、こっちは気恥ずかしくて手紙にしたっていうのにね? もうその日はあの人に火が着いちゃったみたいで…っと、リースちゃんにはちょっと早いわね…。
まぁ、そう言う事があったのよ。だから、物のプレゼントにそう言った何かを足して渡したら、また印象が違うんじゃないかしらね?」
おぉ…なんという甘甘エピソード…爆発しろ! なんて言いません。美味しく頂きました。ご馳走様。
そしてそのアイデア、頂きます! いやぁ、素晴らしい経験をお持ちだ、これからは姉御と呼ばせていただこう。
俺が感動に打ち震えていると、姉御が少しバツが悪そうに苦笑し、頬に手を当てて此方を見る。
「うぅん、ちょっとありきたりだったかしらね? まぁ、恋愛経験の少ないおばさんの戯言だと思って流しておいてくれると助かるわ」
「そんな事ありませんよ! とてもとても参考になりました。是非、そのアイデア使わせてください!」
「まぁ、そう言ってくれるならこんな与太話もした甲斐があったものだけれどねぇ。こんな事に許可なんていらないわ。だから、しっかり相手の事を考えて用意しておあげ」
「はい、まだもう少し期間はありますので、ギリギリまで文章だとか本当に使っていただける物を選んだりとかしますね。今日は色々とご馳走様でした。…マスターもご馳走様でした」
ちょっと前からちろちろと此方を伺い見ているマスターにも一応礼を言っておく。
俺は意気揚々と自室に戻り、そうと決まったらどんな物を用意するか考えていたら、気付いたら翌朝になっていた。
はぁ…考えるのって苦手なんだよなぁ…。何故か部屋の散らかり具合だとか配置換えとかしたくなってくるし…。いかんいかん、何かをやり遂げてから次へ行くという癖をつけねば。自堕落な生活は身を滅ぼすからな。
それから暫くお兄様を良く観察し、普段身につけている小物なんかをチェックしていく。
お兄様は鞄は持たないから手提げなんかは不要と。
頭はさらっさらの茶髪に何もつけないし、帽子やハット類は被らないなぁ。首巻もいつもしないか。羽織るコートは礼服然の黒が基調だな。というか、コートは1種類しか見たこと無いな…。
そうなると、毎日変えてるラペルピンみたいな胸飾りとかなら送られても使いやすいかも知れないな。
いやでもしかし…中指に嵌めてる指環も毎日変わってるしなぁ…。
こんな感じで自分の中のエアリース達と会議をしていき、結局胸飾りを渡す事にした。
パーティまではそんなに日が無い為、取り急ぎその日の内に出入りの商人さんと使用人に連絡を取って貰い、登城時の礼服につける胸飾りをいくつか見せてもらうようにと頼んでおく。もちろん、お兄様や家族の目があっては良くないので玄関近くの応接間でエアリースに、と言ってある。
翌日、行商のおじさんから色々な物を案内してもらい、お兄様に似合いそうな金と水晶で模様が飾られた蝶を模ったラペルピンを購入した。全体的にとてもかわいい物を多く持って来てくれて、こんな小娘にも紳士に対応してくれたので、実に満足いくものが用意できたと思う。
はてさて、お兄様が喜んでくれると良いのだが…。
パーティー当日、俺達家族も大広間で、お兄様の隣に座る。入り口から正面奥、所謂上座と呼ばれる位置だ。家族それぞれに、広めの間隔を空けており、隣の人の声が盗み聞こえてしまわないようにしている。
ランドグリス王国では、格式が上がると晩餐会となるのだが、誕生日やお披露目会等のパーティーは主催者への挨拶、お目通りが頻繁に行われる為、立食式が通例とされている。今回もそれに習い、主催者は正面奥の、誰からも見える位置に着き、立食形式という形となっている。
本来であれば、俺が13歳で社交デビューする時に誕生日と共にするはずだったのだが、お父様が渋った為中止になった。その後の舞踏会は、スペルド国王直々に社交デビューをさせようという提案が為された為、嫌々参加させたんだとか。
そんな訳で、俺は初の主催者側であり、主役じゃないのに若干緊張しております。
招待状を送ったのが王族含めて140程の家に上るらしく、事前に言われた事は、食事はまず食べられないと思え、だった。
主催者がオードブルを取りに行くのはご法度らしいので、一応席に食事は運ぶらしいのだが、どの家でもまず食事を楽しむ時間等取れないそうだ。…お腹が鳴ってしまわないか心配でしょうがない。
午後7時、時間となりパーティーが始まった。続々と来賓の貴族達が入ってくる。最初は歓談の時間となっているので、主催者に挨拶には来ない。しばらくして、全員集まったかなという所で、正面入り口が再び開き、王族の方々が到着された。
遅刻かよとか思ったが、後ろに控えていたアセーラが、王族が早くに居てしまうと皆が萎縮してしまい、後続の貴族達が入り辛くなってしまうので、最後になる時間にわざと来るのだとか。
あぁ、上司が先に出社してると、その時間が出社時間になっちゃうみたいなもんね。
まぁ、こんな事が起こるのは公爵家くらいのものらしいので、あまり気にしなくて良いみたいだ。そりゃそうだよね。むしろ、普段呼ばれるパーティーなら、家がそれをやらなきゃいけない家柄だしね。
王族が来た事で、本日の主役、お兄様が挨拶をして本格的にスタートする。
最初に、スペルド国王様とバヨネッタ王妃様がご挨拶に来てくれる。それが終わるとそこからはもう順番なぞ関係ないとばかりに、様々な人達がお兄様へ祝福の言葉を掛けてくれた。
俺も決して暇じゃない。親はお父様達の方へずれて行くのだが、その子供、特に息子連中が俺の方へずれてきて、なんやかんや言ってくるのだ。殆ど初めましての人達ばかりだし、別にその人達に気になる事もないので、何を話して良いのかも分からない。
やっと波が途切れたと思ったらまた今度はお兄様を経由せずに直で俺に来る。あぁ、これは確かに、食事を摂ってなどいられないね…。
喉が枯れてしまうので、合間合間でジュースくらいは飲ませてもらってるけど、そろそろ表情筋も痙攣を始めそうだ。
一体どの位時間が経っただろうか。時間の感覚も無くなるほど良くわからない事をしゃべり続け、ついに本当に波が途絶えた。
あぁ、誰と何を話したっけ? まぁいいや、やっと冷めてしまったが、飯にありつける…。
そう思った所で、お兄様から締めの挨拶が飛び出した。
な…なんだと…。
結局、見送りの列に並び、来賓全ての見送りが終わったのが午後11時。冷めていても食べられる料理をせめて! と思い急ぎテーブルへ戻ったら、もう既に片付けが終わっていた。
「そ、そんな…あっ、今から厨房へ行けば、まだ捨てる前に何かしら残っている──…」
「なりません! 淑女が残飯処理など、絶対に許されませんよ、お嬢様」
「で、ではあの丸々残ってしまった料理はどうされると言うのですか? 捨ててしまう等という神への冒涜をされるのでしたら、淑女などという体裁など捨て去って、私が処理いたしますわ!」
「残ったものは、使用人で美味しく頂かせて頂きますので、結構です。それに、夜食は美容の大敵で御座います。こんな時間からの食事を許容する事は出来ません。例えどんなに泣き喚いても今日だけは譲れませんからね」
それなら泣き落としで…と浅はかな考えは既に読まれていたらしい。っく…、アセーラめが…! 妙に勘が良いのが腹立つな、くそう。
結局、しゃべり疲れと、普段もう床に着いている時間という事で、お腹を鳴らしつつも寝てしまった。
ん? プレゼント? 来賓の方々の贈り物は受付で預かって何処の家の誰々ってタグを付けてお兄様の部屋に集められてるみたい。俺のプレゼントもタグは無いけど、目立たないところに置いて貰ったよ。
いやぁ、やっぱり必死こいて考えた手紙なんて、バーボネラさんと同じで、気恥ずかしいしね。お兄様もあれで忙しいから、数日後くらいには気付いてくれると思うよ。
翌朝、着替えて朝食の席へ行くと、お兄様ももう仕事着に着替えており、胸元に俺がプレゼントした蝶のラペルピンが刺さってた。
もう開けたのかよ、と目を丸くしていると、此方に気付いたお兄様に、突然正面から抱きしめられた。
ひぃぃぃぃい!?
「あぁ、リース! あんなにも真心の篭ったプレゼントを有難う! 袋の底に目立たないように入れてくれてあったから一瞬気付かなかったよ。あの晩、君からの手紙を何度読み返したか。全く、お陰で寝不足だよ」
「お、お兄様、もう全て開けられたのですか? かなりの数があったはずですが…」
上ずった声でも何とかひねり出し、お兄様の腕から逃れる。
「あぁ、使用人数名に手伝ってもらってね。誰が送ってくれたか早く控えておかないと、どこかにやってしまった、では事だからね。…まぁ、途中から僕は君からの贈り物に忙しくなってしまったわけだけど…」
そう言いつつ、また抱きつこうとしてくるので、必死で抑える。ぬおおおお、やめんか!
「クローズ様、そろそろご朝食を頂きませんと、お時間が…」
そんな俺達の間にお兄様付きの近侍がさっと間に入って、この束縛を解いてくれる。ナイスだ! まだ朝だけど、本日のMVPは君で決定だよ!
その後、朝食を摂りながら、未だ手紙は金庫へ入れて永久保存するとか言ってくるので、何とか諌め、登城へ見送った。
ふぅ…お兄様があそこまでアグレッシブだったとは…。まだ朝と呼べる時間なのに俺はもう疲れたよ…。
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